第一話・とある法務官による講義と恐怖政治
国内港を巡る船がシュヴスについたのは、雨期が過ぎて夏の暑さが増してきた七月。
北方の直轄地を経由して輸入品を運んでくる船は、傭兵を雇ったりして警備を厳重にしている。
シュヴスで契約の切れる傭兵は、給金をもらってギルドに行って次の仕事に向かう。一部はしばらく休養するが。
船がつけば、翌日には生鮮品以外の大きな市が領内の各地で開かれる。
必然、大勢の人が行きかう。
つまり、犯罪が増える。
城下の市を散策していた青年が、壁に寄り掛かってちょっと遠い目で喧騒を眺めている。
「……気まぐれなんて起こさなきゃよかった」
十分前の自分の行動を悔いて、青年はため息をつく。
見やる大通りは、人がひしめき合い、すでにどうしようもない状況だった。
高騰を続けていた物価が、モーリス商団の解体で以前通りに戻ってようやく落ち着いた頃だからこそ、人々の活気は凄まじい。そして、その頃の爪痕がまだ残っているからこそ、犯罪は減らない。
旅人などは、その被害を受けることが多かった。どこでもそうではあるが。
※※※
警備でてんてこ舞いな警備隊は、新人を駆り出しても疲労が限界に近く、人手不足の影響が露骨に出ていた。
それに頭を痛めながら、エリーサはベレニセから報告を受けていた。
「…入軍希望者は、そろそろ打ち止めか?」
「今月に入って、十四人。そろそろ終わりだろうな。……ああ、チェスティアの下働きが一人、来たな」
「リュト=ジェッド、か。どうだった?」
「武器は一切だめだけど、手入れ自体は器用だね。武器より体術だ。新人の中では、格闘能力が随一だったよ」
「そうか」
「短剣術を仕込もうと思って武器庫を見てみたけど、管理がずさんだったんだろうね。なまくらばかりだった」
「……それはつまり、武器の補充をしろ、と?」
「出来ればね」
「…具体的には?」
「基本的に使わない短剣がほぼ全滅。ただ、数が合わない物もあるから、かっぱらってる奴がいるんだろうね」
「あぁ………」
「予算的に厳しいかい?」
「ん~……。ライアンとマリファと相談してみる。どう転んでもすぐには無理だから」
「それは承知の上だよ。今あるので、ギリギリ回せるからね。整備に気を使っていれば、何とか持つだろう」
「ん、よろしく」
疲れたように頷くエリーサに苦笑して、ベレニセは認証印をもらった書類を受け取って退室していった。
入れ替わりに入って来たイウリアを見て、エリーサは机に突っ伏した。
「あ?何だ、失礼な反応だな」
「いや、別にイウリアに対してじゃないから……」
眉を寄せたイウリアに、慌てて手を振って弁明する。
あっそ、とあっさりと引き下がった様子から、本気ではなかったのだろう。それに脱力しつつ、差し出された書類を受け取る。
「嘆願書、が多いなぁ…」
「しょうがねぇだろ。まぁ、楽するために申請する奴も中に入るがな」
「それらは省いたんだろ?」
「俺は専門じゃねぇからな。申請内容からそう思われるもの、だけだ」
「じゃぁ、プリシラに依頼しておく」
「それが良いだろうな…。つーか、ギルドの方は、まだ空席かよ」
「…チェスティアの先代が生きていれば、問題はなかったんだけど」
「プリシラがなるには若すぎるからな。経験もたらねぇし」
「ああ……」
商業ギルドの上層部も一新されたため、現在はモーリスにもチェスティアにも偏っていなかった中立の商人がギルド長代理をしている。あくまで代理なのは、チェスティア側の商人が、プリシラを強く推しているからだ。プリシラ本人は、丁重に断っているが、モーリスの横暴が根強いトラウマになっているからか、推す勢いは収まらない。
「ま、前任が最悪だったからな。その敵対者に走るのは必然にしても、当人のもろもろを考えりゃ、無理難題だって分かるだろうに」
