第十話・動き出すもの
「結構、思いきるなぁ。王女様」
「……その呼び方はやめてほしい。なんだったらベルと呼ぶぞ」
「それは嫌」
軽いやり取りをしているのは、エリーサとロイ。
現在、ロイは強制労働中だ。
エリーサの護衛と言う名の。
「監視はつくと思ってたけど、まさかこんな役所だとは思わなかったよ」
「……まずないと思うけど、情報を漏洩されると困るから…」
「自分のそばの方がよっぽど安全?確かに、これ以上なく厳重だけどな」
でも、と見渡す先にあるのは市場の風景。
身分を隠して市井に紛れるのは、すでにエリーサの日課(というほど頻繁ではない)になりつつある。
護衛として当然同行しているロイは、がちがちに固まったもう一人の同行者を見て苦笑する。
夏前にエリーサに引き取られ、志願して軍に入るまでチェスティアで働いていたリュト=ジェッド(ちなみに十二歳)だ。
自分達を引き取ったのが王女でありシュヴス領主であると知った時、仰天して固まったリュトだが、今はそれとは別の意味で驚愕し、緊張している。
市井の護衛として、ベレニセは有名すぎて目立つ。その為、エリーサと年代が近く面識のある者を探していた。結果、白羽の矢が立ったのがリュトである。
エリーサ個人の事情から、ロイが護衛だが、年頃の男女二人は目立つ。
毛色の違いすぎる三人も十分に目立つが。
つまり、リュトはカモフラージュ要員だ。今までは良いのか、という疑問がエリーサには浮かんだが、提案者であるイウリアとベレニセには黙殺された。
それらをちゃんと説明されていたが、だからこそかリュトは変に緊張していた。
自然に、自然に、と思うと逆に力むもので、しかも、わずか十二歳の少年なのだから、かなりの重圧になっていた。
「……リュト」
「は、はいっ」
呼びかけに応えたリュトはロイを振り返る。エリーサも、いぶかしげに眉を寄せて振り返る。
指さし、示した先には薬草類を売っている露店。ただ、雰囲気が暗い。
なんとなく、エリーサは嫌な予感がした。
「あ、あの店がどうかしたんですか?」
「何を売っている店か分かるか?」
「…薬草、ですよね?」
「何の薬草かは?」
「すみません。医療関係の知識はちょっと………」
「そうかぁ……」
しばらく見ていると、店主が気付いたのかのっそりと動いて少々悪い目つきでエリーサ達を見てくる。
エリーサは何となくそれが何の店なのか察した。ロイと会った時やその後の無知さを反省して、商業史を読み漁った。
ロイは元より知っていたのだろう。楽しそうな笑顔だ。
リュトだけが分からないのか、目のあった店主に小さく会釈する。
ひらひらとロイが手を振って、何か手振りで合図すると、店主は横を向いて煙草をふかし始める。
それに訳が分からないという顔をするリュトを促して、三人は歩きだす。
「あ、あの、結局なんなんですか…?」
「ん?あぁ、あそこは、特殊な薬草を扱う露店だよ。月に一度は出てくる」
「は?はぁ……」
「……贔屓客は、基本的に妓楼だ」
はぐらかすロイにため息をついて、エリーサが説明する。
遠まわしだが、数秒、熟考したリュトは今真っ赤になってうずくまっている。
妓楼が買う薬草、ということで用途は知れる。その薬効も。
道でうずくまっているのはじゃまなので、ロイがリュトを抱えて端の方に移動する。
「ロイ、からかうのはやめろ」
「いやぁ、硬くなってたからほぐしてやろうかと……」
「絶対からかいの方が割合多いだろう!」
「九割くらいだな」
「偉そうに胸を張るな!」
立場も考えず(片や領主、片や強制労働中の護衛)に言い合う二人を見て、リュトは少しずつ落ち着いた。
ぎゃぁぎゃぁと言い合う二人を、しゃがみ込んだ姿勢で見上げていたリュトは、首を傾げて眉をひそめる。
(あれ?もしかして、手遅れ……?)
