06. 欲しがりな王女さま
「ベルシュタイン家には昔世話になってな」
「商談についてご相談が」
「この前の縁談の話なんですが」
「私、ちょっとお花を摘みに行ってきますわ!!!」
――これ以上は無理だ。
そう判断した私は、大広場からダッシュで立ち去り、人気のない一室へと逃げ込んだ。
「はああああああああ……疲れたあああ」
大きく息を吐き、その場にへたり込む。
――今夜、私は王宮で開かれる夜会に招待されていた。
王家の者たちをはじめ、国の名だたる貴族たちが一堂に会し、酒や料理を楽しみながら交流を深める、社交の場。普段はなかなか顔を合わせることのない貴族同士が言葉を交わし、情報を交換し、時には縁談や商談までもが密かに交わされる。
当然、ベルシュタイン公爵家の令嬢である私も、その中の一人として招かれていた。
本来ならば、名門公爵家の令嬢として堂々と振る舞い、他家の貴族たちと交流を深めるべき……なのだが。
「わかる。やっぱり夜会ってしんどいよね」
「うんうん、ほんとにそーー」
明かりのない王宮の一室――誰もいないと思っていたその場所から突然、白い顔が浮かび上がった。
「ぎゃーーーー!!!!!!!」
「ちょっと! あまり大きな声は出さないで。誰か来ちゃうかもしれない」
思わず悲鳴が口から飛び出した。
よく見れば、そこにいたのは一人の少女だった。少女は口元に人差し指を立て、しーっと小声で忠告してくる。
(……あれ? この娘、もしかして)
「……フィーネ王女?」
「? どうしたの? 今さら王女呼びなんて」
フィーネ・セレスティア・ローゼン――この国の現国王の娘であり、レオンハルトの従兄妹にあたる人物だ。
『王花恋』では私たちと同じ学年でレオンハルトの幼なじみとして何度か登場していた。クラスは違うし、レオンハルトとは血縁関係にあるため彼を巡るライバルキャラというわけでもない。
それどころか、ヴィオレッタとも仲が良かったはずだ。……だからこそ、正直あまり良い印象がない。
「いえ、なんでもない。それより、どうしてここに?」
「だって、めんどくさいんだもん。ちょっとでも対応を間違えたら、後でとやかく言われるし……」
フィーネはそう言って、私の隣に腰を下ろした。
「そんなことよりさ、レオンハルトとはどうなの? 手とか繋いだ?」
「まあまあよ。というか、別に恋人でもないし」
「でも婚約したんでしょ? なら同じじゃないの?」
実際のところ、婚約者がどういう立場なのか、私自身もよく分かっていない。
本来なら婚約とは、お互いに恋愛感情があるか少なくとも納得した上で結ぶものなのだろう。――けれど、レオンハルトとヴィオレッタの場合は違う。
親や周囲の思惑が契約の理由の大半を占めていて、レオンハルト自身の意思など、ほとんど考慮されてないに等しかった。
「さあね。レオンハルト様次第かしら」
「あー、あの人はなんだか堅物って感じだもんね。愛想悪いし、何がいいのか正直分かんないや」
そこは完全に同意である。明るくて優しくて、話していて楽しい男の方がいいに決まっている。
「でもいいなぁ。私も恋とかしてみたい。恋人ほしー」
「学園に良い人はいないの?」
「いない」
即答するフィーネ。確かに、王女という立場なら色々と難しいのかもしれない。周囲も気を遣うだろうし、王族として育った彼女と一般的な貴族や平民とでは、そもそも価値観が違うのだろう。
「どういう人がいいとかあるの?」
「そりゃもちろん、私を護ってくれて、甘やかして、ご飯もいっぱい作ってくれて、我儘も全部聞いてくれて、怒らない人!」
思ったよりハードルが高かった。
「でもそんな完璧な人だと自分のやることがなくなって申し訳なくならない? 恋人はお互い支え合うのが長く続く秘訣だと思うけれど」
「え? なんで私が何かしなきゃいけないの?」
あっけらかんと言い切る少女。
その瞳には悪意など一切なく、ただ純粋な疑問だけが浮かんでいる。
「私、めんどくさいことは嫌いなの。だから甘やかすのとか頼られるのは嫌。何かを与えなきゃいけない人間は私の恋人には相応しくないや」
「…………」
うわあ……。
レオンハルトも傲慢だと思っていたけれど、よくよく考えてみれば、アリアをはじめとして人の世話を焼くことも多い。
(庶民の気持ちだって、意外とちゃんと汲んでくれるし……もしかしてあいつ、王族の中ではかなり良い奴だったのでは?)
「理想の人、現れるといいね……」
「なんか呆れてない……?」
ぷくーっと頬を膨らませるフィーネ。仕草こそ可愛らしいが、言っていることは強欲そのものだ。
そんな私の反応が気に入らなかったのか、フィーネは拗ねるように口を尖らせた。
「ヴィオレッタだって危ういくせに...。 私、聞いたよ。レオンハルトは最近、アリアって子に夢中だって」
「それ、誰に聞いたの!?」
「誰って……一年生の子だったかな? 黒髪で、可愛らしい感じの」
模擬試合で会った、あのぶりっ子か。
漫画でも、誰彼構わずアリアの立場が悪くなるよう仕向けていた女だったことを思い出し、胸の奥に苦いものが広がる。
私以外の人間から、これ以上アリアが嫌われるのは見たくなかった。
「というか、その反応。図星なんだ~。頑張らないとね、ヴィオレッタ」
「分かってるわよ……」
苦い気持ちを抱える私とは裏腹に、隣のフィーネはニヤニヤとした笑みを隠そうともしない。……この女、絶対この状況を楽しんでるな。
「じゃあさ、一緒に作戦会議を――」
フィーネが言い切る、その前だった。
バンッ!と音を立てて、突然、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「おい」
「レオンハルト!?」
先ほどから何度も話題に上がっていた人物が、そこに立っていた。
レオンハルトは私を見つけるなり、一直線にこちらへ歩いて――そして、私の手を取った。
「ちょ、ちょっと!?」
「ヴィオレッタに用がある。借りていくぞ」
「ええ!? 急になに? 待ってよ!」
「どうぞどうぞ。私のことは気にせず」
助けを求めるようにフィーネを見る。
すると彼女は、満面の笑みを浮かべながらこちらへひらひらと手を振っていた。
やがて部屋は再び沈黙に包まれる。残されたフィーネは、騒がしい二人のやり取りを思い返すように、くすくすと楽しそうに笑った。
「なんだぁ。心配してたけど仲良いじゃん、あの二人」




