第二五話・束の間、そして、次へ
新領主の就任式及び生誕式典。
それは、数年間、政治と商業に圧迫され続けたシュヴスの民にとって、久しぶりの明るい話題。
だが、新領主が辺境育ちの王女と言う事が、わずかな不安になった。
三日にわたって行われる式典。
その分、活気づくし、貴族達もやってくる。
身分の低い母から生まれた王女を軽んじる貴族は多いが、王女は王女。
しかも、高位貴族はエリーサの素性を知っているため、軽んじることはない。それらを不思議に思いながらも中位から下位貴族は、表向きは友好的に接する。
その『友好的』が、エリーサにとっては煩わしいだけのものだと知らずに。
※※※
ドナルドを筆頭にした官吏や軍人の摘発から式典の終了まで、怒涛のような忙しさの中にあったエリーサ達は、げんなりした表情で目の前の光景を見ていた。
「……いやがらせか?」
「殿下への贈り物です。ガロディオン伯爵からは夏に招待したいと書状が……」
「断れ」
「かしこまりました」
一人だけ、いつも通りに無表情なマリファが淡々と受け答えをしている。
目の前に山積みになっている煌びやかな箱に、エリーサはため息をつく。
ちら、と領主のリビングであるにもかかわらず、遠慮なしにくつろいでいる面々を見る。
出窓に座ってぐったりとしているのは、三年目で財務を取り仕切る事になったライアン。
特に疲れているようでもないのにソファに寝そべっているのは、法務官を酷使したイウリア。
一人掛けのソファに深く腰掛けているのは、膨大な事務処理をこなしたベレニセ。
十数年ぶりの執務に平然としているマリファはきびきびと働いているし、その手伝いで走り回ったダニエルはエリーサ付きの従僕として動いている。
この親子は人外、とライアンとベレニセは思った。それ以上の存在がいることは知っているが、ひとまず二人とも視線をそらした。
「これ、中身は何だ?」
生誕式典だから、祝いの品が送られてくるのは分かっていた。だが、ここまでとは思っていなかった。
ゆうに五十を超えている箱と、別室に置いてある大型の贈り物。
存在発覚と同時に領主として地方に飛ばされたのだから、それほど重要視しないだろうとエリーサは考えていた。
実際は、王家唯一の王女であるため、生母の身分は関係なしに引く手あまただ。高位貴族は素性を知っているから余計に。
王子達で相手が決まっていないのはルービンスだけ。異民族の血に躊躇う者が多い。それもふくめ、エリーサはかなりの高物件だ。
しかも、辺境暮らし、ということで豪華な生活は餌になると考える貴族が多い。
まったくもって見当外れだが。
「アクセサリー、ドレス、靴、小物……さまざまですね。大きなものになりますと、アルマディア製の絨毯や家具、織物や絵画などですね。それと……」
「それと?」
「侯爵家や伯爵家から縁談が」
「断れ」
「かしこまりました」
おそらく、エリーサの素性を知らない侯爵家だろう。
全てを暴露した時、招かれていない侯爵家もいくつかあった。
素性を知っている貴族は、こんなに早く縁談を持ってこないだろう。
エリーサは、表向きはどうであれ唯一の嫡流王族だ。それを娶ろうと積極的に動いては、王家乗っ取りを疑われる可能性がある。その為、外からじわじわと近づいて親しくなり、息子達と引き合わせようと考えているのだろう。
それらを予測していたエリーサは、考えていた断り文句をしたためてマリファに渡す。
柔らかく表現しているが、よほど鈍くない限りは分かる程度に徹底的に拒絶した。
「……ライアン達は、いつまでそうしてるんだ?」
「ごめん。もう少し休ませて……」
「なれないことはする物じゃないね…」
「だよなぁ。疲れた」
「「うそつけ」」
うんうんと頷くイウリアに、ライアンとベレニセから突っ込みが入る。