「……それほどだった、ということだろう。モーリスの横暴とチェスティアの人望が」
はっ、と鼻で笑うイウリアに、認証印を押した書類を渡す。渡された内の三分の二は、保留の箱に入っている。
「申請も、減らないな」
「最近のは甘えだ。あいつが許された、じゃぁ自分も、て感じでな。で、却下された者から不満が出る。憎まれるのは領主さま、てな」
「……理由は文書で知らせているし、抗議にもちゃんと返答しているのにな」
「自分の欲望が優先だからだろ。今までは、共通の憎い存在がいたが、それがなくなったんだ。抑え込まれていたのが暴走したり、近場の同業者に対する妬みが増長されたりする。仕方がねぇさ」
「理屈では、分かっているがな……」
「全部を助けてやるなんてできねぇよ。財源にも限界がある。お前が、自分の生活費を削っても、たいした意味はねぇ」
贅沢を好まないエリーサは、自分の生活費として割り当てられていた金額を見て卒倒しかけ、削れる分だけ削った。その浮いた分は、現在は財務で計算中である。
「ライアンはどういってんだ?」
「…申請は、受けられて後三つが限度、と」
「いやにリアルな数字だな」
「だなぁ……」
「……他にも何か出てきたな」
「相変わらず、勘がよろしいことで…」
「ふざけんなよ。殴るぞ」
「スミマセン」
素直に謝ったエリーサに、ため息をついて先を促す。
「武装が、結構ひどい状態で…」
「買い入れが必要、か」
「そう。で、やっぱり人手不足のままだから、自警団の設立の方を……」
「進めたいが、商業が復興し始めたところに、物騒な話を持ち込むのは気が引ける、と」
「おっしゃる通りで……」
ぐぅのねもでないほどに完璧だ。
的確に理解しているイウリアに、期待するような眼差しを送る。
「……武装は必須だな。申請の法を厳しく吟味して、今までのも監査を入れて調査、統計を出して大丈夫そうだったら来月をめどに切れば良い。今でひと月持たせて、浮いた助成金で武装の買い入れだな。その際は、王女の名前を大々的に利用して、紋章を貸した上でチェスティアとガルビオン子爵家を通じて買いいれろ。王女相手に吹っかけるバカはいねぇし、シュヴスの商業の中心になってるチェスティアと人望厚いガルビオン子爵家が関われば、なおさらだ。悪印象をもたれたら、そこで仕事ができなくなるかもしれねぇしな。目利きとして軍人を二人ほど同行させるのは必須だな」
「…なるほど」
「自警団の設立とその権限の保障に関しては、法の整備が必要になるから今すぐは無理だな。民衆の空気もそうだが、法の制定にはそれなりの手順があり、時間がかかる。ま、今は王の裁可を必要としないだけ楽だが。各町村を守る自警団だから、町村が維持費や給料を見ることになるだろうな。軍の駐屯に関しては、維持費だけで済んでいたが、さらに上乗せになるんだから了承を得る必要がある。まぁ、軍に入って故郷を守ろうと思っても、生まれた町村を離れられない奴らが団員になるだろうから、了承は割かし簡単に得られるだろう。ただ、そうなると調達する武装が増え、資金もかかるから、その辺の調整が必要になってくるな」
「…はい」
ずらっと述べられた内容に、司法以外の物が含まれていたことに気付いたが、指摘はしない。しても無駄だろうから。
必要なのは、資金繰りと武装の充実化、そして、自警団設立の法制化と町村の協力取り付け。
いかにシュヴスが豊かでも、現状ではいささかきつい内容だった。
「ああ、それと…」
「まだありますか…」
思わず敬語になりながら、背筋を伸ばして拝聴姿勢をとる。
主と臣下のはずなのに、生徒と教師のような図になっていることに、イウリアは呆れる。だが、知らないことを学ぼうとする姿勢は称賛に値するので、ひとまず表には出さない。
「いい加減、警備隊、はどうにかしろ」
