第七話・見つめるべきは Ⅲ
賭博場。
薬などの闇市。
その他、様々な違法商店などを見て回り、現在は城下を見下ろせる丘の上。
黒い雰囲気をまとっているエリーサの後ろ、胡坐をかいて座るロイは形容しがたい表情を浮かべる。
(やっぱり、全部は案内しないで良かったなぁ……)
実際、ロイが案内した地下街で、ただ一つだけエリーサに見せなかった区画がある。
奴隷市場だ。
奴隷の売買は合法だが、表における物ではないので、地下街の端っこに市場はある。
そこに行っていたら、確実にエリーサは怒り心頭だっただろう。今でもそうだが。
下手したら、ロイが制止する間もなく突貫していた可能性がある。
巻き込まれるのはごめんだったので、あえてスルーした。
「自分が無知で無力だと、これほどまでに思ったことはない」
「……まぁ、知れて良かったんじゃない?」
同じ言葉を返しながら、しゃがみこむエリーサに苦笑する。
「奴隷、というものがどういうものなのか、知っているつもりだった……」
「まぁ、あんたが見てきたのは王宮奴隷だろうからな。市井の奴隷とはちょっと違う」
「あぁ、そう………」
頷きかけて、瞳を見開いたエリーサはバッと振り返る。
視線の先、ニヤリと笑うロイを見て、血の気が引く思いをする。
「隠したいんだったら、もっと徹底的にやれ。エリーサ=ラフィー=ルノワレス」
思わず、腰の剣に手をあてたと同時に、周囲で複数の気配が動く。
「ひとまず、お前の疑問は後回しだ。こいつらを片づける方が先だ」
立ち上がり、剣を抜く。
隙の無い姿勢に、相当の腕だと思ったのか、ガサガサと十数人の男達が現れる。
剣や棒を持ち、殺気立っている。その視線は、ロイに向けられている。
「……気付いてやがったのか」
「あれだけ殺気出しといて、気付かれないと思ってたのか?」
笑いを含んだロイの言葉に、エリーサがギョッとする。それに、ロイは呆れた視線を向ける。
「気付いてなかったのか……」
「ぐっ……」
地下街の様子を知ることに夢中になっていて、つけられていることに気付いていなかった。
「まぁ、良い。で、お前らは何の用だ?」
「てめぇの方がよく知ってるだろうが」
「……悪いが、お前たちみたいな知り合いはいないんだが」
「人の財布を奪っといて忘れてやがんのか!?」
一人の男の叫びに、エリーサは数秒固まった。
我に返って言葉を理解した瞬間、ロイの胸倉をつかむ。
「強盗したのかっ?!」
「………あぁ、あの時のか……」
「したんだなっ!?」
「いや、違う。落ち着け、ラフィー。あいつらが先につっかかってきたんだ。痛い目見たくなければ金を出せ、と言って来たんだが、その時には財布をすられてたから無一文でな。そう言っても信じなかったから、叩きのめした。正当防衛だぞ。何しろ、今みたいに武器を持ってたし、数人がかりで囲まれたんだから」
「そこまではな!財布をとるのは立派な犯罪だ!」
「しょうがないだろう。資金を確保しなければ食事すらできない」
「傭兵なら働けっ!!」
最もな説教に、ロイは眉を寄せる。
「ここでしばらく休養するつもりだったのに、また仕事に行く気が起きなかったんだ」
「なら被害届を出せ!軍宿舎が余っているから雑用を手伝うなら泊まれるようにしている!」
「あ、そうなのか?それは知らなかった」
「届を出せば知れたことだぞ?!」
「いやぁ、どうせ戻ってこないだろうから、と思って」
「それで人から取ってたら、お前もスリと同じだろう!!」
「………あぁ、そうか」
エリーサの叫ぶような説教に、ロイはのんびりと頷く。
思わず肩を落としたエリーサは、取り囲んでいる男達を見渡して息をつく。
「この者がお前達に対して行ったことに関して、法務部に被害届を提出しろ。こんなところで暴力に訴えても、何も解決しない」
男達のこめかみがひきつり、ロイが苦笑する。
「ラフィー、こいつらは被害届を出すに出せないんだよ」
「出せない?何故……」
「言っただろ?先に突っかかって来たのはこいつらだ、って。つまり、日常的にこいつらは追剥のような悪事を行っているんだ。被害届を出せば、調査される。結果、自分達の悪事もばれる。だから、こんなところで暴力に訴えようとしているんだ」
呆然として、男達を見れば、誰もロイの言葉を否定しない。
エリーサは、眉をひそめる。
「因果応報、自業自得、か……」
思わず呟いた言葉に、男達は顔を赤くするが、ロイは思わず噴き出した。
「確かに、その通りだ!」
本当におかしそうに笑うロイに、一人の男がキレた。
笑い続けるロイに剣を振り上げて突進してくるが、余裕でそれを避け、足払いをかけると同時に首に手刀を叩き込む。
「どうせなら、全員でかかってこい。一対一じゃ相手にならない」
挑発するような言い方に、エリーサがロイを睨みつける。
この立ち位置と現状では、どう考えてもエリーサも巻き込まれる。それを分かっていながら、挑発しているロイは視線に対して笑うだけ。
まるで、お手並み拝見、と言わんばかりに楽しそうな笑みだ。
