第八話・見つめるべきは Ⅳ
男達をひとまとめに縛り上げて警備隊に引き渡し、何食わぬ顔で帰ろうとしていたロイをひっ捕まえて同じように引き渡した。現在、彼らは牢に放り込まれている。
エリーサは執務室でイウリアと対面していた。
さっきまで、イウリアとマリファから説教を受けていた。
護衛もなく下町(実際は地下街)を散策することは許可したが、乱闘は(正当防衛でも)許可していない、と。その主張は尤もなので、エリーサはただ頷いて謝り続けるしかなかった。
「男達の方は叩けばほこりが出るだろうから、このまま拘留して余罪を追及する。ロイ=ベル=サヘイラスについては、本人と殿下の主張通り、社会奉仕か短期間の強制労働というところか」
「そうか……」
「いい加減うざったい。本当のことを言われただけだろうが」
「その通りです…」
あまりな言い様だが、事実で正論なので何も言えない。
うなだれるエリーサに、イウリアは腕を組む。
何かを待つような姿勢のイウリアに気付かず、エリーサは思い出したように呟く。
「……過去を振り返り、現在を知り、未来を守れ…」
静かで平坦な呟きに、イウリアは反応しない。
反応を求められていないと理解したから。
「ロイに、言われた……。一時の感情で判断するな、見誤るな、と。見逃すな、見つめろ、と」
「そうか」
「私は、見ているつもりで、見えていなかったと、気付いた」
「………」
「見逃しているつもりはなかった。ただ、無意識のうちに、見るものを選んでいた。見誤っていたんだと、気づいた」
ふっと小さく漏れた吐息に、イウリアは瞳を細める。
「私は、何も見ていなかった……」
「……なら、今から見ろ」
ふいにかかった声に、エリーサは顔を上げる。
「過去を振り返り、現在を知れ、とそう言われたんなら、振り返って反省して、現在を知っていけばいい。見て行けばいい。まだ遅くない。まだまだ間に合う。落胆するには早すぎる」
鼓舞するような厳しい声に、自然と背筋が伸びる。
「見つめろ。分け隔てなく、等しく、全ての民を。罪を犯す者も、日々を単調に過ごす者も。同じ民なのだから。……今すぐやれとは言わない。出来るとは思わない。徐々に、知らないことを学び、理解して、一つずつ増やして、少しずつ進めば良い」
「……はい」
「過去を振り返るのも悔いるのもお前の勝手だ。だが、忘れるな。お前は、『第一王女』であり『シュヴス領主』であることを。何よりも、見ていなくてはいけないのは、『民』そのものだということを」
「…はい」
「自分が成したことに不安を感じたなら、まずは自らを振り返れ。そして、現在を見据えろ。今を生きる民の表情、生活を観察しろ。そこに表れるものが、答えだ。それを受取って、前に進め。……お前自身が、強く思え。自分は領主だと。そして、考え続けろ。誰に、何に、生かされているのかを」
「…………」
「もう、見逃すな。お前自身が、歩むべき道のありかを」
厳しくも背を押すような強い言葉に、ただ頷く。
まっすぐに、イウリアを見つめるエリーサの瞳には、強い光が宿っていた。
さっきまでの弱弱しく情けない姿はどこにもない。
それに満足げに笑い、エリーサの頭をなでてさっさと部屋を出て行く。
躊躇いなく身をひるがえして、去っていく背中を見送って、エリーサは机に突っ伏す。
深い深いため息が漏れる。
それは安堵と不甲斐無さを悔いる思いが含まれていた。
(ロイと言い、イウリアと言い、急に変わるんだもんなぁ……)
今までの砕けた物言いや態度から、瞬きの間に一変する。
空気も、眼差しも、声も何もかもが。
威厳を含み、威圧感をまとう。
まるで、玉座に君臨すべく生まれた者であるかのごとく。
わずかな憧憬と疑念を抱き、エリーサは再びため息をつく。
それでも、彼らを猜疑する思いだけは、一欠片も浮かばなかった。
※※※
「よっ」
牢に入れられていながら、一切気にしていないらしいロイは、軽く片手を上げてやって来た人物に笑いかけた。
「久しぶりだな、イウリア」
「十二年ぶりくらいか、ロイ」
「そうだな」
まるで旧友との再会を喜ぶかのような笑顔に、イウリアはただ呆れる。
エリーサの執務室から直行してきたイウリアは、丸めた書類で肩をたたく。
「お前、行動には気をつけろ。実家に話がいったらやべぇだろ」
「あぁ、まぁ……」
本気で嫌なのか、頬を引きつらせている。
「しかも、説教できる立場かよ」
「どういう意味?」
「そのままだ。逃げだして、逃げ続けてる奴が何言ってやがる」
「逃げ出したわけじゃない。オレが適任じゃなかっただけだ」
「良く言う……。それに、見ようともしなかった奴が言う言葉じゃねぇ」
「酷いな。見えなかったんだ」
「嘘つくんじゃねぇよ」
笑いながら言うロイの言葉を一刀両断する。反論が来ないことから、事実、嘘なのだろう。
イウリアとロイがあったのは十二年前。ロイはまだ子供だった。
だが、その頃から変わっていない。疲れ切り、諦めきったような眼差しだけが、イウリアが初めて見るものだった。
その眼差しの理由には、何となく見当がついていた。
イウリアも、同じ思いをしていたから。
「お前は、見ることを放棄した。責任がありながら」
「それはあんたもだろう?イウリア」
二人は、理解していた。
互いがとても良く似ていることを。
立場も責任も似ているようで違った。
だが、捨てたモノ、見なかったモノ、置き去りにしてきたモノ、がとても似ていた。
「……今さら、導こうとするのは何でだ?」
「つい、なぁ……。ほっとけなかったんだよ。あまりにも、必死だったから……」
それには同意できるのか、イウリアは小さく苦笑する。
エリーサは必死だった。政治や経済を知る者にとったら滑稽に映るほどに。
だが、二人はそれを笑い飛ばせなかった。いつもなら、笑い飛ばしていただろうに。
柄にもなく、諭すように言葉をかけて導くように案内するほどに、まっすぐな思い。
興味などなかったのに、思わず手を取って協力してしまうほどに、ひたむきな眼差し。
思わず、罪悪感が胸を刺したのは事実だ。
偽りをまといながら、それを払しょくするように正直に生き続けるエリーサに、自分達の卑屈さを突きつけられたような気がした。
逃げ出した責任と見ようとしなかった存在を、突きつけられた。
エリーサに、その自覚はなくても。
偉そうに説教しときながら、そんな資格も権利もないと知っていた。
そして、知らされた。
見つめていなかったのは、見ようとしていなかったのは、知ろうとしていなかったのは……。
((俺/オレの方だ…))
自分達の方が、よっぽど見ていなかった。
逃げ出した、その結果、置き去りにされた存在のことを。
置き去りにされた存在にこそ、守られ、支えられ、生かされていたことを。
教えているはずのエリーサの方が、よっぽど見ている。
大切な、かけがえのない存在を、見つめている。
エリーサにとっては民、イウリアとロイにとってはエリーサこそ、見つめるべき存在……。




