第二四話・かつての終わり Ⅶ
「ここ数年、商業はお前が独占している状態だとプリシラ=チェスティアから聞いている」
マウリシオは隣りのプリシラを睨むが、そっぽを向いて視線を向けもしない。
「職業の斡旋も、お前の管轄だろう。だから、軍で働く女性達を選んだ。見目の整った、あの下劣共の好みそうな女性を」
淡々と続く声に、マウリシオは固まる。
一瞬、プリシラの名前に憎悪に似た苛立ちが恐怖を上回ったが、引き戻される。
「軍の書類にも記されているし、女性達と家族から証言も取れている。どう扱われるか、どういう目に合うか、分かっていながらお前は女性達を差し出した」
「わ、わ、わわたしは……」
「だが、それだけなら、お前は特に罪には問われない。言い逃れも出来る。だが、それ以外はどうにもならないだろう」
「………ッ」
無様なほど震えた声で弁明しようとしたが、エリーサに先を越される。
さらに、突きつけられる。
全部、知っている。
言外にそう告げられて、マウリシオは声を失った。
「前内務部長は、お前にとって煙たかっただろうな。不正をただそうと、官吏として正しくあろうとした彼は、手段を選ばずに生きてきたお前には腹立たしい存在だっただろう。だから、彼を殺害されたことに関しては、直接的に関与していなくても喜びはしただろう。そして、現在の内務部長とは賄賂や様々な便宜を図ることで共謀した。商業ギルドへの監査結果もその一端だろう」
口を挟むことができる雰囲気ではなく、誰もがエリーサに注目した。
「財務は分かりやすい。賄賂を渡すことで、法で定められた商業取引額を逸脱した商談をしても黙認されるようにした。後からモーリス商団の傘下になった商会や商店との横暴な取引や商品の徴収を可能にした」
カツン……。
さらに一段、下りる。
「法務はなおのことだ。商家を潰すことの黙認。ありもしない法の布告によって資金に困っている商家が分かる。その情報を流してもらい、傘下の金貸しや自身が経営している金融屋を向かわせる。そうすれば、高利で金を貸して破産に追い込みやすく、潰しやすくなる。多額の賄賂が必要となっても、それを取り戻せる。潰した家の家財などが手に入るんだから」
カツン……。
さらに一段。
突き刺さるようなライアンとイウリアの視線よりも、静かに響くエリーサの足音が恐怖をあおった。
同じ高さになったベレニセが、ゆっくりと膝をつく。
「さらに、慈善事業の拡大で多額の助成金を受け取っているが、それが慈善事業に生かされたためしがないな。モーリス商団経営の孤児院をいくつか回った。清潔に保たれているが、子供達が学校に行っている様子がなく、一部の建物に、閉じ込められている子どもがいた」
カツン…。
心なしか、音にいらだちがこもっているように感じられた。
「戸籍がないか奴隷の子供か…。商品とするにはちょうどいい存在が」
カツン…。
自分達の手前まで来て、ライアンとイウリアがゆっくりと膝をつく。
「違法取引、人身売買、助成金の不正使用、商業ギルド長としての職権乱用……。おおまかにはこんなところだろうが、これだけでも厳罰もの。まぁ、死罪は免れないだろうな。プリシラ=チェスティア、何か言いたいことがあれば言うが良い。発言を許そう」
「特にございません」
「そうか?」
「はい。真っ当な法務官ならば、正しい裁きを下してくださるでしょう。法に従って裁かれればそれでいいのです。ですが、一言だけ」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
深々と一礼したプリシラは、マウリシオを振り返り、すぅと息を吸う。ついで、華奢な手が降りあげられた。
パシンッッ!
