第十話・真実を悟る者 Ⅴ
シュヴスで唯一の女性軍人であるベレニセ=リュフュスは、今年二八歳になる。
母親が南方諸島自治領出身であるため、その民族特有である濃い色の肌をしたなかなかの美女なのだが、その気性と鋭利な眼差しが恋愛事から遠ざけていた。
軍人になる前、幼い頃に病死した父の友人である食堂の主人の下で、用心棒も兼ねて働いていた。
そこで、ベレニセは自分より年上には到底見えない不可解な人物と出会い、生涯消えないトラウマと恐怖感を植え付けられた。相対したのは自分ではなく、以後店に顔を出さなくなったとある商人だが、はたから見ていただけで十分に恐ろしかった。
以来、店を気に入った人物、イウリアと度々顔を合わせることになったが、唐突に来なくなってから安堵するとともに若干の寂しさを感じたのを、勘違いだと流した。
軍人になったのは二十歳の時。
その前年、台頭してきたモーリス商団の警護班の人間(民間商団が雇っているので軍人でも傭兵でもない)が店で暴れたのがきっかけだった。
モーリス商団が店を修理し、ケガを負った主人の治療費を賄い、店を開けられない期間分の売り上げに相当する金を払っていった。さらに多額の金を積んで、訴訟を起こさせないようにしたかったのだろう。主人は表向き、その金を受け取って孤児院に全額寄付した後、訴えを出したが、受理されなかった。
その頃、すでに法務部は腐敗していた。
領軍の警備部隊が現行犯で取り押さえてしまえば、さすがに言い逃れできないし法務部も見て見ぬふりはできない。当時、警備部隊が駆け付けた頃には、暴れた奴らは引き上げていたのでベレニセはそう思った。
だから、軍人を目指した。
幼い頃から世話になった主人への恩返しがしたかった。
体調を崩し、故郷に帰って静養している母への仕送りも、軍人の安定した収入なら心配せずに済んだ。
孝行な考えで、軍人として門をたたいたベレニセは冷遇された。
元より、王族でもなければ女性が政治や軍事に関わることは歓迎されない。
官吏も軍人も男性ばかりで、女性はいない。国府であれば多少はいるが、それでも絶対数は一割にも満たない。
異民族の血を引いていることも要因となった。
南方諸島が自治領として王国にくみこまれたのは、最近のことだ。自治領として王国に恭順する証として、諸島を束ねていた族長が差し出した娘が、第三妾妃ナティーシャなのだから、三十年もたっていない。
歴史の浅さと、以前は蛮族として蔑まれていた民族であるために、王国出身の者達にとってベレニセは嘲笑と侮蔑の対象で、鬱憤のはけ口だった。
元々、幼少期に暮らした自治領で格闘術を自衛のために教え込まれていたため、厳しい訓練には耐えられた。だが、暴力的な嫌がらせは細身のベレニセにはきつかった。
女性としては長身だが、男性にとっては平均的。まして、鍛えられた軍人の中に入れば、華奢でしかなかった。そこに容貌も加えて、いつからか嫌がらせに性的な物が加わり始めた。
数人がかりで抑え込まれた時、もうだめか、と諦めかけた時に助けてくれたのは、すでに忘れかけていた(もしかしたら忘れたかったのかもしれない)イウリアだった。
外見は少女のようにしか見えないが、その腕っ節は強かった。……どう撃退したか、ベレニセは思い出したくもないので記憶の底に封印した。
イウリアが関わった記憶は、基本的にトラウマを抱えてしまうようなものが多い。
助けられた後、被害者であるはずのベレニセは正座で説教を受ける羽目になり、軍部の腐敗をとうとうと語られた。それが二二歳の時。
女と言う理由で訓練期間を男性の倍に延ばされ、最初の二年を潰していたベレニセは呆れ果てた。
その後、文句がつけられない成績で訓練期間を終えたベレニセは、希望通りに城下警備部隊に配属されたが、その役目は雑用でしかなかった。
ちなみに、ベレニセを襲った男達はその後から姿が見えない。小柄な法務官(外見は少女)に叩きのめされた事実を、イウリアは軍部長に叩きつけ、言い逃れできないように証拠を突きつけた。軍人として不適格、と結論付ける理由を詳細に述べられて、軍部長は仕方なく彼らを軍から追放した。その後、一般人となった彼らをイウリアは婦女暴行未遂の容疑で逮捕し、現在、彼らは強制労働として北部の山岳地帯で働いている。
