第十七話・最後に見るもの
エリーサの下に、待ち望んだ手紙が届いたのは、ナティーシャ達からの手紙が届いた二日後。
王家の紋章を押した封蝋に、笑みを浮かべる。
ここ数日すっかり使い慣れた書斎で、書き損じなどの紙くずに埋もれたエリーサにとって、それは待ち望んだ返答だった。
手紙は、およそ一年、会っていない父からの物。懐かしさに目を細め、最後の一文に思わず首を傾げる。
「……言われて見れば、確かに…」
エリーサの行動を指摘する一文に、今さらな事実が書かれていた。だが、エリーサは指摘されるまで一切気づいていなかった。
なんて間抜け、と思いちょっと遠い目になるが、息をついて思考を切り替える。
(今は自分の間抜けさに呆けてる暇はないんだって……)
そろそろ、全てに決着をつけたい。できるなら、あと七日の内に。
エリーサの個人的な理由による日数ではあるが、その方が気分が良い。
数枚の紙に何事かを書き連ね、懐に入れて部屋を出る。
父から与えられた言葉に、笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
※※※
同じ内容が書かれた紙は、マリファ、ダニエル、イウリア、ライアン、ベレニセ、プリシラの手に渡った。
全ての結論と要望を見て、彼らは最大で四日と言う時間を求めてきた。それらに頷いて、街を歩くエリーサは、ある孤児院を目指していた。
『ドロテア孤児院』
看板の脇に、『モーリス商団融資』の文字がある。
モーリス商団が経営する孤児院の一つで、外観は立派だ。王立の学者や士官学校の寮に似ている、とエリーサが思っていると、門が開いた。
中からエリーサに気付いたらしい女性が、控え目な笑みを浮かべる。
「あの、何か御用でしょうか?」
「…父が商いを拡大しようと準備中なんですが、人手が足りなくて…。ここらで一番大きな孤児院だと聞いて……」
働き手を求めてやってきた商人の娘、と解釈できる嘘をついた。だが、成人したばかりのエリーサが訪れる理由としてはもっともらしい物で、女性は納得したのか笑みを深くする。
「まぁ、それは……。どうぞ、お入りください」
「ありがとうございます」
フードを脱いで頭を下げる。瞳の色に関して、女性は反応しない。
王家特有の瞳のことを、さすがに市井の民は知らない、というプリシラの言葉が本当だとわかる。
少し緊張しながらだったエリーサは、ほっと息をつく。
女性は手伝いの職員なのか、院長である初老の男性の元へとエリーサを案内した。
ハンス=ホルヒートと名乗った男性は、応接室でエリーサの対面に座ってにこにこと笑っている。
孤児院にいる子供の多くは、成人後は仕事を探して出て行くことになっている。成人前に養子として引き取られたりもするが、多くが成人後に商家や港の労働者になる。
現在の行政と商業の悪化で孤児や流民が増えている現状。人数が増える分だけ生活費が増えるのだから、経営側にとってエリーサはありがたい存在なのだ。
事情は分かっているが、媚びるかのように満面の笑みを向けられたエリーサは、若干引いた。
まるで、自慢の商品の取引をしようとしている商人、のように見えた。それが不快感を覚えさせる。
「ラフィー商会、の跡取りでいらっしゃいますか……。失礼ですが、あまりお聞きしたことのないお名前で……」
「拠点はサイハラになります。ですが、これからシュヴスの方に関わりを持ちたいと思っておりますので」
「ああ、さようでございましたか」
サイハラを治める子爵の夫人は現王妃の姉。そのため、サイハラの名を出せば、余計な詮索をしたりしない。下手をすれば、リドワース侯爵家と王ににらまれるのだから、当然といえば当然だった。
軽く頷いたハンスは、それでどのような子がよろしいでしょう、と問いかける。瞬間、エリーサが殺意に似た怒りを抱いたことには当然気付かない。
やはり、商品取引をしている商人、としか思わない。言動も態度も、だ。
商人の中には、奴隷商人もいる。それに怒りや不快感を覚えるが、エリーサの立場でそれに意見するのはただの偽善でしかない。
エリーサ自身、それを理解しているので、暴れそうになる感情を何とか抑える。
