第二話・山積みの問題
ゴッ。
バキッ。
ドカッ。
下町の路地裏で、打撃音が響く。
倒れているのは粗末な身なりの男達。それらの中央に立つのは、細身の青年。
めんどくさそうにため息をついて、肩を回して軽いストレッチをすると、しゃがみこむ。
一切躊躇いのない動作で、男達の懐を探る。
目的の物を取り出すと、次に移る。
どれも、形や大きさは違っても同じ用途で使われている物。
動く振動でチャリチャリとなることから、誰もがなんであるか気付くだろう。
五人の男の懐を探り終わり、よし、と笑顔で頷く。
「これでしばらくは宿に困らずに済むな」
清々しい爽やかな口調と笑顔で、足取り軽く路地裏から通りに出る。
青年の手には、男達の財布。
豊かな内容ではないが、五人分になれば数日の宿代くらいにはなる。
青年は、腰に剣を帯びた傭兵だ。だが、今、行っていたのは完全なる窃盗。
たとえ、喧嘩を吹っかけたのが男達だったとしても、立派な犯罪である。
罪の意識など一切ない青年は、市場の喧騒にまぎれて行った。
※※※
「……これ以上は、算出できないか?」
「これ以上となると、人員削減しかない。でも、そうなると失業者が出るから、解決にはならない」
「そうか」
イウリアの提案で市場を散策した翌日、エリーサは午前中に会議を開いた。
削減した生活費の算出結果を持って来たライアン。
申請や自警団設立に向けて必要事項をまとめたイウリア。
城内人事と内務の雑務をまとめたマリファ。
軍事報告に訪れたベレニセ。
雑用と給仕で控えているダニエル。
大会議ではなく側近だけを集めたそこで、書類を広げながら眉間にしわを寄せる。
「……秋になれば、収穫・豊穣祭がある。警戒心が緩み、犯罪も増える」
「特に、東部と北部は盗賊の被害がたびたび上がってるからな」
「ああ………」
イウリアの同意にため息をつく。
「自警団の設立と武装の充実化が目下急務…。同時にやるのは無理、か……」
口元をかくして考え込む。
「……自警団の本拠地を作る必要もある。その分の費用と材木、装備だけじゃなく制服に紋章、挙げればきりがないな」
呟きに、イウリアが満足げに微笑む。それを見て、エリーサはさっきより深いため息をつく。
試されていたのだと理解する。
昨日、イウリアに講義じみた内容を語られた時にはなかった問題点に、市場をめぐって精神を落ち着かせたエリーサは気付いた。その時、もしかして試されたか?と思ったが、その通りだった。
「自警団員を集められても、武術の訓練と組織体制をどうにかしなくてはならないからな。誰か派遣するか、訓練期間を設けて来てもらうか…」
「軍部としては、来てもらう方が楽だね。派遣なら一人や二人じゃ済まないだろう?それを各地に派遣すれば移動費や宿泊・生活費が必要になるし、こちらの手が足りない」
「宿舎があるから宿泊費がいらないし、生活費も軍事費にふくまれているから必要ない。一定期間、地元を離れてもらった方がこちらにしてもあちらにしてもいいだろう」
ベレニセとライアンの言葉に、よし、と小さく頷く。
「ひとまず、自警団設立のことを布告して、町村に協力を要請する。イウリア、法制化を進めてくれ」
「御意」
「人員の募集は布告とともに行う。条件は成人以上の男女で、体力のある者。本拠地は、各町村には集会所があるだろうから、それを臨時利用してもらう。……マリファ、城内人員については?」
「特に変動はございません。ただ、女官の中に護身術を学べないかと進言する者がございました」
「それは?」
「現状、殿下の護衛はベレニセ殿だけです。自分達が護身術を学び、身辺警護を行えるようになれば、ベレニセ殿や殿下のご負担が減るのでは、と考えた結果かと」
「………ベレニセ」
「意欲的なのはいいことだね。確かに、今では軍部の指揮をしてるから常に護衛として付けないから、助かるよ。時間を見つけて簡単なものを教えることは構わないよ」
「なら、希望する女官達をリストアップ、仕事を調整し、その際には他の女官達の了承を得るように。日程はベレニセとマリファで調整してくれ」
「かしこまりました」
「ああ」
「ベレニセには、自警団に希望した人達を鍛えるための準備をしてほしい。そのことを軍部に徹底して知らせろ」
「御意」
「ライアン、必要経費の算出を。自警団事務所の建設に関する諸経費と材料費を計上してくれ」
「はい」
「ダニエル」
「はい?」
「土木所と建築設計、武装管理庫の内容を正確にリスト化。頼めるか?」
「かしこまりました。大丈夫ですよ、僕は一番暇ですから」
苦笑して答えるダニエルに笑みを浮かべ、机を軽くたたく。
山積する書類。
一つを成したことで生まれた数多くの問題。
『理想』の具現のため、目指し願った『現実』の厳しさ。
「……領地一つでこのありさまなら、国一つなど治められはしない」
呟きは、この場の誰に対するものではない。
遠い、玉座に座るただ一人の父に向けて。
王にと望んでくれていることを、異母兄から遠まわしに聞かされて。
嬉しかったけれど、今、この現状を考えれば受け入れることなど到底できない。
自分が優秀だと、思ったことは一度としてない。だが、この現状にエリーサは打ちのめされた。
うなだれ、自分の無能さに愕然としていたから、エリーサは分からなかった。
視線を落としたエリーサを、誰もが苦笑を持って見ていたことを。
その瞳が、エリーサの言葉と思いを否定するように強い光を宿していたことを。