恨めしげな二人の視線を鼻で笑い飛ばす。
「努力がたらねぇんだよ。ガキ」
言い返せない二人は怒りのぶつけどころが見つからずに、震えている。
この一ヶ月あまり、ともに行動していたライアンはイウリアにずいぶん慣れ、ベレニセは元々なじみだから、言動に遠慮がなくなってきた。
三人の様子に苦笑しつつ、エリーサは膝の上に抱えた箱をなでる。
「そういや、それ、結局何が入ってるんだ?」
「陛下からの祝いの品、だよね?」
紫色のビロードがはられた箱をゆっくりと開く。
現れたのは、繊細な細工が施された金の懐中時計。
ふたには、山吹の花冠が浮き彫りにされ、中央に大粒の橄欖石がはめ込まれている。
「私の紋章だそうだ」
エリーサの手のひらに収まる大きさの懐中時計。
それをライアン達に見えるように向きを変える。
山吹と橄欖石を見て、イウリアは目を見張る。
何かを言おうとして、近くで小さな笑いが落ちるのに気付いた。
視線を向ければ、ダニエルが苦笑している。自身に向けられる視線に気付いて、イウリアに小さく会釈した。
それで、イウリアは知る。
この場で、紋章に込められた意味を知っているのは自分達だけだと。
おそらく、エリーサも気付いていない。
山吹の花言葉は、気品、崇高、待ちかねる。
橄欖石の石言葉は、偉大なる力。
これほど、エリーサに似合いの言葉はないと思った。特に、このシュヴスの民にとっては。
まさしく、心から『待ちかねた』『偉大なる力』と『気品』を持つ存在。
だが、花言葉や石言葉と紋章を重ねて考えれば、すごい解釈ができる。
花冠の意匠に、誰も疑問を持たないだろう。冠は王族、花は女性を意味するととれば、王女だから、と納得できる。
だが、イウリアは本当の意味を悟る。そして、庭師として働いていたダニエルは、花言葉などに詳しいから、そこに至った。
花冠は、王女ではなく、王位を。つまり、王冠のことを意味した。
待ちかねた偉大なる君主。
重ねた意味。
ロナードの中で、次代はすでに決まっている。
それを示した。
聡い者ならば、ロナードが遠まわしに示したことに気付くだろう。
つまりは牽制。
軽んじることは許さない、という当代から次代への守り。
その次代本人は気付いていない。
だが、それでいいのだろう。気づいてほしいとは、思っていないだろうから。
無邪気に、父からの祝福を喜ぶ主に、水を差す必要もないだろう。
イウリアは小さく笑って、瞳を閉じる。
ライアンやベレニセより執務に慣れているとはいえ、指揮するのには慣れていない。二人ほどではなくてもつかれているのは本当だから、静かに眠りへと落ちて行く。
それを視界の端で確認して、エリーサは微笑む。
その姿に、安堵と信頼を見たから。
※※※
深夜、夜番の兵しか起きていないだろう時間に、エリーサはそっと部屋を抜け出した。
春の夜は冷える。外套を着込み、地下へと降りて行く。
軍が使えないので、警備は城下警備隊の者が持ち回りでしているが、地下牢の警備まではしていないらしい。
入口は無人で、頑丈な鉄の扉には鍵がかかっている。
領主権限で持っているマスターキーを使って中に入ると、すえた臭いに眉を寄せる。
環境は良くないようだ。
(ひと段落したら、ここは封鎖しよう)
一つ頷いて決意して、階段を下りる。
地下牢の最奥、最も広い牢に入れられている人物が、物音に気付いて顔を上げる。
「何をしに来られた?」
隣の牢の人物が、寝転がっていた体を起こす。
「提案をしに来た」
「ほぅ……提案、とはどのような?」
「ドナルド=バウズ、ルリア=セルシオ」
名を呼ばれた二人は、探るような視線を向ける。
「私の諜報官になる気はないか」
唐突な提案に、二人の瞳が大きく見開かれる。