きれいな音が響き、プリシラはマウリシオを力いっぱいひっぱたいてしびれる手を握りこむ。
「恥を知れ!!」
叩きつけるような叫びに、項垂れたのはマウリシオだけではなかった。
罪を犯した者だけではない。罪に加担していなくても、何もできなかった者達ですら。
万感の思いがこもった叫びだった。
誰もが、項垂れて恥入るほどに。
言葉にならない思いの全てを一言に乗せたプリシラから、エリーサは視線を移す。
官吏達の最前列。
ライアン達の糾弾も、エリーサの断罪も、静かな眼差しでみつめていた存在へ。
「………最後は、お前だ。ドナルド=バウズ、そして、ルリア=セルシオ」
扉から、一人の兵が縛り上げたルリアを連れて入ってくる。
ルリアをドナルドの隣に放り出すように置き去りにすると、エリーサに敬礼をして壁際に走る。
自分を見上げるルリアには、冷やかな一瞥を与える。
「自分の罪を、分かっているか?」
「……何のことでしょう?」
「知らぬふりをするか?」
「ふり、と申されましても、現に何も知りません」
「…そうだな。まわりから声も上がらない」
一人逃れようとしているのならば、部長達から罵声が飛ぶくらいはあるだろう。だが、それは一切ない。
エリーサは予測していた。
ドナルドは、誰とも共謀していないだろう。いや、明確な罪は犯していないだろう、と。
「お前は、モーリス商団経営の孤児院の出身だな」
「それがいかがされました?それだけでマウリシオ殿と共謀した、などと仰らないでしょうな?」
「私は自分を賢いとは思わないが、そこまで愚かではないと思っている」
「ご謙遜なさいますな。貴方は、とても賢明な方だ」
「褒め言葉は素直に受け取っておく。……お前が、罪を犯してはいない。私はそう思っている」
罪はない、とはっきり口にしたエリーサに、ドナルドは瞳を細める。
「戸籍を調べて初めて知った。お前とルリアは、伯父と姪だったんだな」
かつて、話した伯父はドナルドのことだと、知った時は驚いた。だが、同時にエリーサは納得した。
それで、最初の犯人が確定された。
「ルリア=セルシオが、私の食卓に毒を盛った……いや、毒を盛るように厨房に命じた者。そして、おそらくはルリアに命じたのはお前だろう。ドナルド」
「…証拠は、どこにあります?」
「王の勅命によって領主となった王女を毒殺することは、反逆に等しい。他の女官や従僕達が行うとは考えにくい。官吏とも考えたが、居住区の厨房は官吏との接点がない。個人的付き合いの者はいるかもしれないが、官吏達が関わっている可能性は低い。何せ、官吏達は私を侮っていた。仕事場を見て回っていても、侮りと見下しの視線が分かりやすかったからな。なら、危険を冒して消そうとはしないだろう」
「それだけでは…」
「さらに、手口が巧妙過ぎた。十数種類の毒を用い、うまく組み合わされなければ効果を発揮しない毒は特殊な効果であるため、値がはる。それを官吏がいくつも用意しているとは考えにくい。まして、初日だ。わずか数時間でそれだけを用意することはできない。常備している者がいるのなら別だが、庭師のダニエル=ノゥダスにこっそりと調べてもらった結果、ルリアの部屋の床下から盛られた毒と同種のものがすべて見つかった」
状況・物的、どちらも証拠がそろっている。
「……毒の効果を考えれば、殺す気がなかったとわかる。さらに、あまりにも早すぎる行動だった。しかも、容易にはそろえられない複数の毒物が必要な方法で行われた」
まるで、怪しんでくれと言っているようなものだ。
「マリファは、毒が盛られていることに気付いていた。それが死に至る物ではないことも。だから、私に何も言わなかった。私を試すことに利用した。おそらく、ドナルド。お前の目的も同じこと」
試すため。
