第二十話・かつての終わり Ⅲ
「さて……」
「殿下ッ」
「……何だ」
不敬にもエリーサの言葉を遮って、財務部長ノーマン=ニールは上ずった叫びをあげた。
別に遮られることは気にならないが、しゃがれた声は耳障りだ。
「私どもは、官吏としての責務を果たし、日々励んでおります。お叱りを受けるような失態はいささかも…ッ」
「お前は、そんな愚かなことを言う為に私を遮ったのか?」
何を言うのかと思って聞いていたが、エリーサは呆れてしまった。次いで、わき上がる苛立ちのままに今度はエリーサが遮る。
ノーマンは震え、申し訳ございません、とかすれた呟きを落としてうつむいた。
「ひとまず、黙っていろ。話が終わった後、言い分があれば聞いてやる」
「………御意」
これは審議ではなく、事実の確認と断罪なのだと、誰もが理解して唇をかんだ。
「報告を受けて、財務の官がずいぶんと手抜きをしていることが分かった。しかも、それに上の者達が気付かないと言うのは怠慢だな。………ザウ財務官」
「はい」
財務官達が驚愕を浮かべ、振り返る。
それらの視線を受け流して、上座に上る段差の真下に立って、ゆっくりと頭を下げる。
「同僚である財務の官の愚行、貴殿で正せ。ライアン=ザウ財務官」
「御意」
発言を許す言葉に頷いて、数歩進んでから居並ぶ官吏達を振り返る。
段差を三段、上った視点から見下ろすライアンの表情に、財務官達が頬を引きつらせた。
雑用係か小間使いのように扱ってきていたライアンが、上座に近づくことを許され、自分達を見下ろしていることにいらだちを感じていた。
上座に続く段差に許可なく足をかけることは、不敬であるため出来ない。つまり、段差を上って立っているライアンが叱責されないのは、それを許可されていることを意味する。
絶大なる信頼とそば近くにあることを望まれている、その証。
能力があるからこそ疎んじていた者が、いつの間にか王女に見出されていた。そのことに、財務官達はさらにいらだちを募らせる。
それが、見当違いもいいところの感情であることに気付く者はいない。
ライアンは、多くの視線を受けて、緊張に強張りそうになるのを奥歯を噛みしめて耐える。
背中に感じるエリーサとベレニセの視線に支えられて、一度、瞳を伏せて深呼吸をする。
次に、瞳を開いた時、緊張などかけらもなかった。
「収支割り当て提案書と最終報告書、決定書類。これらの内容がすべて違います。決定書類が提案書の内容と一致していないのは当然として、どうして、最終報告書の内容とも合わないのでしょうか。さらに、提案書に至ってはここ六年ほど、使い回しされていますね。正確には、そっくりそのまま写しただけで、提案の意味を成していません」
自分では調べられない六年前から四年前の分は、イウリアに調べてもらい、限られた時間の中で必死に導き出した推論。
「市井の生活や環境に応じて割り当てを変え、計算して上に上げるべき提案書を使いまわした結果、老朽化したことで整備と補強が必須の街道が整備不良で歪んでいます。さらに、余剰分が一切ない。シュヴスは雨期による災害があるとは言って非常に富裕な土地です。全てを割り当てしたとしても余剰が出ないのはおかしい。しかも、決定書類ですら余剰分が記載されていない。明らかに、領政府内維持費が多く、年を追うごとに増えている。これらから分かるのは、一つの不正が行われている事実。それは、横領です」
「ふ、ふざけるなっ!」
はっきりと言い切ったライアンに、ノーマンがこめかみに欠陥を浮かせて怒鳴る。
領政府内維持費は、その名の通りで、そこには官吏や城で働く女官達の給料が含まれている。官吏達の人数が増えているのなら増額は納得できるが、官吏は一定人数が決まっている。女官達の数にも変動は見られない。なのに、増え続ける一方で余剰が出ず、全てが使われている。
