第二二話・かつての終わり Ⅴ
反逆者。
誰かが、復唱するように呟いた。
無意識下の呟きだったのか、それは大きくはなかった。だが、静まり返る室内の隅々まで響いた。
「……世間知らずの王女様が、過ぎた口を……ッ」
「それが本音か」
悪態つくロゲリウスを遮る。
「確かに、私は世間を知らない。民の生活を知らない。だが、お前達が罪深き反逆者であることは知っている」
繰り返された、反逆者、という言葉に、内務や財務の官が震え、法務の官がすがるようにロゲリウスを見た。
「…お前は言ったな、法務部長。自分達は国王陛下の信任を得た官吏である、と。だが、そこから勘違いだ」
「何を…」
「今、このシュヴスは直轄地ではなく、個人の所領として与えられた、私の領地だ。分かるか?私が領主となった時から、お前達は直轄地の官吏ではなく、王女領の官吏になった。つまり、お前達の人事任命権は私にある」
今さら、言う必要すらないことだ。なのに、今気付いたかのようにポカンとしている官吏達がいる。
直轄地時代に官吏となったのだとしても、結局は地方官吏。その土地でしか官吏として働けない。王女領の官吏であるのがいやなら、辞めるしかない。
「一応、陛下に許可は得た。その際に、『そなたの領地ゆえ、そなたの裁量に任せる』と全権を許された。………勘違い、分かったか。愚か者」
官吏を裁くのに、王の許可はいらない。さらに、王自身から承認されている。
誰も、もう反論できない。
「今、お前達は私の官だ。だが、お前達が不正を行った時、ここは直轄地だった。……つまり、陛下に対して罪を犯したということだ」
横領も法の不備も、領主を欺くもの。そして、彼らが罪を犯した時期、シュヴスの領主は国王だ。
反逆者、と呼ばれたその意味を理解して、ロゲリウスの顔から表情が消える。
「お前達が横領したのは、領民の財であり王の財」
直轄地の利益は、国家と領地経営資金と王の私財となる。
「王の財をかすめ取る。これが反逆ではないと思っていたのか?お前達は」
横領は、中央・地方を問わず重罪だ。だが、地方官吏はその罰が中央官吏よりも比較的軽い。
そう言った認識でいたのだろう。
王の信任を得た、と威張るくせに、罪に関しては地方官吏だと主張する。
バカバカしい。
エリーサは、心からそう思った。
「偽りの法を布告し、民から財を騙し取る。民の生活のために働く官吏が、詐欺集団になり下がるとはな。人としての誇りすら切り捨てたか」
心からの侮蔑の言葉は、自身が犯した罪の重さを自覚した者の耳には入らない。
「陛下より承認を受けた法であるにもかかわらず、それを正式な法として制定せず施行せず、偽りの布告を広め、民の目と耳のみならず王の耳を騙し、王の信頼を裏切った。これはれっきとした反逆だ」
言いきって、一歩、進み出る。
「中には、加担していない者も職責を全うしている者もいるだろう。だが、これを機に官吏の人物調査と官位編成を行う。全員、この場で拘束させてもらう」
ざわり、と空気が揺れる。
官吏の全てを拘束すれば、政治が滞る。
「代行する者はいる。……ライアン=ザウ財務官、イウリア=ハーヴェイ法務官。それぞれ、財務と法務の権限を与える。編成が完了するまで、その責務を担え」
「「御意」」
「マリファ=ノゥダス。内務官として勤めていた手腕に、内務の権限を託す」
「謹んでお受けいたします」
代理を置くことで、政治が滞る事のないように配慮する。
すでに、決められていた流れをたどるようにして紡がれる言葉に、全てはエリーサの手の内だったのだと知る。
「…横領および法の悪用に関わった者達を、反逆罪で拘束する。内務の者達は、それに加担した者とみなす。さらに、私利私欲によって人を殺害した、殺人罪も適用する。……楽に死ねると思うな」
叩きつけられるような重い言葉に、それらの罪に関わった者達が次々に崩れ落ちる。許しを乞うように平伏する様を不快そうに見下ろすエリーサは、小さく息をつく。
許しを乞う、命乞いをする声が上がらなかっただけ、まだましだろう。
そんなものまであったら、エリーサは我を忘れて剣を抜いていたかもしれない。いや、今は持っていないが、心情的に。
「………お見事でございます。殿下」
絶望と驚嘆に満たされる官吏達の中、将軍を示す漆黒のマントをはおった男が声を上げた。
若い頃はかなりの美男だっただろう五十代後半の男に、エリーサは侮蔑の視線を向ける。
何故、そんな目で見られるのか分からない男は、今まで感じていた恐怖心が増すのを必死に抑えて、再び口を開く。
「見事な手腕でございますな、殿下。調査及び尋問は我らにぜひともお任せを……」
「下がれ。バカが。発言を許した覚えはない」
忠実な臣下のごとく膝をついた男に、エリーサは吐き捨てる。
「まして、お前などに任せるはずがないだろう。お前達とて、これらと何ら変わらない罪人だ」
瞳を見開く男の後ろ、数人が動揺したように体を揺らす。
「ど、どういう意味でございましょう!我らは……ッ!」
「自分自身がよく知っているだろう」
即座に返された言葉に、思わず言葉を失う。
それは、身に覚えがあるからに他ならない。
固まった男を見下ろすベレニセが、進み出る。エリーサの立ち位置よりも三段下がり、一礼してから男を振り返る。
「顔を合わせるのは、初めてになりますね。アウグスト=ダヴィート将軍」
国軍から派遣されたシュヴス軍の最高位、アウグストは眉を寄せる。
「殿下がおっしゃったとおり、貴方方も罪深い」
「……貴様ごときが、誰に物を言っている。我は国軍より派遣され、シュヴスの軍事指揮権をゆだねられたものだぞ。無論、陛下から、だ」
「先程、殿下がおっしゃられました。陛下より許可をいただいた、と。その中には、貴方方の人事権もあるのですよ」
「なっ……」
軍の七割は国軍出身でプライドが高い。さらに、彼らは上層部に位置しているため、権力を握っている。
軍人、という肩書をかさにきて横暴な振る舞いが過ぎているのは、下町で暮らしていたベレニセはよく知っている。
「裁きは下りました。だが、断罪すべき罪はまだ残っています。ですから……」
言葉を切ったタイミングを計っていたように、マリファが塞いでいた扉が開き、軍人が入ってくる。壁に沿って整列した彼らは、剣を抜いて官吏やアウグスト達にむけている。
「じょ、城下警備隊?!何故……ッ」
ベレニセの所属する城下警備隊は指揮官こそ国軍出身者だが、それ以外はシュヴス出身の者達ばかりだ。だから、彼らはベレニセの要請に応えて動いた。
自分達の故郷を荒らす愚か者達を、裁くために。
「……全ての罪を明らかにし、断罪する。誰ひとりとして、取りこぼす気はない」
数では圧倒的に勝るが、官吏はすでに意気を失い、軍人達は領主の御前で帯剣できないから、反抗するすべがない。
ただ、エリーサの手の内で、自身の愚かさを突きつけられ断罪される以外、彼らに道はなかった。