自分勝手に作れる箱庭などではなく、暗雲が立ち込める世界なのだと知らしめるため。
世間知らずな王女を試すために。
「…お前が何を思ったのかは知らない。何のために私を試したのか。私に何を求めたのか。そして、それは私が知る必要のないものだ」
カツン。
ライアンとイウリアに並ぶ。二人が、伏せたまま耳を傾けていることを感じながら、エリーサは言葉を続ける。
「私は、それを気にしない。毒に耐性があったから大事にはならなかったし、どこでだって行われることだろう。毒殺や謀殺の類は」
だが、王族と言う身分がエリーサの意思を無視することになる。
どうあっても、実行犯であるルリアが助命されることはない。
カツン。
一切の弁明も懇願も聞こえないことに、エリーサは苦笑する。
それは、今までの冷酷な物ではなかった。酷薄な笑みでもなく、ただ、心から呆れたような笑みだった。
「だが、法では見過ごされても、私は決して許せない罪をお前達は犯した」
カツン。
身を起こしたルリアはドナルドを見上げ、ゆっくりと顔を伏せた。
ドナルドは、どこか安堵した光を瞳に宿し、膝をつく。
「お前達の罪は、何もしなかったこと、だ」
カツン。
ドナルド達と同じ床に下りて、エリーサは悲しげに瞳を揺らす。苦笑は変わらない。
「お前達は、知っていただろう。内務が、財務が、法務が、軍務が犯した罪を。知っていながら、お前達は放置し続けた。偽りの法の布告を出したことも。人身売買も。賄賂も。なにもかもを、見て見ぬふりをして何もしなかった。それが、お前達の罪だ」
代官は、国王へ直通文書を出せる。それには特殊な紋章が必要で、それを代官は与えられている。
告訴が可能だったのだ。
官吏達の腐敗を、モーリス商団の暴走を。
なのに、打てる手を打たなかった。出来ることをしなかった。
それが、悲しくもあり、腹立たしくもあった。
「代官という重い立場にありながら見逃し続けたことは、監督責任を追及されることになるだろう。何か、異論はあるか?」
「………ございません。いかようにも、お裁きください」
潔く、罪を認めた姿に、エリーサは自身の推測の正しさを知る。
それは、誰にも言っていない。
息をつき、瞳を伏せる。
ゆっくりと開かれた視界に、改めて謁見の間を見渡す。
すぅ、と深く息を吸う。
「各部の長及び上位五名を牢へ。軍部は武装解除の後、宿舎にて謹慎。他の官吏はそれぞれ持ち場にて仕事を続け、臨時部長達の指示に従い面接及び取り調べを行え。ドナルド=バウズとルリア=セルシオは地下牢へ。警備は城下警備隊に一任する。指揮はベレニセ=リュフュスに委託する」
「はっ」
「……式典の後、全て罰する。それまで、自身の罪を悔い続けるが良い。連れて行け」
警備隊の兵が一斉に動き、命じられた対象達を拘束して引きずるようにして連れて行く。
残ったのは、拘束されなかった官吏とライアン達。
官吏達は怒涛の展開に呆然としたまま、たたずんでいる。
「自身に恥じることのない者は、今まで通りに励め」
重く響く、厳しい声に官吏達の背筋が自然と伸びる。
「良いことをしようと思わなくていい。正しいことをしようと思う必要はない。ただ、一つ」
一拍の間。
どんな言葉が放たれるのか、と誰もが身構えた。
「自身の『当たり前』を貫き守れ」
それは、誰もが予想しなかった言葉。
圧迫するのではなく。
戒めるのではなく。
油断させるのではなく。
懐かせるのではなく。
へりくだらずにおごらずに、自身の知る『当たり前』を忘れるな、と。
ただ、当然のことだけを告げるエリーサに、瞳を見開いていた官吏達は奥歯をかみしめて一斉に膝をついた。
「かしこまりました」
官吏達の唱和に、エリーサは無表情のままに一つ頷いた。
平伏した彼らは、年若くも威厳ある領主に幻影を見た。
漆黒の髪の頭上、光り輝く王冠の幻影を……。




