第十三話・全ては自分のために
領主に就任してから二週間。
エリーサの午後は、城や街の散策、読書に費やされている。
城の散策はライアンやイウリア、街の散策はプリシラと話をする時間。
一週間前、初めて街を散策して帰って来た時、エリーサはドナルドに渋い顔で苦言をよこされた。
護衛をまいたことに対する理由を求められて、エリーサは「女性の軍人がいれば良いんだが」と返した。
返答になっていないが、それだけでドナルドは察した。
体の大きな兵がいては圧迫感を覚えるし、緊張もする。せめて同性なら、緊張せずにいられる。
結果として、エリーサの主張を受けて街に出る時はベレニセが護衛としてつくようになった。
これに、ベレニセは頬を引きつらせ、イウリアは爆笑し(会合場所となった倉庫裏で)、ライアンは諦めたように遠い眼をした。
エリーサは行動を制限されることなく、気にせずプリシラを訪ねられるし、下町へも自由に出入りできる。さらに、王女の護衛となったことで、役目や立場は変わらないにしてもベレニセは軍部で無視できない存在になった。
ベレニセの現状改善につながった結果を、エリーサは意識して行ったわけではないとベレニセ達は知っている。
だから、非常に厄介だと感じた。
自己満足、自分のため。本心からそう思い、実際に主張し、行動する。だが、その結果、周囲の人間の環境が改善される。
ライアンとイウリアとベレニセ、そして、プリシラは接するうちに、エリーサが全て無自覚で無意識であると理解した。だから、環境が改善された人間が感謝しても、不思議そうにする。
意識しない善行が悪いわけではないが、感謝してもそれを受け入れてもらえないのは空しいものがある。
行動で感謝を示せば、感謝される。
はっきり言っていたたまれない。何か辛い。
そんな心情を知らないエリーサに、四人はわずか数日の付き合いながらに色々と諦めた。
自己満足の塊で厄介な存在を主にした自分達が悪いのだ、と無理に納得して。
自分に対して諦念を抱いている四人を知らないエリーサは、読み終わった本を置きながら、紅茶を入れるルリアを見上げた。
テラスに置かれたテーブルセット。そこに、数冊の本を積み上げたエリーサは、黙々と読書に集中していた。
「……ルリアは、どうして女官に?」
「え?あの、急にどうかなさいましたか……?」
唐突な問いかけに、困惑した声と表情で問い返すルリアを見て、首を傾げる。
「いや、特に理由はないんだ。ふと気になっただけで」
「さようですか。私は、両親を幼い頃になくして、母方の伯父に引き取られました。伯父には妻子がいなかったので可愛がられました。ですが、母と伯父は年が離れていて、伯父はそこそこの年齢になっていますから、官吏を辞めた後、私が伯父を養っていけるように職を求めたのです。女官は、働くことを望んだ私に伯父が勧めてくださったので……」
「そうか。立ち入った話を聞いてしまったみたいだな。すまない」
「いいえ、お気になさらないで下さい」
柔らかな日差しを受けて花が咲き誇る庭先での語らいには、心が和む。
新しい本を開いて、読み始める。
「ルリア……」
「はい?」
「何か、つまむ物を持ってきてくれないか?小腹がすいて……」
「かしこまりました」
のんびりとした二人の会話を聞いて、通りすがりの女官は思わず笑みを浮かべる。
エリーサはマイペースだし、ルリアの雰囲気自体がおっとりとしている。
自然と穏やかでふんわりした空間が出来上がる。
エリーサの要望をかなえるために下がったルリアを見送って、おもむろに本を置くと立ち上がる。
背筋を伸ばし、軽いストレッチをする。
長時間の読書で固まった筋をほぐしているようにしか見えない。
腕の筋を伸ばしながら、視界の端にとらえた存在にエリーサは笑みを浮かべ、静かに足を向けた。
植木の方へ。
「ちょっと良いか?」
エリーサが話しかけたことで剪定ばさみをとり落としたのは、ライアンとあまり年の変わらない少年だった。
※※※
この二週間、常に監視されていることをエリーサは最初から気付いていた。
女官、従僕、庭師など居住区で働く者達に限定されているが、監視、としか言いようのない視線と気配を感じていた。王宮では常に視線にさらされていたので、別に気にしていなかった。だが、ライアンやイウリアと会う時や一人になりたい時は、それとなく監視の目から外れるように動き回っていた。
その内、居住区で過ごす時間は監視者達を逆に観察するようになった。何より、誰の命令で監視しているのか気になった。
全ての元凶は断定しているものの、居住区に限定されている理由が分からない。本来なら、行動範囲全てを監視するだろうに。
だから、命令している人物を憶測して、追及する人間を選別していた。
結果、エリーサは庭師の少年に目をつけ、声をかけた。
驚いて固まっている少年に、エリーサはにっこりと笑っている。
少年がわずかに視線と意識を自分から外した瞬間、気配を隠して近づいたのだ。
「いい加減、監視されているだけなのは嫌なんだ。どうせなら、正面から来てほしい」
言われて、少年はようやく我に返ったように息をついた。
「最初からお気づきだったようですね」
「気付かないはずがない。隠そうとしていなかっただろう」
「……えぇ、まぁ」
「ちなみに、誰に命じられた?」
「素直に答えると思いですか?」
「思わない。でも、大体は予想してる」
「さようですか……」
淡々とした会話の最中、少年は落とした剪定ばさみを拾い上げて、腰のベルトに取り付けた作業用具入れに突っ込む。
「名を聞いても?」
「……ダニエル、と申します」
「そうか。では、ダニエル」
「はい」
「伝言を頼む」
「……何でしょうか」
「…『闇の帳、眠り抱く場所にて来訪を待つ』、と」
ダニエルは息をのむ。
意味するところを理解して、信じられない者を見るような目でエリーサを見つめた。
それに、ただ笑みを深くする。
頼む、と念を押して、エリーサはテラスに戻って行った。
その背を見送って、ダニエルは深い息を吐く。
警戒心が強いのか、そうでないのか、どちらなのか分からなかった。
ただ、命じられた内容のことはこなせたのだから良いか、とひとまず納得して庭師の仕事に戻った。
仕事に戻ったダニエルを見て、エリーサは自分に向けられる視線の種類が変わるのを悟った。
見定めるような視線が、わずかな驚愕と警戒、そして、どこか安堵しているようなものに。
視線が変化した理由などわからない。
エリーサは気を張ってばかりの生活など嫌だった。だから、動いただけ。そして、周りが動く。
ただ、それだけのことだから、エリーサは理由については特に考えなかった。




