03. そう簡単に上手くはいかない
一度結界を出て、水分補給と休憩をする。
自然と、次の試合の味方同士で固まっていた。視線の先では、何やら楽しそうなアリアと、相変わらず無愛想なレオンハルトがやいやいと言い合っている。
「最近、あの二人仲良いよね」
「そうね。……あの二人のこと、どう思う?」
少し意地悪な質問を投げてみる。
原作では、嫉妬する素振りなど一切見せなかったカイルだが、実際のところはどう思っているのだろう。
「仲良いなと思うよ。アリアは少し人見知りなところがあるから、ああして積極的に話しかけてくれるレオンハルトみたいな人が嬉しいんじゃないかな」
「ふーん。からかってるだけじゃないの?」
「それでも、アリアが楽しそうだから。彼女が笑ってると、僕も嬉しい気持ちになるんだ。幼なじみだからね」
二人の様子を眺めるカイルの横顔には優しそうな笑みが浮かんでいて、その言葉に偽りがないことが見ているだけで分かる。
――やっぱり、好きだなあ。
そんな気持ちが胸の奥から溢れてくる。誰かの幸せを願う、その優しい顔が好き。でも、それ以上に――彼自身が、幸せで満ちていてほしいと思ってしまうのだ。
「――そう、それならいいわ。というか、それなら次の試合、あなたにはキツイんじゃない? その大切な幼なじみが相手だけど」
「いや、その辺の分別はついているよ。むしろ、変に手加減する方がアリアは嫌がるだろうからね。……むしろ、君のほうこそ大丈夫かい? 試合だろうと、レオンハルトには絶対手を出さないって聞いたけど」
わがままなヴィオレッタは、試合であろうとレオンハルトには決して攻撃しない。それどころか、彼と当たった際には、わざと負けることすらあった。しかし、圧倒的な才能と高い身分を持つ彼女に口出しする者などおらず、好き放題に振る舞っていたのだ。
そんな今までのヴィオレッタの態度を思い返し、私は"とある事"を思いついた。
「あ、そうだ! そのことで少し相談があって……」
* * *
そんな話をしているうちに、試合の時間がやってきた。
「では、位置について」
先ほどの訓練場。
私の隣にはカイルが立ち、少し離れた正面には、小柄な少女と堂々とした立ち姿の少年――アリアとレオンハルトが並んでいる。
「手加減はなしだよ」
「もちろん! さっきは負けちゃったけど、同じミスはしないよ!」
先ほどまでの気軽な会話は消え、四人それぞれが真剣な表情を浮かべる。そして――
「試合開始!!!!!!!!」
四人が一斉に動いた。
私は先程と同じように、アリアへ向かって魔法を放つ。アリアもそれに応戦するが、今度は魔術の押し合いには持ち込ませない。私の攻撃を、軽やかな身のこなしで躱していく。
その横では、レオンハルトとカイルが激しくぶつかっていた。
カイルは水属性の魔法を操る。斬撃で躱しずらい水魔法には、レオンハルトの方が分が悪い――そう思われた、その時。
「はっーー!!!」
アリアの掛け声と共に、大きな氷の壁がレオンハルトを庇うように生み出された。
なるほど。
アリアとレオンハルトは、互いに連携してカイルを狙っている。レオンハルトが距離を詰め、アリアがカイルの攻撃を防ぎ、その隙にレオンハルトへ勝機を与えるつもりなのだろう。
それに、二人は私がレオンハルトを攻撃することなどないと踏んでいるらしい。私の存在をほとんど気に留めることなく、カイルに意識を集中させている。
そして、ついにカイルがレオンハルトの間合いへ入った。
迷いのない剣筋が、カイルへ迫った時――
「――隙あり!」
私は、レオンハルトへ渾身の一撃を放った。
「―――」
一瞬、目を見開くレオンハルト。だが、それも束の間、迫る岩石を彼は真正面から斬り砕く。
確実に隙を突いたはずなのに、私の攻撃が与えたのは頬を浅く掠めた傷だけだった。
「ッチ。そう簡単にはいかないか……!」
「まさか、お前が俺に攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったよ!」
レオンハルトがカイルから標的を変え、こちらへ向かってくる。
ならば、こちらも出し惜しみはしない。
ありったけの魔力を叩き込み、魔法を放つ。
岩石を飛ばし、地面を隆起させ、あらゆる角度から攻撃を仕掛けるが、レオンハルトはそれらをいとも簡単に斬り払い、押し退けていく。
(あんたの悔しそうに歪んだ顔を、なんとしてでも拝んでやるわ……!)
