第十八話・かつての終わり Ⅰ
週の初め、早朝に行われる大会議に、エリーサは今日初めて出席する。
今までは、執務に慣れてからという理由で欠席していた。その為、官吏達は好き勝手にできていたのだろう。だが、エリーサが出席しても特に気にしていない者が多いだろう。
市井で育った無能で無知な王女。
そう思って侮っている者ばかりだろう。だが、エリーサにとってはやりやすい。
自分で持っている数少ない装飾品の一つ、揃いになっているクロスのイヤリングとチョーカーをつけて、笑みを浮かべる。
昨日、シルヴィアから届けられた新しいドレスを身にまとい、着付けを手伝っていたマリファを振り返る。
「……行こうか。全てを終わらせて、そして、始めるために」
「御意」
歩くたび、ケープのように垂らされた腰に届く背の布がふわり、と浮き上がって揺れる。
エリーサは知らないが、プリシラからの手紙で何かが起こっていると察したシルヴィアが、作りかけのドレスのデザインをいじり、大会議にも出席できるようなものに仕上げたものだ。
華やかではなく、清潔で引き締まった印象を与えるデザインは、微笑みながらも厳しい光を瞳に宿すエリーサに、よく似合っていた。
細く、繊細な背中を見ながら、マリファは久しぶりに笑みを浮かべた。
それは、仕えるべき主をようやく見つけた、安堵の笑みだった。
※※※
謁見の間を利用した大会議。
各部の部長を筆頭に、地位の高いものから順に並んでいる。全ての官吏がそろっている。
途中で合流したベレニセとともに上座に上り、ゆっくりとした動作で座る。
視線が左右へと一度流され、正面、最前列に立つドナルドを見据えて優しげな微笑みを消す。
瞬間、官吏達にのしかかったのは不可視の重圧。
侮り見下している王女が放つ威厳に、誰もが息をのんで固まった。
背後に控えるベレニセは、広く大きな謁見の間を包む空気に、知らず息をつめていた。
正面から受けたわけではないのに、重圧と圧迫は凄まじい。
立場上、末席であるために最後尾に並ばざるをえないライアンとイウリアに、思わず同情してしまった。
「さぁ、民のために、始めようか」
放たれた第一声に、その皮肉に、官吏の最後尾とエリーサの背後で苦笑が漏れた。
一礼したドナルドは、穏やかな笑みを浮かべたまま、エリーサを見上げた。
「その前に、殿下。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「何ゆえ、ここに関係のない者がいるのでしょうか」
言いつつ、移動した視線の先には、官吏ではない者がいる。
華美な衣服に身を包んだ壮年の男と十代半ばの少女。
モーリス商団代表であり商業ギルド長、マウリシオ=モーリス。
チェスティア商店店主、プリシラ=チェスティア。
官吏ではない商人の二人がいることに、官吏達も不思議だったのか、エリーサへ視線を向ける。
「私自身、ここの政治に疑問をもった。それに関して、専門家の話が聞きたいと思って呼んだ。別に、知れて困る事を話すわけではないのだし、構わないだろう?」
「……はい」
一応は引き下がったものの、怪訝そうな視線は消えない。
「では、まずは八日後に予定しております、殿下の生誕式典と就任式について」
祭事は内務の中の式部所の管轄だ。
所長の話は当たり障りのない物で、使いまわした書類を読み上げているようにしか聞こえない。
そして、いつも繰り返されているだろうことが、続く。
真剣に耳を傾けている風を装いながら、指先のわずかな動きでベレニセに指示をする。上座の背後に下がっている垂れ幕の奥に潜んだダニエルに指示を伝えて、動く。
背後で気配が遠ざかるのと同時に、定時報告(毎回行われることで内容には特に変化はない)が終わる。
「……気になっていることがある」
何かを言おうとしていたドナルドを遮って、エリーサの静かな声が謁見の間に響く。
「ここに来た日の翌日、私の食卓に毒が盛られた」
きっぱりと、事実だけを述べた瞬間、空気が凍った。
顔色を蒼白にした人間が数人いるのを、ベレニセは確認した。
「私は王族であるために、たいていの毒に慣れている。無味無臭でも、わずかな差異が分かる。だから、すぐに厨房に行って釘をさしておいたが………誰が、命じたんだろうな?」
ここで自首しても減刑はあり得ない。死罪は確定している。王族に危害を加えることは反逆罪に等しいと判断される。
「まぁ、別に誰でもいいんだ。無事でいるんだから、問題はない。ただ……」
美しく整った容貌が冷徹な無表情だったのは、震えあがるほどの恐怖を感じた。だが、口元だけに酷薄な笑みを浮かべた姿は、恐怖を突き抜けて絶望を感じさせた。
「私以外にも、気に入らない人間に対して同じことをしていたのではないか、と思ったんだが…………どうした、内務部長。顔色が悪いが?」
恰幅の良い小柄な男が、小刻みに震えている。顔色は土気色だ。
「もしかして、何か知っていることがあるのか?あぁ、モーリス商団代表も顔色が悪いな。二人ともどうした?」
いたぶる。
そう表現するのが相応しいほどに、口調は変わらないままに精神を圧迫する問いを重ねて行く。周囲の人間も、真っ青になってうつむいている者が数人いる。
プリシラは隣に立つマウリシオを忌々しげに一瞥し、上座にいるエリーサを見る。
自分に向けられたわけではない眼差し、表情、声、感情。なのに、わき上がる恐怖に震えだしそうになる体を必死に抑えた。体の前で握りしめた手に、知らず力がこもる。
財務と法務の最後尾にいるライアンとイウリアは、内務部長を見て、小さく息を吐く。
ライアンは何故か崩れそうになるのをこらえるために、無意識に両手に力をこめて拳を作る。爪が手のひらに食い込んだ感覚がしたが、気にしていられなかった。
イウリアはひきつった笑みを浮かべて、深く息を吸う。自然と呼吸が浅くなるのを感じて、自嘲する。それなりの経験をして度胸がある方だと思っていたが、予想外に気が小さい、と内心で呟く。
だが、二人とも、ぐっと顎を上げてまっすぐにエリーサを見据えた。
三人に共通するのは、主と定めた存在から目を離さない、という決意だった。
「何か知っているのなら、教えてくれないか?気になってしょうがないんだ。たとえば………九年前、とか?」
「違うっ!!」
語尾にかぶさるようにして、ひきつった妙に甲高い叫びが謁見の間に響いた。
瞬間、どこかで殺気が膨れ上がったのを、エリーサとベレニセは感じた。
それが誰の物でどこかを悟る。だが、気配が動こうとしないのにわずかに安堵する。
ここで、暴走されるわけにはいかない。
「……何が違うんだ?ヴィド=ベンハミン内務部長」
断罪は、始まったばかりなのだから…。