給料も法で定められているため、同じ地位でありながら去年と今年で給料が変わることはない。
自然、余剰が出来るはず。なのにそれがない。なら、考えられるのはただ一つだ。
発言を止められているにもかかわらず、ノーマンは唾を飛ばす勢いでライアンに詰め寄り、引きずり降ろそうとするように胸倉をつかんだ。
「貴様!何の権限があって、決定書類に目を通した!貴様のような、末端の官吏は触れることもできんはずだっ。許可なく目を通したのであれば、完全なる越権行為、懲罰ものだぞっ!!」
「許可はいただいています。財務部長」
ノーマンの手を力いっぱい払い落とし、汚れを払うように胸元をはたく。
鬱陶しそうな声に、さらに声を荒げようとしたノーマンを、頭上から降る声が止めた。
「私が許可を出した。何か問題があるか?」
声の先、エリーサをぎくしゃくと見上げたノーマンは、ひっ、と短い悲鳴を上げて後ずさった。
「私は、ザウ財務官を信任し、調査を認めた。それに、何か、問題が、あるか?なぁ、財務部長」
「い、いえ、な、何も……」
「ならば、元の位置に戻れ。それに、私はお前に発言を許可した覚えはない」
「も、申し訳ございません……ッ」
ずざざと後ずさって元の場所に戻ったノーマンを見て、ライアンは呆れたような溜息をつく。
ヴィドと言い、ノーマンと言い、それぞれの長がこれほどまでに見苦しく分かりやすくていいのか。
そう思ったのと同時に、わずかな同情心が芽生えてしまったことにちょっと落ち込む。
ゆっくりと一言一言を区切ったエリーサの表情を、ノーマンは直視してしまったのだろう。ライアンには見えないが、見えなくて良かったと心から思った。
視界の奥で、イウリアがゆっくりと顔をそらしたから。
「……財務部長は部長室の調度品を年に数回、総入れ換えしています。さらに、高級な輸入品や調度品を私的に購入しています。ご夫人も一年に数十着のドレスを注文し、高価な装飾品を購入してますね。推定しても、財務部長の給料で賄えるものではないです。まぁ、私的部分においては補佐官やそれに準じる高位官吏の方々にも共通していますが」
息をのむ音が複数響いた。
越権行為、と叫ぶ者はいない。あやしい動きを見せる官吏の生活ぶりや環境を、裏で調べるのはよくあることだ。その上、ライアンはエリーサと言う後見を得て行動している。
反論できる者などいない。
「借金の事実もありません。それに、三日とあけずに歓楽街に出向いている方もいますね。贔屓にしているのは最高級妓楼の花魁ですね。一晩…買う、だけでも結構な高額が動きますよね。ツケがきくような相手でも場所でも立場でもないでしょう。これらはどこから出ているんでしょう?お答えいただけますか?」
言葉は問いかけ、だが、声と瞳は侮蔑を宿してノーマン達を貫く。
発言を許されていないだけではなく、誰も答えられない。
それがライアンの言葉を肯定していることを示す。
息をついて、ライアンはエリーサを振り返って見上げる。その視線に小さく頷いて、エリーサはおもむろに口を開いた。
「誰も反論しないのか?」
発言を遠まわしに許す言葉に、誰も弁明する者がいない。
「ザウ財務官の発言に異論はない、ということは自身の罪を肯定しているということか?」
問いに、返るものはない。
それにため息をつく。
「………発言がないのなら、次に移ろうか」
ハッとしたように顔を上げるノーマンが口を開くよりも先に、エリーサが叩きつけるように言い放つ。
「許したわけじゃない。後々、全部まとめて裁く。命拾いしたと思ったら大間違いだ」
もはや息をするだけの物体になって固まっているノーマン達を捨ておいて、次の標的に視線を移す。
「まぁ、薄々分かっていただろう?ロゲリウス=シャーリー法務部長」
体格の良い鬚面の男が、厳しい表情でエリーサを見据えていた。




