04. 惚れ薬
――この世界には、『魔法薬』というものが存在する。
魔法薬とは、術者の魔力を薬に込めることで魔法の力を一時的に利用できるようにしたものだ。
この世界の魔法には、大きく分けて二つの種類があった。
一つは、火や水、風、土などといった属性を操る『属性魔法』。
これは魔力を持つ者であれば、鍛錬を重ねることである程度扱えるようになる。得意不得意こそあれど、特別な才能がなければ使えないというものではない。
そしてもう一つが、『概念魔法』と呼ばれるものだ。
概念魔法は、属性魔法とは根本的に異なりそもそも魔力そのものの性質、つまり生まれ持った「資格」が必要となる。資格を持って生まれた者だけがその概念に干渉し、特別な力を引き出すことができるのだ。
そのため、概念魔法の使い手は決して多くない。しかし、概念魔法によって生み出される力には、人々の生活に欠かせないものも多い。そこで生まれたのが、魔法薬だった。
資格を持つ者の魔力を薬に込めることで、その力を一時的に薬へと宿らせる。治癒や解毒、魔力の回復等といった、本来なら限られた者にしか扱えない概念魔法の力が魔法薬という形に変わることで、多くの人々の手に届くようになっていった。
つまり魔法薬とは、本来なら概念魔法を扱えない者でも、その恩恵を受けられるように生み出された代物なのである。
「ではアリアさん、この薬に魔力を流してみて」
「はい!」
前の教壇では、アリアがビーカーに入った液体へ魔力を流し込んでいる。
――今は、魔法薬についての授業中。
学園の授業には基本科目と選択科目があり、選択科目では生徒が自由に好きな授業を選ぶことができる。また、選択科目では他クラスの生徒と合同で授業を受けることになっていた。
ちなみに、騎士科のレオンハルトはこの時間、別の授業を選択している。つまり今、この教室にいる私たち三人――私とカイル、そしてアリアの間にレオンハルトはいないということだ。
(絶好の機会……だけど、座学って特にやることないのよね)
魔法薬の存在は原作にも登場するため、私はその知識をよく知っている。魔法薬には概念魔法が使われていて、その概念魔法の中には、精神に作用するものも多数存在していた。
(精神操作って、良い……)
何度、二次創作でお世話になったことか。
惚れ薬や媚薬、洗脳系の魔法薬などフィクションでは定番中の定番。ぜひとも一度お目にかかりたいし、なんなら欲しい。
そんなことを考えていると――
「ねえねえ、君ってヴィオレッタさんだよね?」
「え?」
小声で声をかけられ、隣を見る。そこには、見覚えのある少年が一人座っていた。
(ヨアヒムじゃん!)
彼は『王花恋』に何度か登場する魔術科の生徒だ。
魔法馬鹿と呼ばれるほどの魔法好きで、放課後になると、いつも学園にある研究室にこもって魔法の研究をしている。
魔法薬の研究にも熱心で、彼が引き起こした騒動にレオンハルトやアリアが巻き込まれる場面も本編では何度か描かれていた。
「君の土魔法は凄いね! 魔力量が多いのかな? でも、地面を操るなんて普通の鍛錬だけじゃできないはずだ。ベルシュタイン家は代々土属性の魔術師を輩出してきた家系だから、血筋の影響もあるのかなあ。ねえ、一度研究室に来て魔力を採取させて欲しいんだけど…」
「ええっと……」
目を輝かせながら、ぐいぐい迫ってくるヨアヒム。その勢いに圧倒され、どう答えようかと口ごもっていると――
「初対面にグイグイ行きすぎだって。まず自己紹介してあげなよ」
ヨアヒムの隣に座っていた生徒が、彼の肩を掴んで私から引き剥がした。
「ああ、ごめん! 僕の名前はヨアヒム。で、隣の彼は研究対象のルイだよ」
「勝手に研究対象にするなよ」
わははと笑うヨアヒムと、その隣でルイと呼ばれた少年が呆れた様子でため息をついていた。彼も確か、原作に登場していたはずだ。この学年で最も強い魔術科の生徒だったような気がする。
「ルイもすごくてね! 彼の魔力は――」
