第二八話・王宮で…
エリーサがシュヴスで行ったことが、王宮でも知られたのは連行された官吏達が王都についた日だった。
「……ふん。どうせ、父上が良いようになさったのだろう。でなくては、あの無能には何もできん」
「その通りです」
ふんぞり返って不機嫌そうにしている第一王子リグジッドに、第二王子ガハルドは愛想笑いを浮かべてへこへこしている。
次期国王とされる(自称している)リグジッドにすり寄ろうと、最近では多くの貴族がやってくる。そして、リグジッドの近くにいるガハルドにも。
異民族の血を引いてはいても、王子は王子、ということだろう。ルービンスの場合は取っ付きにくさがあるからかもしれない。
異母兄弟の二人だが、女癖の悪さは結構知られている。
互いに正室は貴族の娘だが、そちらには子がなく、妾には子がいる。
王宮女官や官吏達の間では、二人の子は他にもいるのでは、と噂されているほどに手が早い。
女癖が悪いのに、囲う妾が少ないのは、父であるロナードから叱責を受けたからだ。
妾(リグジッドは次女の生母の方)が、十五になる前に手を出して妊娠させてしまったから。
市井の恋人関係ならばまだしも、王族が無節操な振る舞いをするのは好ましくない。まぁ、分からないようする分にはいいのだが。
以来、二人は十五以上の娘にしか手を出さないようにしている。
ロナードが言いたかったのはそういうことではないのだが…。
それなりに頭良いはずの二人だが、王族と言う身分と特権意識が強いため、多くの事象を自分に都合のいいように解釈する傾向があった。
「父上も何を考えておられるのか。シュヴスほどの土地をあの無能に与えるなど…。それぐらいならば、オレに与えてくれてもいいだろうに」
「全くです。異母兄上の方が、あの小娘よりよっぽど領主にふさわしくあられます」
「当然だ」
ふふん、と上機嫌にワインをあおる。
ちなみに、今はまだ昼間である。
部屋の隅に控える二人の女官は、二人のやり取りを縮こまって聞き流している。
二人の手癖の悪さを知っているため、二人につけられることを女官達は嫌がる。だが、つけないわけにもいかない。
ガハルドはともかく、リグジッドは今では第一位王位継承者だ。その傍につけるのが、身分の低い侍女(成人前の女官候補達も含む)では文句が出る。実際、つけた時に言われた女官長は、女官を向かわせる際に二人に手を出さないように言っている。
先代から仕える老齢の女官長は、王子達にも強い物言いをする。仕事も出来るし信頼されているからこそだ。二人も面と向かっては反論できない、数少ない存在の一人であることは確かだ。
だが、女官長の目がなければ二人は気ままに手を出していた。
ちらり、とリグジッドが壁際の女官に視線を向ける。
上から下までなめまわすような視線を、女官は逃げ出したい思いを抱えながら耐えていた。
片方、淡い茶髪の女官を見ながらにやりと笑い、リグジッドは立ち上がる。
「おい、お前。茶髪の方だ」
「は、はい…」
「名は何と言う?」
「リ、リーフェ、と申し、ます……。ラ、ラクトル子爵オットー、の、三女で……」
「子爵家の娘か。………よし」
リーフェの腕をつかんで、ガハルドを振り返る。
「もう一人はお前の好きにしろ」
「ありがとうございます」
いやらしいにやけ面で見てくるガハルドに、黒髪の女官がガタガタと震える。
青ざめたリーフェは、足に力を入れてふんばりながら、口を開く。
「わ、わたしは、来春、婚礼を、ひ、控えております……。どうか、お慈悲を……ッ」
泣きそうになっているリーフェに、リグジッドの笑みは変わらない。
「安心しろ。次期国王であるオレの手がついたことは誉れだろう」
それは権力に興味や魅力を感じる者の言い分であって、リーフェにとってもそうとは限らない。
貴族でも貞淑な考え方の者もいる。それは、地位が低くなれば顕著だ。
リーフェも黒髪の女官も、必死の懇願を繰り返すが二人は聞き入れない。
リグジッドの離宮の警備をしている兵や別室にいる女官・従僕の耳に、懇願する鳴き声と悲鳴が届く。
相手が王族では何もできず、彼らはただ聞こえないふりを必死にするしかなかった。
悪夢が巣くう、と女官達の中で噂される離宮で、また二人、犠牲者が生まれた。
※※※
実兄が女官に無体を働いているとは知らないルービンスは、修練場からそのまま書庫に向かっていた。
毎日掃除されているとはいえ、古書特有のカビ臭さがある書庫は、ルービンスにとって最も苦手な場所だった。王宮全体が苦手と言えば苦手だが。性に合わないらしい。
「ファルドス、いるのか?」
目的の人物の名を呼ぶが、基本的に日中はここにいるはずなのに、返事がない。
だが、それはいつものことなのか奥へと進んでいく。
迷路のような書庫の奥、上段の棚用に置いてある頑丈な脚立に腰かけて、古書を一心に読みふける小柄な姿を見つける。
立てば平均並みの身長はあるのだが、全体の色素が薄いことと鍛えられていない痩躯が、存在感を希薄にさせ、小柄なイメージを持たせる。
「ファルドス」
間近で呼びかけても返答のない異母弟に、ため息をついて本を奪う。
むっと眉を寄せて顔を上げたファルドスは、ルービンスを認識して眉間のしわを消す。
「ルービンス異母兄上ですか。何か御用ですか?」
「お前、読んだか?」
「何をです?」
「今朝、俺達全員に配られたんだが……」
「……王子全員にですか?夜明け前からここにいるので知りませんが、一体、何が……」
そんなことだろうと思っていたルービンスは、自分に配られた分を持ってきていた。それを渡すと、読みかけの古書にしおりを挟んで閉じる。
