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華々の飛躍  作者:
もう一人の章
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38/61

第六話・見つめるべきは Ⅱ

 エリーサは何とも言えない表情で通りを見つめている。

 その隣で、ロイが楽しそうに笑っているのが妙に癇に障って仕方がなかった。


 下町からさらに奥、花街に近い地下街(犯罪者などがたまる区画のこと)の入り口に立っていた。


「ロイ……」


「なに?」


「私は、確かに見ていないところに行きたいと言ったけれど……」


「ここは見てないだろう?それに、ここで生きる人も民だ」


 諭すような言葉に、エリーサは瞳を見開く。

 ゆっくり、言葉がしみこむような感じがして、息をつく。


「……差別を、していたつもりはない」


「うん。オレもそう思う」


「命はすべて等しいと考えている」


「素晴らしい考えだ」


「…ただ、それは心の底まで浸透している思いではなかったと、今知った」


「そう。知れて良かったじゃないか」


「自己嫌悪が半端ないんだけど……」


「別にいいんじゃないか?それに浸りすぎなければ」


「どういう……?」


「浸り過ぎれば、しなくてはならないことを見失い、自滅するだけだ。自分しか見えていないってことだからな」


「ぅっ……」


 ざっくりと斬りつけられたように感じて、エリーサは胸を押さえてうめく。


「落ち込むのは後で出来るから、さっさと行くぞ」


「傍若無人……」


「あんたんとこの法務官の方が、よっぽどだと思うけど?」


「………否定できない」


 もっともなことを言われて黙り込む。だが、ふと疑問が生まれる。


「…どうして、知ってる?」


「何を?」


「法務官のこと」


「…あぁ、下町では有名だからな。本人が」


 言われて、再び納得してしまう。

 ベレニセを勧誘に行った時の反応を見れば、下町一帯で知られているのだろうことは分かる。


(……意外に素直だな…)


 納得したように頷いているエリーサに、ロイは内心呆れる。

 素直に受け止める理由があったにしても、あっさりと信じるのはいかがなものか。


(しかも、信じすぎだろう…)


 ちら、と視線を落とせば、上着の裾をつかむエリーサの手が見えた。

 ロイは、それに苦笑をこぼすしかない。

 おそらくは無意識であろうその行動を、咎める気はないが、ロイとしては戸惑う。


 エリーサに近しい立場と環境に生まれたロイにしてみれば、信頼していない人間にすがるのは甘すぎる。隙を見せることになり、かなり危険だ。


(王女である自覚ってあんのかなぁ……!)


 いささか不安に思いながら、何かを思い出す。

 ロイには、シュヴスに来る前から一つの疑問とエリーサへの疑心があった。

 もしかしたら、という思いが浮かぶ。


 不安そうにしながら、地の力が緩む気配のないエリーサに頭をかく。


「……それより、こっちの方が安心だろ」


「ぇっ?!」


 小さな手を握って、歩きだす。

 戸惑う声を上げていたが無視して、ロイは小さな手の感触に疑心を確信へと変える。


 内心で、得た確信に満足していたから、ロイはエリーサの顔が真っ赤になっていることに気付かなかった。



※※※



「こういったところは、どこにでもある。王都にもあるだろう。だが、貴族達は汚点として粛清したりしている」


「理由は?」


「汚点だから」


「…それだけ?」


「表向きは、治安の悪化。その原因が地下街にあるから、住民を捕縛して処罰、追放、処刑などしたわけだ」


「…逆に治安の悪化につながると思うが…」


「その通り。理不尽に追い出された住民や身に覚えのない罪で処罰された者が、キレて街で暴れたりする。それによって国軍の介入を受け、不正を摘発されて破滅した貴族は少なくない」


