第十六話・もたらされる過去
久しぶりに訪れたチェスティア商店で、エリーサは数十枚の書類を速読していた。
依頼していた情報が子細に記されている。
プリシラが商人としてのわずかなつてとかつての記録から寄せ集めた情報と、ライアンやイウリアが導き出した推測をまとめたものだ。
後者は、行政の記録も含まれている。
エリーサが知りたいのは、九年前のこと。
事故死した前内務部長ミルディオ=ノゥダス、マリファの夫でありダニエルの父の死因。
取り繕われたものではなく、事実が知りたかった。
「…予想はしていたが、あまり内容は変わらないな」
「雨期に土砂崩れを起こした災害地区に向かい、二次災害で死亡。それは事実だけど、詳細は知られていないわ。情報が意図的に止められているような感じがするわね」
プリシラは素のままの口調と態度でエリーサに接している。
二度目に訪れたエリーサに名前呼びとタメ口を求められ、幾度かの口論(というにはあまりにも子供じみた口喧嘩)のすえ、プリシラが負けて今に至る。
最初の頃はしどろもどろになっていたが、今では付き合いの長い友人のように遠慮がない。
「この災害、特に珍しいものではないみたいだが…」
「そうね。ここは山脈に接しているし、東部には河、その北部には内陸山脈があるから、雨期になればどこかしらが土砂崩れを起こすわ。規模の差はあっても」
「だろうな。立地的に、肥沃な土地ではあるが雨期になった時の災害も多そうだ」
「雨期の前に治水工事は必ず行われるから、氾濫はそれほどの規模ではないけど、土砂崩れの方はどうも、ね…」
「……災害時、救援に向かうのは普通は軍、だよな?」
「救助活動や倒木・土砂の撤去作業があるからね」
「内務は関係ないな。通常は」
「内務部の管轄には土木所があるけど、公的土木事業は商業ギルドで競売にかけられる案件だから関わらないし」
「…だが、それは災害が落ち着いた後の復興作業だろう。二次災害が起こるような時期に、下見など行わない。まして、それに内務部長が出向くことはない」
「専門家の目が必要なら、土木所長が行くのが適任だわ」
ミルディオ=ノゥダスは土砂崩れによって半ば埋まりかけた村や森を視察に行った際、二次災害に会って死亡。報告書や死亡届の理由欄はそうなっている。普通なら納得して終わる内容に、エリーサとプリシラは不信感を持った。
二人が言っていたように、ありえない状況と時期。
マリファが、夫は殺された、と思っても不思議ではない。というか、納得がいく。
「疑問が一つ……」
「何?」
「何故わざわざ出向いた?」
「…出身地だった、とか?」
「港町のはずれが出身地だ。出生届を調べたし、マリファにも確認した。山の災害とは無縁な環境で育っている」
「……危険を知りながらもいかなくてはならない理由があった、てところかしら?」
「ああ。それはマリファやダニエルも言っていた。だが、その理由が思い浮かばない、と」
「親類は?」
「近しい者はいない。遠縁になればいるが、ほとんどが港町だ」
「ま、そうよね………。兄妹もいないなら、考えられるのは友人?」
「だろうな、だが……」
「女官頭達は覚えがない、と」
「ああ」
あきらかに事故死ではないと早々に結論付けられたが、何故そこに行ったのかが分からない。
「……内密の話……」
ふいに呟いたプリシラに、エリーサは首を傾げる。
「たとえば……」
「うん?」
「誰かが内密の話を持ちかける。けれど、不正がらみである可能性は低い。正道を貫いたからこそ疎まれた人が、実権をほぼ失っていたとはいえ不正に走って力を求めるとは考えにくい」
「そうだな」
「なら、不正を行う誰かが、不正をただす話を持ちかけたとしたら?前内務部長が、その誰かが不正を行っていると知らなかったら?話に乗ってしまう可能性はあるんじゃない?」
「……災害地域なら、責任者が出向いても不審がられることはない。だから、会合場所に選んだ。けど、それは罠だった、か」
「可能性は高いんじゃない?」
「ああ。だが、内務部長を任されたほどの人が罠の可能性を考えなかったとは考えにくい」
「そうなのよね……」
「危険を感じながらも了承するほどに、切羽詰まった何かがあった、ということだろうな」
「何か、ね」
「考えられるのは一つだろうな」
「でしょうね」
二人の脳裏に浮かぶのは、一組の親子。
身寄りがほとんどないミルディオにとっては、妻と息子が何より大事だっただろう。なら、少々危険でも向かうかもしれない。
情が深い誠実な人間なら、自分の身の安全を捨てるだろう。
そして、ミルディオはそんな人間だった。だからこそ、起きた悲劇。
「……この件についてはこれ以上は分かりそうにないな」
「そうね。ところで……」
「ん?」
「出生届とか死亡届とかどうやって調べたの?」
エリーサが調べれば不審がられるだろう。
「イウリアが調べた。ちなみに、私は何も言っていない」
「………そう」
「うん」
何とも言い難い沈黙が流れる。
面識のないプリシラは、恐ろしいくらいに察しの良い有能な官吏、という印象しかない。だが、エリーサは三日とあけずに顔を合わせている。特に気にしていなかったが、今さらながらに得体の知れなさを感じる。
(…今度、幼少期のことでも聞いてみようか。絶対答えない気がするが……)
答えないどころから切り捨てられそうな気がする、と思いつつエリーサはため息をついた。
※※※
ベレニセとともに食堂によってから帰って来たエリーサに、ルリアが二通の手紙を渡す。
「先程、早馬で届きました」
「そうか。ありがとう」
書斎(ほとんど使わない)にこもったエリーサは、それぞれの封蝋を見て首を傾げる。
ルリアに一通の手紙を託したのは五日前。手紙は、二人の人物に向けて二枚の便箋を入れていた。だから、それぞれからの返信だろうと思ったが、一通は予想外な人からだった。
「……どうして、ナティーシャ様から?」
封蝋に押された紋章はナティーシャの生家の物だ。
もう一通は王家の紋章だが、これは予想通りの物。
ひとまず、予想通りの手紙を開く。
自分では調べられないことを、書庫の主に依頼していた。その返答だ。
内容に、眉を吊り上げて不快をあらわにする。だが、その表情は次第に落胆と諦めをにじませる。
読み終えて、眉間をほぐすように指を当てる。
息をついて、予想外な手紙を開く。
前置き無しに用件に入っているのは、性格なのか。端的で率直だ。
それにわずかな懐かしさを感じるが、間をおかずに瞳を見開く。
思わず立ち上がりながら、プリシラとイウリアの報告書を広げて並べる。
熟読して、思わずエリーサの口元に浮かぶのは笑み。同時に、瞳に怒りが宿る。
「…確かに、有能で惜しい人材だったようだ」
ナティーシャの名前で送られてきた手紙は、一枚の便箋の他、三枚分の便箋は全く別人の筆跡だった。しかも、紙が少々古くなっている。
書き手の名前は書かれていない。だが、ナティーシャからの手紙には書かれていたし、書かれていなかったとしても内容で分かっただろう。
「会ってみたかったな。ミルディオ=ノゥダス……」
文面をなぞり、思うのは自分に仕えてくれると言った親子の顔。
冷ややかな母と穏やかな息子。雰囲気は違うが良く似通った顔立ち。
こみ上げてくる涙をこらえようとして、無意識に唇をかみしめる。
つづられた思いと願いを現実にするため、さらに決意と覚悟を強くした。