ざっと速読しているファルドスは、文字を追うとなると一切を忘れ去る。エリーサに『書庫の主』と称される理由である。
「……また、派手なことをしましたね」
「ああ。だが、さすが、とも思う」
「そうですね。エリーサだからこそ、という感じです」
「俺もそう思う」
意見が一致した二人は、視線を合せて笑う。
互いに、表情があまり変わらない二人だから、かなり貴重な瞬間だ。
脚立から降りたファルドスは、読みかけていた古書からしおりを抜き、棚に戻す。
「良いのか?」
「一度読みましたから」
暇つぶしだったらしい。
一緒に廊下を歩く。日差しが当たらないように壁際を歩く姿に、ルービンスは眉を寄せる。
「…もう少し日に当たれ。青白いぞ」
「眩暈がするのでお断りいたします」
普段、日に当たらないから唐突に長時間浴びるとめまいがして倒れる、というのはファルドスの言い分だ。しかし、それが本当であることをルービンスは知っている。たまたまだが、その場面に出くわした。
「ファルドス」
「何です?」
「お前、もう少し大きな離宮に移る気はないか?」
「ありません。僕一人ですから」
「そうか……」
「?何かありましたか?」
「リグジッド殿と兄上だ」
それだけで通じたようで、ファルドスの眉が嫌そうに歪む。
「…女官達が哀れだ。今月だけで十七人だぞ」
今、さらに二人が犠牲になっているが、ルービンスもファルドスも知らない。
「父上の叱責は、きかなかったようですね」
「きかない、と言うより、都合よく解釈しただけだろう」
「あの二人の耳は特殊ですからね」
都合のいいことしか聞かない。悪いことは耳を素通りする。
二人が呆れるほどの自己優先主義者だ。
「……俺かお前が、妃でも持って人手を割く理由を作ればいいんだが……」
人手不足を理由に女官達を、リグジッド達から離してやれる。
「無理でしょう。異母兄上はまだ持つ気がないのでしょうし、僕は、婚約者が成人してませんから」
「……そうだな」
「女官達のために、適当な妃を持つことなんてできないのでしょう?」
「融通がきかないことは分かっている」
「誠実、というんですよ」
思わず、ルービンスは立ち止まる。
数歩進んで立ち止まったファルドスが振り返り、自分よりずいぶん目線の高いルービンスを見上げる。
その口元には、柔らかい微笑みを浮かべている。
「愛情のない婚姻は、相手が可哀そうだと思われたのでしょう?異母兄上はお優しいだけですよ。誠実なだけです。何も悪いことはありません。自嘲なさらないでください」
基本、誰に対しても無口で最低限のことしか言わないファルドスが、『会話』をするのは自分とエリーサ相手だけだとルービンスはこの数ヶ月で知った。
だが、ここまで長い言葉を口にする姿を見たのは初めてだった。
「王族の婚姻に愛情を持ち出すのはまずありえませんが、良いと思います。その誠実さが、異母兄上の良さですよ」
「……そうか」
「はい」
頷くファルドスに、ルービンスは息をつく。
間違っていない、と言われて胸のつかえがとれたように感じる。
実兄の無体に痛々しい姿を見せる女官達を知っているだけに、ルービンスは申し訳なさと罪悪感を抱いていた。出来る限り、母とともにフォローして、辞職してもしばらくは暮らせるように私財から資金を渡したりもしていた。だが、そうやってもあまり意味はない。被害が出た後だから。
何とかしてやりたいと思っていた。だから、母とともに父王に進言したりしていた。
今回、それがかないそうだった。
「…異母兄上」
「何だ?」
「離宮を移る件ですが、書庫に近い離宮が空いてますよね?」
「……ああ。父上に言っておこう」
「よろしくお願いします」
離宮の中で最も小さな離宮に暮らしていたファルドスにして見れば、無駄としか思えないほど広い離宮だ。だが、罪もない女性達が悲嘆にくれるくらいなら、その無駄くらいなら我慢しようと思える。
ファルドスだけではなく、ルービンスも今より大きな離宮に移るつもりでいる。その際、従妹を行儀見習いとして預かる予定なので、その指導として普通よりも多い女官が勤めることになる。
ちなみに、ルービンスは母ナティーシャと共に暮らしている。
夕方、女官二人が泣きながら辞職を願い出てきた事を知って、ロナードもキレた。
ジグリッドとガハルドの宮から若い女官を全て引きあげさせ、そこそこの地位にある中年以上の女官達を配した。さすがに、妃や妾、姫がいるので女官全てを引きあげることはできない。
それ以外は、従僕や侍官(女官の男性版)が増員されて人員を補充した。
一週間後、ファルドスとルービンス達親子は離宮を移った。
影の薄いファルドスは、元から女官や侍官は注意を払っていなかった。さらに、基本的に自分の時間を邪魔されない限りはどうでもいいので、好きにしろ、と告げていつも通りの生活をしていたため、女官達にとってはありがたかった。
その人柄から、女官達に慕われているナティーシャの下に配属された女官達は、嬉々として勤めていた。異民族だとか関係なくなるくらいに、リグジッドとガハルドはひどかった。
さらに、ルービンスの従妹は、大変な努力家で教えがいがある、と好評で、女官達は得意分野を嬉々として教えている。
このことで、兄二人から理不尽で的外れで自分勝手な怒りとやっかみを、弟二人は受ける羽目になる。日々、ため息が量産されている。
それをファルドスがエリーサへ手紙で愚痴り、エリーサが何とも言えない笑みを浮かべるのはさらに十日後のことだった。




