05. 最悪の展開
教室には、カイルとアリア。そして、何故か誘っていないレオンハルトまでがそこに存在していた。
「あら。どうしてここに?」
「別に。俺がいたら悪いかよ」
悪いに決まっている。誘ったのはカイルとアリアの二人だけだったはずだ。
「私がね、放課後ヴィオレッタちゃんに誘われたって話したら、俺も行くって」
「仲良いね」とニコニコ笑うアリアは何か勘違いしていそうだけれど、きっとレオンハルトはアリアと一緒にいたくて来たのだろう。全く……余計なことをしてくれたものだ。
「珍しいな、ヴィオレッタからこの二人を誘うなんて」
「ええ。実はお母様から高級な茶葉を頂いていたの。それで、お二人にもぜひ飲んでいただきたくて」
そう言って、水筒からコップへ紅茶を注ぐ。コップからは白い湯気が立ち上り、紅茶のフルーティーな香りが漂っていた。
「だけど……思ったよりも茶葉が少なくて、一人分しか用意できなかったの。だから申し訳ないのだけどアリアかカイル、どちらかにしか渡せないわ」
申し訳なさそうに目を伏せる。――もちろん、これは演技だ。
最初から紅茶は一人分しか用意していない。そして、アリアかカイルどちらか一方を選ばせる。しかし、アリアは紅茶が大の苦手。つまり、必然的にカイルが飲む流れになるということだ。
「二人とも、紅茶は好き?」
「僕は好きだから、僕が――」
「待って! 私も飲みたい!」
コップに手を伸ばそうとしたカイルを遮ったのは、紅茶が嫌いなはずのアリアだった。
「え? でも……」
「だ、大丈夫だよ。こ、これくらい平気だから」
「どう見ても大丈夫じゃないじゃない! 別に嫌いな人にわざわざ飲んでもらいたくないわよ!」
「でも、せっかくヴィオレッタちゃんがくれようとしたのに」
アリアがうるうるとした目をこちらに向けてくる。
そ、そんなに私からの贈り物が嬉しかったんだ……。そういえば、放課後に誘った時も異常に大喜びしていた気がする。
「私、ヴィオレッタちゃんに嫌われてると思ってたから、お誘いもお茶もとっても嬉しかったの! だから、私も欲しい!」
力強い目で見つめてくるアリアに、段々と罪悪感が湧いてきた。
(ごめんね、アリア。そのお茶、私の欲望しか入ってないの……)
「いや、僕が飲むよ」
「だめ! 私が飲むの!」
「――俺にもくれよ、それ」
お茶の取り合いを始める二人の間に、突然第三者の声が割り込んだ。
「あなたには後で特別なのを差し上げますわ」
「要らねえ。今、そのお茶が欲しい」
そう言って真っ直ぐこちらを見つめるレオンハルト。けれど、その目に「お茶が欲しい」という感情は一切映っておらず、ただただ私を睨みつけている。
(こいつ……まさか、勘づいているだと……!)
私が何かを企んでいることに気付いて、止めようとしているらしい。だが、そうはさせない。
「もう、レオンハルト様ったらわがままなんだから。でも駄目よ。これはここで一番お茶が好きな人、つまりカイルに飲んでもらうわ」
「だめ! それは私のもの!」
「黙りなさい! さあ、早く飲むのよ、カイル!」
「明らかに怪しいだろ! 俺が貰う!」
「ええっと……」
くそ、この二人め!邪魔しないでよ!コップを巡って三人で引っ張り合いをしていた、次の瞬間。
「あ」
「っわ!」
勢いよく傾いたコップから、熱い紅茶がその場にいた少年――カイルへと飛び散った。
「ご、ごめん!」
「大丈夫!? えっと、拭くもの……」
「何してんだよ……おい、大丈夫か」
熱い液体を顔に浴びせてしまったが、火傷とかしていないだろうか。
そう不安になりながらカイルの横顔を見て、あることに気付く。――今、彼の目の前にいるのは、
「おーい、何ぼうっとしてんだ。火傷は無さそうだし、治癒魔法は要らないだろ」
怪訝そうに声をかけるレオンハルトを見つめて、カイルはぽつりと呟いた。
「好きだ」
「……は?」「え?」「ん?」
三者三様の声が重なる。
もしかしなくても、これは――
「君が好きだ、レオンハルト」
