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07. 疑惑

 コツコツと、二人分の足音だけが響いている。


 手を引かれるまま、階段を降りていく。辺りは薄暗く、先ほどまで聞こえていたパーティの喧騒も、もうすっかり遠のいていた。


 やがて階段を降りきると、壁に備え付けられた蝋燭が、まるで誰かを待っていたかのように次々と灯っていく。石造りの柱が何本も並び、その先には暗闇が続いていた。


 初めて見る場所だ。けれど、この造りと位置からして、どうやら王宮の地下にあたる場所らしい。


 レオンハルトは何も言わず、さらに奥へと進んでいく。そして、石壁に囲まれた一室へと私を連れてきた。


「ちょっと! いい加減説明してください! ここはどこ? 一体何が――」


「これを見ろ」


 レオンハルトが指差した先――連れてこられた空間の床には、大きな魔法陣が描かれていた。


「なに、これ……」


 見たこともない文字が複雑に刻まれている。ただの落書きではない。そこに描かれた一つ一つの線から今にも何らかの力が溢れ出してきそうな、妙な迫力があった。


「凄いだろ……これ、俺が作ったんだ」


「え?」


 思わず横を見ると、そこには自信をその顔いっぱいに詰め込んだような、満面のドヤ顔を浮かべるレオンハルトが嬉しそうにこちらを見ていた。


 胸を張り、まるで自分の最高傑作を披露する子供のように魔法陣を誇っている。


「え、えっと……用って、これ?」


「そうだ。以前にも何度か見せただろう」


 ......知らない。

 というか、レオンハルトにこんな一面があるとは思ってもみなかった。彼とヴィオレッタの関係は、もっと一方的なものだとばかり思っていたのだ。


(こんな、二人だけの秘密のようなものがあるなんて...)


 レオンハルトがこんな子供っぽいところを見せることも、それをヴィオレッタには見せていたことも意外で――そして、少しだけ嫌な気持ちになる。


「凄いですわね……しかし、どうしてこんな場所に?」


「魔法陣を書くのは色々と決まりがあって面倒なんだよ。ここなら誰も来ないし、自由にできる」


「そうなんですの……」


 よく分からないが、そういうものらしい。確かに、この場所には人の手が加わっている様子がほとんどない。王宮の地下とは思えないほど、寂れた空気が漂っている。


「中に入って見ろよ」


「え、でも……踏むわけには……」


「踏んでも消えねえよ」


「わっ」


 ほらほら、と背中を押されるが、いつもより穏やかな雰囲気を纏った彼になぜだかとても落ち着かない。


「ここの文字は、概念魔法の精神操作にあたる魔術文字が書かれていてな」


「へ、へえ……」


 楽しそうに魔法陣の解説をするレオンハルトは、自分の上手くできたものを親に自慢する子供のようだった。


(というか、こういうのって普通、夜景を見て星を指しながらとかじゃないの……? なんで私たち、二人で魔法陣を眺めてるのよ……)


「この部分が術式の核になっていて――」


「なるほど……」


「それで、この文字列が精神干渉の方向性を決めて――」


「凄いですわね……」


 異世界の専門知識をつらつらと語られたところで、それが本当に正しいのかすら私には分からない。

 私はとりあえず頷きながら、彼が欲しそうな反応だけを返していくのだった。


 だけど、隣にいるレオンハルトはなんだか楽しそうで――


(なんか……凄くいい雰囲気じゃない!?あなた、アリアが好きだったわよね? それに、今までこんな感じじゃなかったじゃない!)


「なあ」


「な、何かしら」


 薄暗い空間に、男女が一人ずつ。


 辺りには誰もいない。だからこそ、静まり返った空間ではレオンハルトの声が妙にはっきりと聞こえた。まるで、これは――


「――俺のこと、どう思ってる?」


「――え?」


 驚いて顔を上げると、レオンハルトと目が合った。何を考えているのか分からないその表情が、今は少しだけ恐ろしく感じる。


「どうって、よくご存知でしょう?」


 私は努めて笑顔を作った。


「――愛していますわ。婚約者になれて、これ以上ないほど幸せですの」


「そうか。なら、良かった」


 ……良かった?

 彼がヴィオレッタからの好意を、こんなふうに肯定するところなんて見たことがない。


 まるで人が変わったようなレオンハルトは、優しい目でこちらを見つめている。その仕草はあまりにもできすぎていて、どこか作り物めいていた。


「最近、俺への態度が変わったなと思ってたんだ。模擬試合でも、俺には一切攻撃しなかったのに、この前は本気でかかってきただろ。何かあったのかなと」


 流石に態度に出すぎていたか……。

 正体まで疑われるとは思わないけれど、あまり不審がられても面倒だ。今後はもう少し気をつけよう。


「あ、あれは、たまたま……。私、いつも弱い部分ばかり見せていましたから。強いところも見てほしくて……あなたこそ最近、アリアとばかり楽しそうでしたから」


 少しでも気を引きたかったんです、とそれらしい言葉を並べてみる。 


「お前、アリアが嫌いか」


「あなたと仲が良いから、嫌いです」


 少し拗ねたように言ってやった。これで、いつも通りの態度に戻ると思ったのだが――


「そうか」


 返ってきたのは、それだけだった。もっと面倒くさそうな顔をされると思っていたのに。今日のレオンハルトは、どこかおかしい。こんなやつじゃなかった。こんな――


「じゃあ、最後にもう一つだけ聞かせてくれ」


「はい。なんでしょう?」


 そう言って、レオンハルトはゆっくりと立ち上がった。そして――腰に掛けていた剣へと手を伸ばす。


「……え?」


 次の瞬間、冷たい感触が首筋に触れた。


「――お前は、誰だ」

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