ある意味でありがたい知人だ。だが、それ以来、軍部長がイウリアに怖気づいている事実を知れば、素直に喜べなかった。
雑用でしかなかったとはいえど、れっきとした軍人としての身分と地位を持っている。
役目をこなせば文句は言われない。立場として間違っていないのだから、非難されるいわれはない。
若干の開き直りを見せて、ベレニセは警備隊の軍人として取締りを行った。相手が誰であろうと、モーリス商団であろうと関係なく行動したので、今やベレニセは下町ではヒーロー扱いだった。
休日には必ず世話になった食堂にいるため、相談事がある者は食堂を訪れる。それが定番化したためか、店の奥に相談事のスペースさえ作られた。
まさか、そこを王女との密談に使うことになろうとは、ベレニセは一度として思わなかった。
※※※
恐怖の体現者、と認識され、出会った頃からあまり(というか全く)姿の変わらない知人からの紹介だから、ベレニセは致し方なく話を聞いた。脅迫されたから、というのが正しいが。
だが、内容はバカバカしかった。ベレニセにとっては、バカバカしい質問だった。
「あんたの目は節穴か?この街をその目で見なかったのか」
「見た。だが、私が見たのはほんの一部だ。それでは現状は見えてこない。だから、現実に街で暮らす、街を見てきた者に意見を聞きたい」
「他にもいるだろう。それこそ、あんたのいう妖怪とか」
「……イウリアが、軍部に知り合いがいる、と貴方を紹介したんだ。下町で暮らしてきた奴だからより厳しい目線で物事を見ている、と」
若干の間が空いたのは、自分の表現を使いまわされて、わずかな後悔を得たからだ。いまさらに、これが知れたらどうしよう、とエリーサは少し焦った。
ベレニセは、イウリアが言ったという言葉を、どうとっていいのか悩んだ。
眉をよせて黙り込むベレニセを見て、エリーサは首を傾げる。
会合の後、イウリアはずっと考えていたことをエリーサに告げた。それが、ベレニセのことだ。
下町の人間に慕われる真っ正直な奴だ、とイウリアは評していた。
イウリアが率直に褒めていた。これを素直に受け取ったのは、付き合いの長さが違うからだろう。
ベレニセならば、まず疑ってかかって距離をとる。
「あの………」
いい加減、話が進まないので遠慮がちに声をかければ、ベレニセは深く息を吐いた。
「わかった。とにかく、あんたは話を聞きたいわけだ。あたしが見た街のことを」
「はい、まぁ……」
「何で」
「??」
「あんたは王族だろう。じゃぁ、仕事は丸投げして悠々自適にやってりゃいいじゃないか。何で、そんなことを知りたがる?しかも、自分の足で下町まで来て」
「……イウリアにも同じ返答をしたけれど、平穏が欲しいからだ」
「何もかもを見て見ぬふりしてりゃ、平穏だろう」
「結果、悪化した政治の責任を取って肩身の狭い思いをしろと?その後は、王宮の片隅に押し込められるか、適当な貴族と結婚させられて終わりだ。そんなのは御免なんだ」
「じゃぁ、なんで領主になった。そもそも領主になりさえしなかったら、王族として楽に生活できただろう」
「勅命だったからだ。拒否できるのならしてる」
拒否権がなかったと言い切り、不本意だということを隠しもしないエリーサに、ベレニセは面食らった。
領地と言うのは、領主にとって財産である。さらに、独自の法による統治が可能であるため、好き勝手に扱う領主は多い。自分が好きにできる箱庭のようなものなのだ。
なのに、それが不本意な物だと言うエリーサが、ベレニセは信じられなかった。
「拒否できないのなら、せめて自分が過ごしやすい場所にしようと思ったんだ。腐敗と民の不安が渦巻く場所は、過ごしやすいとは言えない。ただの自己満足なんだ」
唖然としたまま、エリーサの言葉を聞いたベレニセは込み上がってくる笑いを必死にこらえた。
ひねくれた目線から見れば、前半の言葉は偽善だ。だが、最後の一言がその印象すらも吹き飛ばす。
なるほど、とベレニセは思う。
(あのイウリアが、紹介するだけのことはある……)
ひねくれていて腹黒く、何を考えているのか分からないイウリアを、ベレニセは恐れているし警戒している。だが、同時にとても信頼していた。
だからこそ、ぶつかってきたエリーサに、乗ってみてもいいかと思った。
漠然と、後悔するようなことにはならない、という確信があった。




