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華々の飛躍  作者:
もう一人の章
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41/61

第九話・君は知らない

 かつて、出会っていたことを君は知らないだろう。


 十年も前、まだ、君が『エリノス=ラグー=ルノワレス』だった頃のこと。


 内向的で暗かった君と、一緒に遊んだ、とかそんなわけじゃない。


 ただ、酷く印象に残った。


 その深い深い紫色の瞳が…。


 ルノワレス王家の特徴、直系である証のそれ。


 名君と讃えられる君の父よりも、澄み渡った綺麗なその色を、ずっと見ていたいと思った。


 ……強く、聡明な光を宿していた瞳は、十年の間に曇ったのだろうか。


 聞こえてくる噂は、君が『うつけ』であることばかり。


 次代の御世に光はない、とすら言われるほどに。


 落胆した。


 けれど、違和感を覚えた。


 それはすぐに分かった。


 だって、『うつけ』の内容が一つとしてなかったんだ…。


 何をしたのか、一切分からない。


 なのに、『うつけ』と呼ばれ続ける。


 何を言ったのか、一切知らない。


 なのに、『うつけ』と呼び続ける。


 疑問が浮かべば、解明するために動き出した。


 その先で、知ったこと。


 あまりにも、『エリノス=ラグー=ルノワレス』に関する個人情報が少ないこと。


 まるで、操作されているかのように。


 ……操作する理由が分からなかった。


 れっきとした唯一の嫡流男子。


 どうして、わざと評価を貶める必要があるのか。


 そう、わざととしか思えなかった。


 情報源は王宮の女官だというが、ありえない。


 守秘義務は当然、そんな口の軽い女官が雇われるはずがない。


 女官になれるのはそこそこの家の女子だけ。


 情報の重要性を知っているのに、軽々しく流すはずがない。


 ………悪い情報が流され始めたのは五年前。


 同時期、君の乳母親子が田舎に帰された。


 分からないはずがない。


 つまりは、そういうこと(・・・・・・)なのだと。


 君は、自ら望んで貶められた。


 きっと、必要だと思ったのだろう。


 理由は分からなかったけれど。


 ………ようやく、理由が分かって、とても、とても、悲しくなった。


 君は、『エリーサ=ラフィー=ルノワレス』だったから……。


 あぁ、そうだったのか、と……。


 全てを悟ってしまえるほどの『現実』を、知ってしまった。



※※※



 牢に入れられ、出てくるまで二日。

 男達の処遇を先に決めていた結果だが、ロイはにこやかに対面のエリーサを見ている。


「聞きたいことがある」


「だろうな」


 硬い表情のエリーサに、ロイは軽く応じる。

 内容も分かっていた。


 そのために、庭の東屋、しかも、誰もそばに寄せ付けないように命じているのだから。

 護衛のベレニセでさえ、ギリギリ声が聞こえない距離を保って控えている。


 軽く風呂に入って用意されていた簡素な着替えに袖を通した以外、二日前から変化のないロイに眉を寄せる。


「……どうして、知っている?」


「何を?」


「ごまかすな。言葉遊びにつきあっている暇はない」


 厳しく切りつけるように返せば、ロイは肩をすくめる。


「……どうして、か…。『エリノス』の情報が、あまりにも少なすぎたから、かな」


「それが、どうして……」


「あのな?『うつけ』って言われるだけの王子なんて、いないんだよ」


 エリーサの言葉を遮って、変わらない笑みのままに厳しい声が響く。


「何があって、何をして、何を言って、どうやって、だから『うつけ』だ。……普通はこうなんだよ。理由があるんだ。だが、『エリノス』にあったのは、勉強をさぼるとか王宮を脱走するとかくらいな物で、『うつけ』と言うようなもんじゃない。しかも、情報源が王宮女官と言うことからしておかしい。守秘義務の塊の女官が、だ。ありえない」


 確かに、『うつけ』であるのなら、その理由が必要だった。なのに、その理由がなく、結論だけが広まった。誰かが意図的に流したようにしか思えなかった。

 理由もなく、次の国王を貶めることはできない。たとえ、同じ王子で有力候補であったとしても。

 つまり、うわさを流す必要があり、出来るのはただ一人、『エリノス』本人。


「王太子選定の直前に事故死した『エリノス』。その喪が明けると同時に存在を公表された、辺境で育った唯一の王女『エリーサ』。両者の外見的特徴は広く知られてはいない。だけど、公表と同時に最も裕福な直轄地の移譲が行われて、注目しないわけがない。国内でも、国外でも。王の意図を探ろうとするだろう。結果、今色々な国の調査官がこの国に来ている」