「無理矢理に、理不尽に行えば、歪みが生じる。その歪みの結果を受けるのは日々を生きている民だ」


「追い出された者も民。どうあっても貧富の差はなくならないのだから、大きな歪みを生まないようにするのが領主の勤めなんだ」


「……小さな歪みは、良いのか?」


「全てを把握して対処できるんならすればいい。だが、人間である以上は、全てに対応することは不可能だ」


「そうだな……」


 良くあること。

 そう締めくくったロイに、エリーサは唇をかむ。

 悔しそうにしているエリーサに、ロイは声を柔らかくして囁く。


「ラフィーは良くやってる方だけどな」


「へ?」


「何より、民の手と力を求めて声をかけたのは評価に値する」


「当然、だろう…。政治とは民がいなくては意味がない」


「……それを当然と言うのは、ラフィーぐらいだと思うぞ」


 苦笑して言えば、エリーサは眉をひそめて首を傾げる。


 王侯貴族にとって、民は駒にすぎない。そうではないと言い切る王侯貴族は少ない。というか、異常とすら言える。


「あの子は…」


 エリーサがふいに気付いたのは、薄汚れた建物のわきから出てきた少女だ。

 ぼろぼろの衣服を纏った体は垢だらけで黒く、髪は長い間梳かしていないのかぼさぼさだ。

 その細い首には、鎖の付いた鉄の首輪。


「奴隷だな………あそこは…」


 忌々しそうに眉をひそめるロイは、建物を見て小さな舌打ちをこぼす。

 エリーサも、少女が奴隷であることは分かった。だが、その姿に怒りがわく。


 奴隷は人として扱われないことが多く、家畜のようにされるのが多い。だが、奴隷は一種の財産と考えられ、先代国王の時に奴隷への非人道的ふるまいは禁止されている。なら奴隷という呼称をどうにかしろ、という声も上がったがぐだぐだのまま今日に至っている。


 今、エリーサ達が見ている少女は、あきらかに人として扱われていない。

 十歳にもならないような少女に、重い木箱を運ばせているのもそうだ。


 思わず、動こうとしたエリーサをロイが引きとめる。


「何をしようとしている?」


「なにって……」


「あの子を助ける気か?やめておけ」


「なぜ?!どう考えても、あの子の状況は法令違反だ。悲惨な環境にあるのは一目瞭然だ」


「なら、法で訴えるべきだ。無理に介入すれば、お前は他人の財産を奪おうとした犯罪者になるだけだ」


「私は……」


「領主の権限を振りかざすのはなお悪い。職権乱用に加え他の貴族達と同類とみなされ、信じようとしていた民の心は一気に離れる。信じようとしていただけに反動はでかくなり、批判行動も出るかもしれない。たとえ、慈悲を持って少女を助けようとしたとしても、だ」


「それは……」


「あと、あの少女だけだと思うのか?あんなふうに扱われているのが」


「っ!」


「目先のことに囚われて、目の前の人だけを救うのか?領主であるなら、今よりも先を見据えて行動しなくてはならない。時には、哀れな民を見捨ててでも」


 容赦なく、はっきりと告げられる言葉には何の感情もない。

 だからこそ、エリーサはもう動けなかった。

 ふらふらな足取りで戻っていく少女を見ながら、何もできなかった。

 ロイの言葉が、悲しいまでに正しいと分かったから。

 一切の感情を捨てた声でありながら、エリーサの腕をつかむ手はわずかに震えていたから。


 けして、民を顧みず、見捨てることが正しい、とは思っていないのだと伝わったから。


 視線を上げて、エリーサが見つめる先のロイの表情は無だった。

 自分の無力さに泣きそうなっているエリーサは、その表情にわずかな既視感を得た。


 いつか、どこかで見た。


 そう思った瞬間、ロイは息をついてエリーサを見下ろした。

 何もなかった表情に、苦笑が浮かび、思い出しかけた何かが霧散して消える。


 再び手を握られ引っ張られて、歩きだす。

 奴隷の少女が入っていった建物の前を通り過ぎて、真っ赤になって固まるエリーサを、ロイは引きずるようにして歩き続ける。

 ロイに助けてもらった経緯を話した時に、ベレニセから情報をもらった。だから、気付いてしまった。

 そこがなんであるか気付きながら、ロイが言葉を濁したその意味に。


 通り過ぎた建物。奴隷の少女が入っていった建物。

 いわゆる、裏宿、と呼ばれるもの。


 娼婦専門の宿屋だった。




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