「健康な少年と少女を二人ずつ」
技術者や経験者が欲しい場合は、ギルド内にある斡旋所に行くが、技術などが必要にならない労働者は、孤児達を雇うことが多い。最大理由は、給金が安く済むからだ。
「四人、ですか…?」
商いの拡大に伴う人手の補充としては少ない。そう思ったのだろう、不思議そうなハンスに、内心を押し隠してエリーサは笑う。
「サイハラでも人を雇う予定ですし、他の孤児院もまわろうと思っております」
「さようですか」
大きく頷いたハンスは、自分の机から書類を持ってくる。
「労働者としてでしたら、十二歳以上がよろしいでしょう。………十二歳から十四歳の子供は十一人おります。男が五人、女が六人です」
「…………」
それぞれの名前と外見的特徴、出身地や孤児院に入った経緯、病歴などが書かれている。出身地や経緯が空白なのは、捨て子なのだろう。
内容を熟読して、四枚の紙を抜き取る。
「この四人ですか?」
「ええ。ですが、ひとまず、会わせていただけませんか?」
エリーサの申し出ににこやかに頷く。
引き取る前に顔を見たり面接を行ったりするのは珍しいことではない。数度に分けて会いに来てから決めることもある。
別段、エリーサの申し出はおかしいものではなかった。
孤児院の中庭に面した廊下を歩きながら、子供達が遊ぶ中庭を見る。
賑やかな笑い声と明るい笑顔の子供達。
清潔な衣服と手入れのされた靴。
孤児院から出てしまえば、一般家庭の子供にしか見えないだろう。
それに微笑ましく思いながら、敷地の隅にある建物を見つける。一家族が住むには十分な大きさの家だが、どこか雰囲気がおかしい。
「ヨハンナ、ジョイス、エドアルド、リュト」
広い部屋の中で、五歳前後の子供達の相手をしていた少年と少女が振り返る。
少年二人は日に焼け、幼いながらに鍛えているのかしっかりとした体つきをしている。
少女二人も日に焼けているが、少年たちほどではなく、手指には針などで作っただろう小さな傷がある。
「こちらのお嬢様が、お前達を下働きとして雇いたいとおっしゃってくださっているんだ」
ハンスに対して、どこか冷やかな四人の視線が、エリーサに集中する。
「院長、彼らと話をしたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、かまいませんとも」
にこにこと笑ったまま、ハンスは一人で戻っていく。
その姿が消えてから、室内にいた職員の女性に声をかけてから、エリーサは四人を外へと促す。
ゆっくりと敷地内を歩くエリーサの三歩ほど後ろを、四人は無言で続く。
ふいに、さっき気になった建物を見て、エリーサは立ち止まる。振り返った先で、警戒の色を見せる四対の瞳に笑みを浮かべる。
「そこまで警戒されると、少々悲しいな」
「………すみません」
「責めているんじゃない。初めて会う人間を警戒するのは正しい。ただ、まるで忌避するように警戒されているのは何でかと思っただけだ」
子供であるため、感情が出やすいのだろう。四人がバツが悪そうに小さくうつむく。
最前に立って三人をかばうようにしている少年を見つめる。
「……エドアルド=ヴァルテル、十四歳、だったか。最年長か?」
「はい。表向きは」
緊張で硬くなった声音だが、はっきりと答える。
大きな瞳とそばかすが幼く見せているが、年長者らしく年下を自然にかばっている姿は微笑ましくも頼もしい。
「表向き、な」
言いながら、建物を一瞥するエリーサにつられるようにして、エドアルドも視線を向ける。その中には、悲しみと悔しさ、そして、憎悪が垣間見えた。
「人手が欲しいのは確かだ。だが、院長達に言った理由じゃない。私は、私の目的のために人手が欲しい」
「………それは」
「悪事じゃない。ただ、私が動かせる人手は限られているうえに少ないんだ。その補充がしたくてきたのと、もう一つ……」
今度は顔ごと建物に向ける。
「今のシュヴスの内情を知りたかった。調べ始めてからここに来るまで時間がかかり過ぎたが、証拠は集まっている。あとは、この目で見て確かめる必要があった」