「はああああ!? 何言ってんだお前!」
「ちょ、ちょっと待って!? カイルってレオンハルト君のことが好きだったの!?」
「そんな訳ないでしょう!? どう見てもあのお茶が原因よ!!」
いつの間にかカイルはレオンハルトの隣へ移動し、私たちの騒ぎなどそっちのけで彼の顔を見つめ、嬉しそうに微笑んでいる。……なんだこれは。
「ヴィオレッタ! お前、あの紅茶になにか盛ったな!?」
「ち、違うわ! 友達がこれを使えば美味しい紅茶ができるって、謎の液体を渡してきたのよ! きっとそれが原因だわ!」
「そんな怪しい液体を友達に飲ませるんじゃねえ!」
「わわ、落ち着いて! ヴィオレッタちゃんは知らなかったんだから仕方ないよ!」
まあ、完全なる故意であり、自分から用意したものなのだが。
相変わらずレオンハルトに釘付けになっているカイルを見て、私は複雑な心境になる。こんなものが見たかった訳じゃないのに。
「か、カイル。体調は大丈夫そう? あと、怪我とか……」
アリアが心配そうに語りかけるが、カイルにはまったく聞こえていないらしい。
「おい、アリアが聞いてるぞ」
「……ああ、ごめん。大丈夫だよ」
ようやくこちらを振り返ったかと思えば、すぐにレオンハルトへと向き直る。
(なんだこいつ!!!こんなにアリアに興味のないカイルなんて、カイルじゃない!!)
アリアに対してもここまで露骨ではなかった。もはや解釈違いを通り越して、別ものすぎて怖い。アリアも同じ気持ちなのか、「嘘だ……」と頭を抱えて項垂れていた。
「カイル、治るよね……?」
「どうせヨアヒムか誰かの魔法薬だろ? 数分したら治るだろ」
はあ、と三人でため息をつく。
「どうしたの、レオンハルト。困り事があるならなんでも聞くよ」
目を爛々と輝かせレオンハルトの指示を待つカイルはまるで主人の役に立ちたいと張り切る犬そのものだった。なんだかパタパタとしっぽを振る様子まで見えてきそうな勢いだ。
「お前がその、困り事なんだよ」
「ねえカイル、思い出してよ。 カイルとレオンハルトはただの友達なんだよ? カイルがレオンハルトを好きだったなんて、そんな素振り一度もなかったじゃない」
「そうよ、思い出しなさいよカイル! こんな口悪俺様上から目線野郎、あなたと正反対じゃない! あなたがこんな性格のやつを好きになる訳ないでしょう!」
「どさくさに紛れてとんでもないこと言ってないか?」
カイルはきょとんとした顔を浮かべた後、静かに首を振った。
「そんなことないよ。むしろ僕なんかが烏滸がましいくらい、レオンハルトは優しくて、頭が良くて、気遣い屋で、面倒見が良い。王族の名に負けないほど素敵な男だよ」
「ふ、ふーん」
「なんでちょっと満更でもなさそうなのよ」
こんなはずじゃなかったのに……。
カイルはレオンハルトにどんどん距離を詰め、嬉しそうにじゃれついている。ダメだ、もう見ていられない。
「……まあ、良かったじゃない。じゃあ、私はそろそろ行かなくちゃ」
「何がだよ! こいつを何とかしてから帰れ! おい、アリアも!」
「カイルがそこまで言うなら認める……。幼なじみとして寂しい気持ちもあるけど、カイルには幸せになってほしいから」
「ふざけんな! それっぽいこと言って逃げようとするんじゃねえ! 待てえええ!!!」
レオンハルトの叫び声を置き去りにして、私たちは教室から逃げるように脱出した。薬の効果はあと数分で切れるが、そんなものを待っている余裕は、もう存在しなかった。
* * *
「ねえ、ヴィオレッタちゃん。カイルってレオンハルトのことどう思ってるのかな」
「まだ言ってるの? 何度も言ってるけど、あれは薬の効果よ! 薬の効果!!!」
「そうだよね……」
アリアはほっとしたように胸を撫で下ろすと、私には聞こえないほど小さな声で何か呟いた。
「――良かった」
「ん? 何か言った?」
「ううん、何でもないよ」
そう言って、アリアはいつものように笑ったのだった。