「俺の話はどうでもいいよ。それより、ヴィオレッタさんに頼みたいことがあるんじゃなかったの」
「ああ、そうだった!」
ヨアヒムが再びこちらを向く。
「君のように、魔術師として歴史ある家系の魔力は貴重なんだ。魔力を調べさせてほしいんだけど、ダメかな?」
「別にいいわよ」
「やったー! ありがとう!」
魔力を採取されたところで、何かが減るわけでもないし。
隣で子供のように喜ぶヨアヒム。そんな彼を眺めていると、ふと悪い考えが脳裏に過ぎった。私は彼に視線を向け、にっこりと微笑む。
「その代わりに、一つお願いがあるのだけど――」
* * *
沢山の本と、謎の液体が入ったビーカーや試験管が所狭しと並んでいる。
ここは学園に併設された大きな研究所。その一室だった。
「狭くてごめんね! ここは基本、僕以外は誰も出入りしないから、自由に見てくれて構わないよ」
部屋の至るところには資料が散らばっている。その紙面には、魔法陣のようなものから見たこともない数式まで、色んなことが描き殴られていた。
「ここにある液体は、全部魔法薬なの?」
「うん。魔力は目に見えないから、こうして液体にしておくと管理や分析がしやすいんだ」
「魔法薬って、概念魔法で作るものでしょう? 私の魔力を採取するにはどうすればいいの?」
「同じようにすればいいよ。属性魔法は、わざわざ魔法薬にしても術そのものの効果を発揮できないから、薬として利用されることは少ない。でも、研究対象としてなら何の問題もないのさ」
なるほど。魔力を視覚化して調査する場合、液体に変換するのが一般的ということらしい。
「――ところで、惚れ薬はどれかしら」
「……冗談じゃなかったんだ」
ヨアヒムは困ったように頬を掻いた。
当たり前だ。これをもらうために、わざわざここまで来たのだから。
「いくら効果が薄いとはいっても、精神操作に関わる魔法薬はあまり使わないほうがいいとされているんだけど」
「あら、そう。それならもう用は済んだわ。これで帰らせてもらって――」
「この三段目の棚にある、緑色の液体が惚れ薬とされている魔法薬だよ」
話が早くて助かる。
彼は魔法ジャンキーなのだ。魔法の研究に関することなら、多少どころかほとんどのわがままを聞いてくれる。それは『王花恋』を読んでいた私には分かっていることだった。
「これを飲ませたら、相手を惚れさせることができるのね?」
「そうだね。この薬を飲んだ人間が、その後初めて目にした人間に惚れてしまう効果がある。効果が続くのは三十分ほどだけど」
ちょうどいい。この薬を使えば、あの二人の距離を一気に縮められる。内心で完璧な計画を組み立てながら、私はヨアヒムを振り返った。
「分かったわ。これを貰っていくわよ」
「仲の良い人であっても、使うのはあまりおすすめしないよ。僕は昔、ルイに使って殺されかけたからね」
使ったのかよ。
しかも、自分ではなく友達に使っているというより悪質な方だった。漫画の頃から思っていたけれど、彼はどうにも倫理観が欠けている節がある。まあ、そのおかげで薬が手に入るのだから、今は気にしないでおこう。
「ご忠告どうもありがとう。で、魔力採取って何をすればいいの?」
「じゃあ、そこに座ってもらって」
それから魔力採取や採血をしたり、魔法の魅力について延々と語られたりして――気がつけば、日はすっかり傾いていた。
「は~、疲れた……」
研究室を出る頃には、すっかり疲労困憊だった。でもまあ、目的の薬は手に入った。二人とも幼なじみとしてしか相手を見ていないのなら何かきっかけが必要だ。少し手を加えてやれば、お互いの恋愛感情に気づくはず。
(アリアに使う? ……いや、それだと意味がないか。カイルに使って、アリアのことを幼なじみじゃなくて、一人の女の子として見てもらえば――)
そんなことを考えながら教室へ戻る。すると、夕暮れに赤く染まった教室には、カイルとアリア。
そして――
「……レオンハルト様?」
なぜか、レオンハルトの三人が座っていた。




