第二七話・願いと『いつか』
国軍から派遣されてきた軍人が、拘束された官吏や軍人を連行していく。
それらを見送ったエリーサ達は、その後、数日間仕事に忙殺された。
ライアンは、勤続三年目というほぼ新人の立場で財務部を指揮していた。はっきり言って無茶ぶりもいいところで、エリーサに言われた時は断固拒否し、小一時間、相手が王女と言うことを忘れて怒鳴り合った。イウリアが止めにした発言は、「お前しかまともな奴いねぇんだから諦めろ」という喜んで良いのか悲しんで良いのか分からない内容だった。
引かないエリーサと傍観するイウリア達に、ライアンは色々と諦め、やけくそ気味に引き受けた。
いざ、指揮することになった時、当然ながら誰も従おうとしない。
断罪した時のライアンを見ても、誰も認めようとしなかった。
仕事を放棄してバカにしてくる官吏に、ライアンはブチ切れた。
職務放棄と勤務態度の劣悪さで、面接もせずに全員の評定を最低に位置づけ、全ての仕事を自分で(たまにダニエルに助けてもらいつつ)こなし、完璧に仕上げて評定をエリーサにたたきつけた。
ちなみに、官吏達には一切告げることなく行われたので、エリーサから減給と自宅一斉監査を受けてようやく彼らは気付いた。規定給料の三分の一にされた上、監査によって明らかに不正によって得たと思われる家財はすべて没収された。後者に当てはまった者は、懲罰も加算された。
中には、官籍をはく奪された(つまりクビ)者がいた。
官吏だけでなくエリーサ達も、ライアンのブチ切れっぷりに引き、怒らせてはならない、と思った。イウリアだけは爆笑していたが。
当然、過労でぶっ倒れ、しばらくライアンは起き上がれなかった。ちなみに、その間は官吏達が必死に働いた。これ以上評定を悪くされるのは勘弁したかったのだ。
イウリアは、いささかも問題なかった。十年も勤めていれば、仕事は把握しているし、何より官吏達の精神を掌握していた。恐怖心と言う名の。
法務部はイウリアの恐怖政治で機能し、酷使された官吏達が死屍累々となっているのを見て、エリーサは遠い眼をした。ライアンとベレニセ、ダニエルは引いた。
部長として最終裁可を下す立場だったが、鋭いので官吏達は気が抜けない。それでも、イウリアが提出した評定は惨憺たる有様だったが。
過労でぶっ倒れる官吏達に思わず涙を浮かべ、評定は素直に受け取りながらも、引き締めるために二割減給処分にした。やらかしたのが偽りの法を布告し、民だけでなく国王さえも欺いたのだから、あまりにも軽すぎる処分だ。
イウリアの酷使っぷりが、すでに厳罰並みだったから手心を加えてしまった。ちなみに、マリファに伺ってみたら無言を返された。マリファでさえ、エリーサと同じ思いを抱いたらしい。
ちなみに、法務官達は減給されたもののその際、エリーサに労われたことで忠誠心が芽吹き、一心に慕われている。
ベレニセは、国軍出身者が捕縛、もしくは強制送還されたので、ずいぶんと風通しがよくなった。三百数十人の城下警備隊だけでは領内警備は難しいが、シュヴス出身者で固まっているので仕事はやりやすい。
だが、必然、事務仕事をやったことがある者が少ないため、執務は一気に滞った。
見かねたエリーサが悪いと思いつつもダニエルに手伝うように願い、何とか執務は進んだ。
元より、下町で慕われていたエリーサは年下に人気が高い。姐御として。
年上には腕っ節で勝るので、頼られる。
信頼関係は成り立っているので、イウリアとは違い、良い意味で問題なかった。
結論でいえば。
過程で、ダニエルが疲労困憊になっていたが。
ひとまず、どこよりも処分された人数が少ない部署だった。少ない人数は、仕事をサボったりした者だ。処分は十日の謹慎と反省文。ここは学校か、と言うのはイウリアのツッコミだ。
マリファは、女官と言うことで見下されたが、二日、何も言わず何もせず仕事を見届けた後、一人一人の面接で弱点とコンプレックスを抉った。
精神的に大打撃を受けた官吏達はその後、実際に執務にかかるマリファに脱帽した。
十数年間現場を離れておきながら、その手腕はいささかも衰えておらず、びしばしと指導し、容赦なくこき使った。
ダニエルはいろいろな部署を手伝ったが、やはり最も多く関わったのは内務だった。母の補佐をしつつ、ギリギリの範囲で絶妙にこき使われる官吏達を励まし労った。すると、いつの間にか、内務の癒し的な立ち位置に置かれるようになった。
