第二三話・かつての終わり Ⅵ
「私は下町の人達からいろいろと相談を受けています。その中には、軍の雑用として雇われた下女の家族がいます」
びくっと震える軍人達を黙殺するベレニセの視線には、ひたすら蔑みが宿っていた。
「婚約したばかりの女性、成人前の少女、夫を亡くした未亡人……。身の上は色々ですね。共通しているのは、皆、容姿が整っている、という点でしょうか。あとは、彼女達が受けた被害でしょう」
女であるだけで、見下される傾向はどの国でもある。例外は、代々女性が大公位につくアルマディア大公国くらいだろう。
軍であるならば、なおのこと。
ベレニセは身を持って知っている。
彼女達が不運だったのは、ベレニセの時のように助けてくれる存在がなかったことだ。
「…性的暴行…。女性にとっては何よりも屈辱的で、その生命の尊厳を踏みにじられる行為。恥を知れ、下衆」
丁寧に話すのが限界だったのか、口調が戻る。
「……下町出身の女ごときが、貞節を語るか」
忌々しげに吐き捨てられた呟きを拾い、ベレニセの眉がつり上がる。エリーサは無反応だが、それが逆に怖い。
「男ばかりの軍に勤めに来るんだ。期待してくるんだろう。その通りに動いてやっただけだ。何が悪い」
開き直ったのか、アウグストは醜悪な笑みを浮かべる。
周囲を囲む城下警備隊の気配が剣呑になる。
「それに、たかが蛮族の血を引く卑しい女が、国軍の将軍に対して……ッ」
「いい加減、理解できないのか?」
アウグストの声を遮ったのは、無感情なエリーサの声。
「私は、城下警備隊のベレニセ=リュフュスに信を置き、発言を許した。罪を明かし、糾弾を許した。この場において、ベレニセへの侮辱は、私への侮辱と同等だ。理解しろ。仮にも将軍なのだから、考える能力はあるだろう」
頬を引きつらせてアウグストが押し黙る。
明らかにバカにされていると分かって怒りがわくが、王女に怒鳴り散らすわけにもいかない。理性が働き、沈黙を保つがベレニセをにらみつける視線は変わらない。
「…あんたには、娘はいないのか」
女を見下した発言をしたアウグストへの問いかけに、それがどうした、と言いたげな表情が返る。それから、アウグストに娘がいるとわかる。
「なら、自分の娘が、あんた達が下女にしたような振る舞いを受けたら、どう思う?怒りを感じないのか?仕方がないことだ、と。娘が不用意だったのだ、と。そう言って自分の娘を責めるのか?」
「何をバカな。そんなこと……」
語尾がかすれて消えて行く。
自分の発言とベレニセの発言を比べ、意味を理解したのだろう。
「どうして、他人の娘にはそれが出来る。彼女達にも親がいて、兄弟姉妹がいる。彼女達が怖い思いをして、泣いていれば、その原因へ怒りを募らせる存在が確かにいる。……あんたにも、娘がいるのなら、分からないはずがないだろう」
ベレニセの声が、わずかに震える。
それに気付いたのは、エリーサとイウリアだけ。どちらも視線は向けない。イウリアは向けられないだけだが。
「あんた達が軍人になったのは何のためだ。民を守るべき軍人が、民を虐げる。民を苦しめる。民を悲しませる。そんなことのために、あんた達は軍人になったのかっ!」
それは、イウリアが法務官達に投げかけた言葉とよく似ていた。
意図したわけではなく、ベレニセの心からの叫びだった。
ベレニセ自身、誰かのために軍人を目指した。
だからこそ、アウグスト達の振る舞いは許せなかった。
「国軍の軍人だと言うのなら、なおのこと責務と義務は重いはずだろう。なのに、あんた達はここで何をしていた?料金を踏み倒し、物を奪い、人としての尊厳を踏みにじる。暴漢と同じじゃないか」
身に覚えがあるだけに、誰も反論できない。
「……お前達の罪は、陛下に報告し、中央で裁いてもらう。元より、私が領主となった以上、国軍から派遣された軍人は不要だ。監査も必要ない」
王族が領主であるから、監査を設けなくとも常に見張られているようなものだ。
父である国王からの監視は厳しい。特に、富裕な直轄地を譲られたエリーサは、兄王子達や貴族からの視線もある。
軍備を増強したりなどできるはずがない。
それを分かっているのか、アウグストは悔しそうに歯噛みする。
「軍事法廷は特に厳しい罰が下る。お前達は、婦女暴行、傷害、器物損壊、監禁など多数の罪を犯している。これに対し、国軍がどういう判断を下し、法廷がどういう罰を与えるのか、私には分からないが、今後、剣を握ることはできないだろうな」
一拍の間。
「女を見下しその尊厳を傷つけると言うことは、自身を生んだ母をも見下し傷つけると言うことだ。人として最低の行いをしたのだから、厳罰は受けてしかるべきだろう」
軍人達の瞳が、これ以上ないほどに見開かれる。それを、若干の憐れみを感じつつも押し隠して、エリーサは見下ろす。
「………自身の母に、言ってみろ。アウグスト=ダヴィート。さっき、お前が言った言葉を、一言一句違えずに」
数瞬の間、硬直していたアウグストはおもむろにへたり込んだ。
何を思い、どういう結論に至ったのかは分からない。だが、アウグストの中で、何かが変わったのだろう。わずかに、感じることがあったのかもしれない。
「さて、軍の罪に関して、追及すべき人間がいるな」
視線が、官吏達を素通りする。
わずかに視線があったプリシラが、丁寧に頭を下げる。
「モーリス商団代表マウリシオ=モーリス」
一連を通して、マウリシオの顔色は土気色でガタガタと震えている。
カツンッ…。
一段、エリーサが上座から下りた。