「はぁ……っ?!」


「なんせ、後ろ盾も地盤もない王女だ。普通なら、他国の王族や国内の有力貴族に嫁がせるだろう。継承者が王女だけ、というのならまだしも、最有力候補がいなくなっても、王子は四人いる。わざわざ、直轄地を委譲して領主としての地位を与え、地盤作りに尽力する必要はない」


「いや、だからって……」


「知らないだろうが、王女の存在の公表と同時に、シュヴスの移譲も諸外国に知らされた。わざわざ、国内の情勢、しかも、王家の内部事情を公表する必要はない。それをしたと言うこと、そして、移譲された土地。………少し目のある者には分かる」


「……っ!」


「慣例のまま、『エリノス』を王太子にしようとしていた王が、後ろ盾も血筋もない『エリーサ』を王太子にするべく足場を整えようとしている。慣例通りなら、第一王子を王太子にするのが普通だ。なのに、王太子選定を先延ばしにしてまでも、『エリーサ』に関することをまとめあげる。つまり、王は王女を王太子にするつもりだ、と」


 備え付けられたテーブルにエリーサは突っ伏す。

 この頃、テーブルや机と仲良くなっている気がする、と一瞬思いながら、浮かぶのは父への怒りだ。

 だが、その怒りをあらわにすることはできない。


 なぜなら、父ロナードは自分の意思を表明したにすぎないのだから。


 それでも、一つだけは言えるとエリーサは強く思う。

 意思表明のせいで正体がばれたら元も子もない、と。


「……まぁ、『エリノス』が『エリーサ』だと気付いたとしても、裏事情が複雑だろうことは容易に分かるからいたずらに表沙汰にしたりはしないだろう。それに、気付いたら縁談を申し込みにくくなるし、その存在に異を唱えることはできない。正統だからな。さらに、領主として評価が高ければ高いほど、国内貴族の声を抑えられる。……まさしく名君、と呼ばれる策謀だ」


 うんうん、と頷くロイに一発入れてやりたくなったが、それ以上に父を斬り捨てたい。


 エリーサが望むのは、平穏だ。ただひたすら、のんびりとしていられればいい。

 それを壊そうとするかのような父に、怒りがわくが、勝負を挑んでも負けるだろうことは分かってしまう。

 武術もそうだが、口でも知識でも、人生経験が違いすぎる。

 挑むだけ無駄だ。


 自分自身で完結して、顔を上げたエリーサに、ロイは笑う。


「確証を持ってるのはオレくらいだと思うぞ?」


「何故、確証を持った?」


「顔と手」


「………は?」


「あんた、覚えてないだろうけど、昔会ったことあるんだよ。たとえ、祖母に似たにしても似すぎだ。あと、手。剣を扱う者の手だ。にわかではなく、長年、ひたすらに剣を握って鍛錬にいそしんできた手だ。ついでにいえば、師が近衛軍師団長クラスの実力者、と言っていたがそれほどの者が辺境育ちの王女の師となるのは不思議がある。それに、言い方的に師団長にはなっていない人物、ということで調べると、一人浮かび上がった」


 それが誰か分かり、エリーサは無意識に視線をそらす。


「サイハラ領主ガルビオン子爵ジルハルドの嫡男ディノリス。彼しかいない。そして、彼は『エリノス』と従兄弟だ。さらに、彼が近衛騎士を辞めたのは十年前だから、『エリーサ』との関連がさらにない。………まぁ、つまり、墓穴掘ったな」


「ごもっともで……」


 余計なこと言った、と思って再び突っ伏す。


 一つだけ、ロイには言っていないことがある。

 ロナードが諸外国に公表したことについて。


(ガルビオン子爵夫妻を後見にする、って公表されてることは知らないんだろうなぁ……)


 王妃の姉夫婦であるガルビオン子爵夫妻は、地位こそ低いがその名前は結構な威力がある。

 国内でも有数の裕福な土地と有能で知られるジルハルド、王妃の姉ルクエラ。

 その後ろには名門貴族リドワース侯爵家がある。


 つまり、ガルビオン子爵家を後見にするということは、王妃の実家であるリドワース侯爵家をも後見にした、ということだ。


 これをふまえれば、分かる者には分かる。

 次代、誰が頂点に立つのかが。


 暗雲を背負っているかのようなエリーサに、ロイは瞳を細める。

 まるで、慈しむかのように……。










 あの日、王子として出会った君に、無自覚なままに抱いた思いを自覚した。


 オレはあの時から、君に惹かれていたんだ…。







…うっすらと恋愛要素…で、良いですよね?

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