今後やりやすくなるから良いだろう、とマリファは放置した。
来年、内務官になる予定なので、関係が良好なのはダニエルとしては嬉しいのだが、何故だか複雑だった。ちなみに、母が意外に大雑把だと初めて知りました、とエリーサにこぼしていた。
ライアン達は、マリファを恐れて遠巻きだった。イウリアでさえも。
プリシラは、下手すれば行政よりも忙しかった。
ギルドの監査は内務の仕事だが、今回は動きの良い法務が受け持った。結果、叩けばほこりが出る、と言わんばかりに山のような不正の証拠が出てきた。
ひとまず、真っ先にモーリス商団は解体。中核となっていたモーリス商会の人間は、一人残らず尋問を受け、ほとんどが不正に関わっていた事から法に基づいて強制労働処分のために連行されていった。
マウリシオ=モーリスの家族も同じく厳罰処分となり、モーリス商会は破綻。傘下の商店や商会は、その後、独立するか不正に関わった者は処分されて破綻した。
チェスティアと親交がありながら泣く泣くモーリスの下にいた商店や商会は、速攻でチェスティアとの提携を結びなおした。プリシラは、泣いて土下座する大人達の対処に追われた。
モーリス商団が経営していた孤児院の責任者達も処分され、その経営権はチェスティアに渡った。
潰れた(潰れるべき)商店や商会から没収した家財を、助成金として渡し、経営自体は問題なかった。
ただ、一気に事業が増えて、プリシラの仕事は今までの三十倍にまで膨れ上がった。その際、エリーサが引き取って預けた四人が奮闘したらしい。
全ての書類が集まるので、エリーサは簡単計算で彼らの五倍の仕事をこなしていた。
大変だったのは、戸籍登録されていない子供や奴隷を母とした子供の戸籍の改定や作成。司法の知識に乏しい(今回必死で学んだので付け焼刃)エリーサは、一人一人と話をしながら作業を進めた。
戸籍のない(あるのかもしれないが判明しない)子供は、名前から登録しなければならない。孤児院では番号で呼ばれていた(イウリアがキレかかった)らしく、自分達で考えさせようにも学校に行かせてもらえていなかったので、できない。
大人を信用できなくなっていただけに、どうでもいい、という雰囲気の彼らを一喝し、エリーサは文字を覚えさせることから始めた。その際、学校の校長をしている従兄に出張願った。快く来てくれた。終わったら速攻帰ったが。
一通りの文字を習い終われば、辞書を与えて自分の名前を選ばせた。
さらに色々とあったが、エリーサ的に思いだすだけでも疲れるので割愛する。
登録が終わり、改定も終わるまでに、半月を要することになった。
ようやく忙しさを抜けて、小休止になったが、重要なことが残っている。
官吏の大量粛清、メスの入らなかった商業ギルドの監査、モーリス商団の解体、軍の断罪と王都への帰還、法の不備。
あらゆることを詳細に、民にもわかりやすく書かれた号外(すでに本の域の厚さ)が領内に出回った。
各地で驚愕と怒りと悲しみと喜びの声が同時に上がった。
軍の人手が足りないので、補充するために志願者を募る事と資金に困っている者は申請と査定の結果で助成することが知らされ、商人達が窓口に殺到した。
民にとっては、上にいる者は誰だって良い。
最初はいい顔しておいて、後で酷くなるなんてのは歴史的にも多い。
希代の名君が、老いては暴虐な暗君になるなんて珍しくない。
だから、王女が領主になっても、特に誰も反応しなかった。
このまま、荒れて行くままに変わらないのだろう、とどこかで諦めていた。
そして、訪れた唐突な変革。
号外のしめくくりに乗せられた、エリーサ直筆の言葉に、誰もが光を見た。
与えられた、導かれた、指し示された光の先に、道を見た。
『 貴方達の声を聞かせてください。
貴方達の想いを聞かせてください。
貴方達の願いを理解させてください。
貴方達と共に、『今』を造らせてください。
そして、『いつか』を一緒に創っていってください。
誰よりも、この大地とともに生きてきた貴方達の、想いと力を貸してください 』
領主から、民への『願い』。
真摯に懇願する領主など知らない。そんなの、空想上の存在だと思っていた。
誰もが笑みを浮かべ、号外を握りしめた。
笑みを向け、見据えた先の『いつか』を、現実にするのは自分達次第。
それを胸に刻んで、一歩、踏み出した。