年頃の男女二人では目立つ、というのは確かな理由だが、リュトはベレニセからそれ以外にあることを言われていた。
二人を観察し、特別な感情があるようなら、知らせろ。
こめかみを押さえながらの上官の指示に、頷いた。どうしてかは分からなかったが。
ロイが隣国の貴族に連なる者で、その家格は王族の相手として不自然ではないが、ロイ自身の言葉だけでは信用性が薄いため、予防しようとしたのだろう。
今、リュトの目の前で言い合う二人は、仲の良い恋人同士にしか見えなかった。
観察し、リュトはちょっと呆れたように瞳を細め、ロイを見てからエリーサを見た。
(領主様だけが自覚なし、かぁ……。ロイさんは自覚あり、で楽しんでる感じがするなぁ……)
孤児院時代、モーリス商団の不興を買わないために人の心の動きに敏感になった。嫌な経験と能力だが、役に立つことがあるんだなぁ、としみじみと頷く。
二人の言い合いは、リュトが割って入るまで続いた。
それぞれの身分と立場に緊張を強いられていたリュトが割って入れたのは、同年代の少女のようにしか見えないエリーサを目の当たりにした、というのがある。それ以上に、周囲の視線に耐えきれなかった。
容姿端麗な少女と長身の美青年(仲の良い恋人同士にしか見えない)が、端とはいえ道で言い合っていれば、自然と視線を集めた。
年上の恋人に食ってかかる美少女。
年下の恋人がかわいくてしかたない美青年。
二人の喧嘩に頭を抱える(どちらかの)弟。
客観的にはそう見えて、人々は興味津々で、エリーサは気付かず、ロイは気付きながら放置していたので、限界に達したリュトした止める者がいなかった。
結果、真っ赤になったエリーサの後に続いて、笑顔のロイと何とも言い難い表情のリュトは、城へと帰ることになった。
何の収穫もなく、ロイにからかわれただけで終わったことにエリーサは腹を立てた。そして、またしても言い合いが勃発し、困った官吏に対してリュトは放っておいた方がいい、と助言してから宿舎に帰った。
以降、リュトは第二の護衛として駆り出されることになった。
※※※
国境付近の小さな町の宿屋で、行商人が届いたばかりの手紙を開いてにんまりと笑った。
「どうしたの?」
向かいに座ってお茶を飲んでいた女性が、行商人の表情に気付いて声をかける。
「ようやく初仕事じゃ。明日、発つぞ。準備をしておけ、シャーリー」
「……へぇ、どこに行くの?」
楽しそうに口元を歪めるシャーリーに、行商人は手紙を渡す。
「これは……っ」
「初仕事が、身元調査とはのぅ」
地味な仕事じゃ、と呟きながら、その瞳は苛烈に輝く。
七十前後と思しき行商人は、シャーリーと視線を合わせて笑みを深くする。
その瞳の光を失わないままに。
「……まったく、主は面白い存在を吊り上げるものじゃ」
「本当にね、ホレイス爺様」
「まぁ、主自体が面白い存在じゃからのぅ。…楽しませてもらおうかの。国を出るのは初めてじゃろう?シャーリー」
「ええ、楽しみだわ」
互いの名を確かめるように呼び合った二人は、同時に立ちあがる。
市が閉まる前に、旅の物資をそろえておく必要がある。
「主人、ワシらは明日の朝、発つことになった」
「おや、急ですねぇ」
「すまんの。隣国に嫁いだ娘からの手紙が届いての」
「それはまた。隣国、というと……まさか、ガーロフではないですよね?今、あそこはきな臭いですよ?」
「御心配は無用。西ですからな」
「あぁ、それなら安心ですね」
宿屋の主人は人が良いのか、あからさまにホッとしている。
それにさっきとは違う好々爺とした笑みを浮かべて、市へと出かけて行った。
早朝、夜が明けるか否かの時間に、行商人と孫娘は宿屋を出て行った。
半日歩いたところに、国境の関所を兼ねた街がある。
「行くぞ、シャーリー」
「はい、ホレイス爺様」
頷き合う二人は、懐から身分証を取り出す。
裏には、国の紋章ともう一つ。
山吹の花冠と太陽。
シュヴス領主エリーサ=ラフィー=ルノワレスの紋章。
大切そうに懐にしまってから、二人は歩きだす。
チェスティア商店所属の行商人ホレイス=ロダンと孫娘シャーリー。
国境を越えて、シェルドアース王国に入っていった二人の『かつて』を知る者はいない……。
…最後の二人、分かりやすいですよね…。




