第三話・実は曲者
下町の大衆宿屋は、この数日間で騒がしくなった。
元が格安の上、大人数の団体なら更に割り引かれるため、同郷の者が協力してやってくるので、瞬く間に満室になった。
その騒がしさに首を傾げた青年は、宿の主人に声をかけた。
「……何か城下でイベントでもあるのか?」
「領主様の布告関連だよ」
「布告?」
「あんた、知らないのか?」
「しばらくはいるつもりだけど、定住するわけじゃないからなぁ」
情報に目を光らせる必要のある立場じゃない。
「二ヶ月くらい前に軍が粛清されてな、人手不足になったとかで各地に自警団を設立することになったんだよ。あいつらは、自警団に立候補した奴らの代表者だよ」
「……軍が粛清?」
「国軍出身だとかで、かなり好き勝手やってたからな。泣かされた女も少なくねぇ」
「ああ、元は直轄地だもんな。どこでもあるよな、そういうの」
「まぁな……。領主様がそれを一掃して、入軍者を募ったが、故郷から離れられない奴もいるからな」
「それで自警団、か」
「正確には、軍に所属する部隊の一つで、警備派遣部隊、だったかな」
「なるほど……」
権限は軍が握り、地方の警備と安全を維持する。
軍の一部署であるなら、定期的な報告義務と監査がある。独立した組織にして暴走する危険性を排除することができる。
(上手いな…。まぁ、領主が全部やってるわけじゃないだろうけど…)
どこだって一緒だ。
絶対君主であっても、全てに優れた名君ばかりは生まれない。
平凡であっても、平穏を保った王がいるのは、官吏が優れていたからだ。
無知は王女領主が、官吏に丸投げしていたとしても、不思議ではないだろう。
青年は知らない。
粛清の時に出された号外とそこに載せられたエリーサの言葉を。
自然、エリーサに対する評価は微妙に低い。
だからこそ、興味と好奇心が湧きたち、青年は愉しそうな笑みを浮かべる。
感情の読み取れない瞳が、暗い光を宿して輝いた…。
※※※
自警団設立と人員募集の布告が出されてから十日、各町村から届いた文書を仕分けしたダニエルは、作業を終えてため息をついた。
街よりも規模の小さい町や農村などでは、喧嘩の強い男達が自警団みたいな役割を担っていたが、公的な立場ではないため荒くれ集団として上流社会では蔑まれる。
故郷を守りながら、上からは監視と忠告を受けるばかりだった彼らからすれば、自警団の設立と公的な立場と補償が受けられることは歓迎すべきことだった。
つまり、希望者が殺到した。
商業悪化によって職にあぶれた者も中には含まれ、エリーサの予想を大きく上回る人数が集まった。
中には、公的な補償の恩恵を受けたいだけの者もいるので、選別が必要になる。
与えられた仕事を終えて、集まった希望者のリストを町村別に分類、それぞれの長が書いた人物評などに目を通す。代表者はそれぞれで選出されているのは楽だったが、人物評がよろしくない人物も含まれているのが問題だった。
地元のことなんだからそっちでどうにかしてから回してくれ、と思いつつ、仕方ないと諦める。
だが、ダニエルがため息をついた原因はこれではなかった。
何をどう先走ったのか、代表者と数名が各町村から城下に向かって出発した、ということが付け加えられていた。
確かに、秋に向けての募集だが、正式な設立は来年になる。
希望者を募って、一時的な権限を与えて警備に当たってもらうつもりで、設立自体は来年であることは同時に布告している。訓練のために城下に来てもらうのが来年の春であることも。
そこまで読んでいなかったのか、勘違いして解釈したのか分からないが、非常にめんどうな事態になっているのは確かだった。
ひとまず、ダニエルでは判断できないことなので、まとめたリストと報告書を幹部会議(エリーサと指揮権保有官のみの会議で、自然とこう呼ばれるようになった)に提出した。
雑用として壁際に控えるダニエルは、微妙かつどことなく不穏な空気に逃げ出したくなった。
ちなみに、ライアンの腰は引けている。
「……何故、先走れるんだろうな」
「それほど、今までが悪かったってことだろう。不満の対象が罰せられて、抑えつけられていたものが噴出し始めた」
「軍部は……」
「受け入れ準備は始めたばかりだ。まぁ、準備を手伝わせながら仕事を教えることは無理じゃないから、かまわないよ」
「そうか……。いつまでも宿に泊まっていられないだろう。宿舎に招き、数人で面接、不可の者を帰してから訓練に入ってくれ」
「採用人数は、規模によるが平均五十人前後だったね。代表者以外はリストから選出しろと?」
「出来れば。不可能なら、それぞれの長に通知して一度出て来てもらうか、ベレニセ達に行ってもらうしかない」
「……ひとまず、話し合うよ」
「よろしく」
「ん」
ため息をつきつつも頷いたベレニセから、視線をライアンに向ける。
「予算は?」
「軍事費で賄える。武装の方はガルビオン子爵が知り合いの武器商を紹介してくれたから、そこそこの値でそろえられる。ただ、制服や徽章はまだデザインすら確定していないから……」
チェスティアに依頼したばかりだ。チェスティアは注文を受けて服を作ったり、細かい注文事項を元に染めから織りまでやっている。デザインや意匠にも詳しい昔ながらの職人もいるので、一任している。ついでに、紋章の意匠も相談していたりする。
この二ヶ月あまり、プリシラは仕事に忙殺される日々を送っている。
「……布告内容を徹底的にたたきこむ必要があるでしょうね。先走る事も、有頂天になる事もないように、厳しく戒めなければいけません」
「教養系統の講義、頼めるか?マリファ」
「元より、そういう話でしたので問題はございません。いい年をした男達が考えなしに行動するとは、少々きつめにする必要がありそうですね」
「……ほどほどに、な……」
「分かっております。使い物にならなくなっては本末転倒ですので」
「まぁ、分かってるなら、良い……」
女官の教育や居住区の一切を取り仕切ってきた女官頭らしい厳しい言葉に、エリーサはちょっと男達に同情した。
エリーサは遠い目をして、ライアンとベレニセは若干視線をそらしている。
「内容を決めている最中だから、法制化はまだ無理だな」
「ああ、まぁ、それはしょうがない……」
「罰則と規定だけでも領主の力でさっさと制定しておく必要はあるだろうな。じゃねぇと、無茶やらかしても放置するしかなくなっちまう」
「はい……」
「資料持ってくっから、逃げんなよ」
「お待ちしております、先生……」
悄然としながら頷くエリーサに、満足げにイウリアは頷く。
本気で、イウリアは家庭教師になってきている。本人も満更ではなさそうだし、エリーサはそれでいいと考えていそうだ。
「……ダニエル、集まっている者達を宿舎の方に移して、軍部に協力を」
「かしこまりました」
それぞれ、かなり忙しく専門分野以外にも調べることが多々あるが、きっとダニエルほどではないだろう。
将来、内務官になることが確定しているとはいえ、それまでは雑用係としてあちこちの仕事を手伝うことになる。いくら勉強しても足りない。
穏やかな表情を崩さずに忙しいを超越した日々を軽やかにこなしているダニエルが、実は一番の曲者ではないか、とマリファを除く全員が思った。