「?」
「国軍出身者を追い出したから、事実上領軍は解体したようなもんだ。残ったのが城下警備部隊のみ。確かに、新人を含めても軍と呼べるほどの規模じゃねぇが、領主直属と町村の自警団の間に差がない呼び名はやめた方がいい。言い方は悪いが、差別化を図れ」
「差別化……」
「極端な権限を与えるのは悪いが、警備隊から領軍になれば、自警団よりも上だ、と自然と認識されるようになる。警備隊であっても正規軍人であることにかわりはねぇけど、軍人、というイメージは持たれにくい。だから、軍に昇格して、紋章を与えろ。領主直属であることを表して、お前の紋章を与えてもいいし、別の物を与えてもいい。自警団は、一括してシンプルな紋章を掲げさせるようにしろ。名と紋章、で差別化は簡単に図れる」
「はぁ……」
気の抜けたような相槌に一瞬眉が寄るが、エリーサの表情は真剣そのものだ。それに気づいて、イウリアはしばし反応を待つ。
なにやら、本当に教師と生徒のようだ。内容も講義っぽい。
「……ひとまず、やるべきことは資金調達だな」
「まぁ、そうだけど……。一周回って原点に戻っただけだな、お前。もしかして、思考を放棄してねぇか?」
「ギクッ」
わざとらしく口に出して反応するエリーサに、ふっとイウリアは柔らかい笑みを浮かべる。
それに、エリーサは頬を引きつらせて立ち上がろうとするが、イウリアの素早い一撃が脳天に炸裂した。
「……色々山積して脳が混乱してんだろうよ。少し、落ちつけろ。仕事はこっちで裁いといてやるから、市場でも散策してろ。夕方には戻れよ」
「へ?」
痛みに悶えて頭を抱えていたエリーサは、意外なイウリアの言葉に耳を疑う。
「ライアンやダニエル以下だからな、お前。混乱すんのも無理ねぇが、そのままで仕事やられてミスられたらこっちがめんどくせぇ。スッキリしてこい」
「はい……」
一番上がミスったら、笑い話では済まされない。その処理に追われるのは、側近という位置づけになっているイウリア達だ。
つまり、自分達の環境のため、ということ。
イウリアの言い分に大いに納得して、背筋を伸ばす。
昼をいくらか過ぎたばかりで、夏場と言うこともあり、日が出ている時間は長い。
夕方までなら、それなりに市を見て回る事が出来るだろう。
浮上した気持ちに、自分が落ち込み追い込まれていたことをようやく自覚する。
さっさと出て行こうとするイウリアの背中を見て、苦笑を浮かべる。
(さすが年の功、か?かなわないな…)
実際に言えば、どういう反応をされるか分からない。
だが、そうとしか思えなかった。
本人ですら気づいていなかった心の内側を察し、気分転換を提案してくれる。おしつけがましくなく、自分の為だ、と言わんばかりに。
人を見る目があるなぁ、と自画自賛しつつ、イウリアの背中に小さく会釈して着替えようと隣室に向かう。
エリーサとイウリアの会話の間、執務室の外には書類を持って来た官吏が列を成していた。そして出てきたイウリアが扉をふさぎ、にっこりと笑って言った言葉に、戦慄した。
「殿下は少々お疲れだから、休養される。変わりに、俺が承ろう。法務部長室に来い」
凍りついた官吏達を意に介さず、さっさと歩いて行くイウリア。
官吏達が再び動けるようになったのは、イウリアが法務部長室についた頃だった。
激務であることは官吏達が良く知っている。政務に慣れていないエリーサが参るのも分かる。
休養には文句はない。無理をして倒れたらそれこそ一大事だ。
だが、一つだけ、許されるのなら彼らはエリーサに文句が言いたかった。
何故、イウリアに任せるのか、と。
事情を聞いたライアンとベレニセとダニエルが、官吏達に対して漏らしたのは一言。
「ご愁傷様」
冷たい突き放した言葉に、官吏達は滂沱の涙を流した。心で。