エリーサの言葉に、うつむいていた三人が顔を上げる。
「おそらく、あの建物がそうだと思う。………あれが何なのか、知っているか?」
「………っ」
息をのんで唇をかむエドアルドに、泣きそうになる少女、視線をそらす少年。
彼らの反応を見て、エリーサは自分の推測が正しいことを知る。
「人身売買か……」
奴隷の売買とは違う。
商品の一つとして扱われる奴隷は、戸籍において記載され一般的な権利が剥奪されている。だから、奴隷は人として見られない。
身分的に奴隷ではない人を商品として扱うことを、人身売買という。
人身売買はれっきとした違法行為だが、借金苦で子供が身売りすることは黙認されている。そういった子供は歓楽街に売られるのが通常で、そう言った闇に属する社会はそう簡単に排除できない。そのため、厳しく取り締まられることはない。
人身売買は多大な利益を得られ、それを元に官吏と癒着する商人が多いため、摘発がされにくい。
おそらく、戸籍で確認できない捨て子や奴隷を母として生まれた不都合な子を対象に、商売をしているのだろう。確認できない以上、足がつく恐れはない。母親が奴隷であれば子供も奴隷、というのは常識とされているため、違法行為にはならない。ただ、それは両親ともに奴隷である場合に限るのだが、一般的な常識として広まっていない。
そんな子達を集めて隔離しているのが、エリーサが見つめる建物なのだろう。
「四人に聞く」
「?」
「ここに住む者達を、お前達はどう思っている?どう扱ってもいい存在か?」
「そんなわけっ……!」
思わず、といったふうに声を上げる少女を見る。
「ジョイス=エンマ、だったな。お前は、知っているのか?ここに住む者を」
「……わたしは、職業訓練として刺繍を習っています。それ以前に、裁縫を教えてくれたのはここに住む人だったから……」
「そうか。お前達は?」
「……木工作業に関して、色々と手ほどきを」
「……護身用に格闘術の基礎を、教えてもらった」
「……野草の種類や植物の知識を、教えてもらいました」
三人ともに、建物に住む者達への思慕を抱いているようで、苦い物を含んだ表情をしている。
彼らの感情が本物だと察して、エリーサは表情を消す。
冷徹なまでの無表情を浮かべるエリーサに、思わず体を強張らせながら四人は沈黙する。
「いつ、売買がおこなわれるか知っているか?」
「三日前、仲買いの商人が来てて、院長と話してた…。十日後に引き取らせてもらう、て」
「じゃぁ、今から七日後か」
狙ったかのような偶然に、エリーサは瞳を細める。
エリーサが決着をつけたいと思う期限もまた、七日後。
「……お前達を引き取らせてもらおう。ただ、私は商人ではないから連れてはいけない。知人の家に預かってもらうことになる」
四人は、孤児院を出られることは嬉しいが建物に住む者達を思えば、素直になれないと思っているようで、複雑な表情を浮かべる。
「五日。五日の間に、知人の家で与えられる課題を終わらせろ。終わった頃、私は目的を遂げる。そうすれば、ここに住む者達を解放できる」
エリーサの言葉に、四人は驚きの表情を浮かべてエリーサを凝視する。
「私は、その後の人手としてお前達に働いてもらいたい。ここに住む者達の解放は、そのためだ。どうする?信じる信じないはお前達の勝手だ」
孤児として育った彼らには、ライアンやイウリアのように学も教養もない。鋭い勘もない。
だが、政治や駆け引きを知らない彼らでも、わかる事があった。
今、この時を逃したら、自分達の慕う人達が自由になることは生涯ありえない、と。
賭けだ。
成人していない、未熟な彼らが初めて経験する大きな賭け。
人生を左右するほどに大きな。
信頼できる要素も、その言葉が真実だという証拠もない。だが、彼らはエリーサの申し出に頷いた。
彼らは知っていた。
自分が小さく、弱く、無力な存在であることを。
だから、今は、自分達とあまり変わらないエリーサに、賭ける。
これから起こる、エリーサが起こす変革に。
自分達と、自分達が慕う人達の、人生を。
戸惑いながら、強い光を瞳に宿して頷いた彼らに、エリーサは優しげな笑みを浮かべた。




