終話・始まりはここから
もろもろの事後処理を終えれば、待っていたのは公共事業だった。
東の河には、堤防が築かれて毎年補修工事を行っている。それでも、災害はなくなっていないが、造る前よりは減っているため、特に苦情は上がらない。
その補修工事のため、土木所の人間を派遣、その為の仮設住宅はすでに建設されているものの、大規模な物なので軍人も一部派遣される。
問題は、派遣される軍人だった。
例年通り、警備隊の人間を派遣せざるを得ないが、国軍出身者を全て返したので、人手が圧倒的に不足している。
悩みに悩んだ結果、エリーサが出した結論に、誰もが妥当だと納得した。
領内から、入軍希望者を募った結果、百八十人ほど集まった。
武器の扱いや体術を教えるために設けられる一年間の訓練期間。それに、この派遣を当てようと考えたのだ。
体力の足りない少年達は体力作り、青年や男性達は体作りができる。
土木作業だから、武器の扱いや体術は帰ってきてからになるが、基礎を鍛えるにはちょうど良い。
警備隊は最小限を城下に残して、各地に派遣したが人手が足らないのは相変わらずで、その土地で協力者が募らねばならなかった。その分の褒賞などが必要になる。
褒賞に関して言えば、罰せられた官吏や商人達の貯め込んでいた財を没収していたので、問題はなかったが。
軍部が落ち着けば、今度は財務だった。
正確には、ライアンだ。
現在、イウリア、ベレニセ、ライアン、マリファの四人は『指揮権保有官』という官職にある。ちなみに、今回の非常時に臨時で作った官職なので、秋(十月)か新人が入る春(四月)の人事にはなくなることが前提になっている。
仕事が落ち着いたのだから、官職から解かれてもいいだろう、というライアンの言い分に、エリーサは苦笑した。
気持ちは分かった。
ライアン以降、新人は財務に入っていない。試験合格者が年々減っていたため、人数が少なかったり忙しかったりする部署に優先的に人材が割り振られた結果だ。
つまり、財務で一番年下で下っ端なのにエリーサの権限で指揮権保有官にされてしまったのだ。
かなり抵抗していたが、元来押しに弱いのかもしれないと思ったので、このまま、秋の人事で部長にしてしまおうと思っていた。
まるでそれを見抜いたかのように、殴りこんできたライアンは、イウリアに引きずられていった。
数分、穏便な話し合い(イウリア主張)の結果、ライアンは暗雲を背負って諦めた。
何をしたのか、エリーサとダニエルは聞こうとして止めた。純粋に怖かった。
晴れやかな笑顔のイウリアは、「自分だけ逃げられると思うなよ」と言外に語っており、エリーサは思わず視線をそらした。
考えを読まれたような気分だった。
法務と内務はいつも通りに酷使され、官吏達に同情してしまうほどだった。
思わず、エリーサが介抱に回ってしまうほど。
お茶を入れたダニエルが退室し、執務室に一人になったエリーサは、首を回しながら息をつく。
エリーサとて、領地経営も執務も初めてだ。ライアンの気持ちは分かるが、だからこそ近しい立場にいてほしかった。
年が近い者が近しい立場にいてくれれば、共感を得て安堵できる。
「さぁ、どうしようかなぁ……」
引き出しから、一枚の紙を取り出す。
それは、秋の人事で発表しようと思っている人事内容。
マリファには話ており、了承をもらっているから問題ない。だが、ライアンが意見しそうだ。
イウリアはもう分かっているだろうし、ベレニセはしょうがない、と諦めるだろう。
ライアンの主張は、もっともで、このまま最高位につけておくのは少々問題があるのは事実だ。
せめて、後三・四年、経験を積めばどうにかなるかもしれないが……。
「ぁっ……」
何かに思いついて、意地の悪い笑みを浮かべるとペンを手に取る。
その笑みが、イウリアの微笑みに似通った空気を醸し出していることに、気付く者はいなかった。
シュヴスの膿は洗いだされ、穴だらけながらも浄化された行政と商業。
だが、穴だらけだからこそ、少々無理な人事もまかり通る。
今までは、直轄地時代から続くものだった。
官吏も商業も民も、その意識ですら。
だが、今回の大量粛清で意識は払拭された。
この時が、シュヴス領主エリーサ=ラフィー=ルノワレス、の名が本当の意味で力を持った瞬間だった。
エリーサが思い描く『理想』を『現実』にするための舞台が整った。
舞台の幕は、これから開く。
本当の始まりは、今、この時から………。