挑発に乗った男達が一斉にかかってくる。
どうしようもない状況下で、一つ舌打ちをしたエリーサは剣を抜いた。
十数対二だが、二人の表情に不安も焦りもない。ただ、エリーサは怒りをあらわにしていたが。
男達は、下町で腕っ節の強い荒くれ者として名が知れていた。荒事には自信があった。
数人がかりで剣を抜かないロイに負けたが、今回は華奢なエリーサと言うお荷物(勘違い)がいるから、勝てると思った。
だが、実際、現実に起こったのは真逆だった。
エリーサは剣の腹で打ちすえて昏倒させ、ロイは致命傷にならない程度に斬りつけた。
打撲と切り傷。
絶妙な力加減で加えられた攻撃に、数分後には誰も起き上がれなくなっていた。
倒れ伏す十数人の男達の存在が、二人の実力が尋常ではないことを物語っていた。
「ぐっ…………くっそ……」
一人、意識のある男が剣を収めるエリーサを睨みつける。
「てめぇ……領主の癖に犯罪者をかばうのかっ……!」
領主、と言われてエリーサは驚いたような表情をするが、気付いた。
男達が現れる直前、ロイが言ったエリーサの名前を聞いていたのだろう。
ため息をついて一度ロイを睨んでから、男に向き直る。
「かばっていない。お前達の証言を元にして、こいつはちゃんと罪に問う。だが、お前達も同様だ。自分達は罪に問われないとは思っていないだろう?」
さっと男の顔色が変わる。
自分の怒りだけを主張していたが、男達とて犯罪を犯している。
元々が、ロイを追剥しようとして返り討ちにあったことによる逆恨みだ。
「双方ともに悪い。お前達は平等に裁く」
瞬間、男の首を鞘で打って意識を奪う。
振り返り、笑みを浮かべて腕を組んでいるロイを見上げる。
「………お前のことだぞ」
「そうだな」
「余裕だな」
「まぁ、大した罪には問われないしな。社会奉仕活動か、一定期間の強制労働、といったところか?」
その通りなので、エリーサは脱力したように溜息をつく。
スリにあったことは事実なようだし、自発的に男達を襲って財布を奪ったわけではなく、男達がロイから金品を奪おうとした行動が原因だ。財布を奪ったのは悪いが、自発的犯行はなく、自衛以上に暴力をふるってはいない。
実際、強盗と言うには状況が微妙で、恐喝でも追剥でもないので、法務部も苦い顔をするだろう。
判決が出しづらいので、労働、という形で罪を償わせるのが最良だろう。
「これから、こういう奴らは増えてくる」
「なに…?」
「こういう奴は、使う上がいるんだよ」
「上……………っ!?」
「気付いたか?」
使う上、と聞いてエリーサは思いいたる。
「軍部の上が陰で使ってた奴ら。使ってた上がいなくなって、入ってくる副収入がなくなった。こういう奴らは、自分のことを棚上げして上を粛清した人間を恨む。つまり、あんただ」
「……そうか」
「だが、そう簡単にあんたに対して行動は起こせない。何しろ、領主であり王女だ。自分達と同じ位置に下りてくることさえないんだから。そうなったら、たまりにたまった苛立ちと恨みは、他に向く。日常を生きる民に」
「…っ」
「あんたが姿を現わせば終わる事じゃない。全ての恨みを聞いてやることも、晴らしてやることもできはしない。命がいくらあっても足りるもんじゃない」
「うん………」
「だが、憐れむな」
うなだれるエリーサに、厳しいロイの声がかかる。
ハッとして顔を上げた先に、笑みを消した険しい表情でエリーサを見るロイがいた。
「憐れむべきは、こいつらの被害にあう善良な民だ。今、この時だけの感情や状況だけで判断するな。守るべき者を見誤るな。お前は一番上にいるんだ。このシュヴスにおいては」
反論を許さない声に、エリーサはただ耳を傾ける。
「過去を振り返り、現在を知れ。そして、未来を守れ。為政者として、民の上に立つ者として、見つめるべきは、現在を生き、未来を創る民の存在を忘れるな。いかなる時も、如何なる存在も、お前は見逃してはならない」
「………あぁ、分かった。けして、忘れない……」
自然と、言葉がこぼれた。
とっかかりもなく、真剣に紡がれた言葉はすっとしみこんだ。
頷くエリーサに、ロイは一瞬、困ったように苦笑してから肩をすくめた。
「……人を容易に信じすぎるな、あんたは」
「それ、他の人にも言われた……」
「…そうか。よくぞ、それで王宮を生き抜けたな。エリノス=ラグー=ルノワレス」
沈黙。
さっきまでの真剣な厳かな沈黙ではなく、張り詰めたような緊張感漂う沈黙だった。
「隠し続けたいのなら、自分自身の全てを変えるべきだ」
底知れない、感情を伺わせない笑顔が浮かぶ。
見逃してはならない。
耳の奥、さっき言われた言葉がリピートする。
(見逃さなかったのか、ロイは。私が隠しきれなかったものを……)
もう、驚愕も焦りもなかった。
人として、為政者として、エリーサよりもロイが上にいる、ただ、それだけ。
その現実を、エリーサは知っただけだ。
見つめ、見逃さなかったからロイは真実に気付いた。
見逃し、気付かなかったからエリーサは真実を悟られた。
ただ、それだけ。