元来の負けず嫌い。そして、原作でこれまで積もりに積もったレオンハルトへの鬱憤、その全てをぶつけるように、私は魔法を繰り出し続ける。
対するレオンハルトも、今までの試合で見せていた冷めた表情を捨て、口元には獰猛な笑みを浮かべていた。
そして、さらに距離を詰めてくる。先程とは違い、硬度を増した岩石を生み出し、その剣先を逸らそうとして――
「そこまで!!!!! 両者、引き分け!!!」
――それよりも早く、私の首筋に彼の剣があてがわれていた。
「引き分けか……」
レオンハルトがそう呟いて剣を下ろす。
遠くには、カイルの前で膝をつくアリアの姿が見えた。どうやら、私とアリアが負けたことで、試合は引き分けになったらしい。
「……さすがレオンハルト様ですわ。全力を出しましたのに、遠く及ばないその剣技たるや。婚約者として、これほど喜ばしいことはありません」
嘘である。めちゃめちゃ悔しい。
しかも、レオンハルトの虚を衝くという、少々ズルに近い手まで使った上で負けた。せめて、もう少しくらいは接戦に持ち込めると思っていたのに。嫌いな相手に、圧倒的な能力の差を見せつけられ、何も言えなくなる。
「本当かよ。どう見ても殺しにかかる勢いだっただろ。……俺、何かお前にしたか?」
「いえ、滅相もございませんわ。本当に素敵でした。もう、本当……震えるくらい」
悔しさで手が震えそうになる私と、それを訝しげに見るレオンハルト。
そこへ、二人が駆けつけてきた。
「ごめんなさい、レオンハルト! 私、あなたに迷惑をかけないって言ったのに……」
「別に期待してねーよ。元から弱いだろ、お前は」
「うっ……。二回も連続で負けちゃって、何も言えない……」
「カイルが相手で手抜いたんじゃねーの」
「ち、違うよ! 本気でやったんだけど、一対一でカイルに勝てたことないから……」
どうやら幼なじみ対決は、カイルの方が上らしい。アリアの隣に立つカイルは、傷一つなくニコニコと微笑んでいた。
「ヴィオレッタもお疲れ様。惜しかったね」
「ごめんなさい。私、あれだけ偉そうなことを言ったのに……」
「いや、むしろ感心したよ。自分がレオンハルトをやっつけると聞いた時は、何かの冗談かと思ったから」
意外――と、レオンハルトとアリアも驚いたような目でこちらを見る。
そんなふうに思わせる今までのヴィオレッタの行動に呆れつつも、せっかく切った切り札まで使ったのに負けてしまったことが尚更悔しくなってきた。
「でも、次は負けませんわ! 次こそはレオンハルト様のその美しいお顔をボコボコに……」
「俺単体なのかよ」
その言葉に、アリアとカイルが楽しそうに笑った。
(……まあ、この景色が見られたのなら、なんでもいいか)
そう思いながら、和やかな気持ちで訓練場を後にしようとした、その時――
「あ、ちょっと待って」
アリアはそう言うと、レオンハルトの制服の袖を引いた。そして――彼の頬に、そっと手を当てる。
「「「――え?」」」
私たち三人は、突然の彼女の行動に固まってしまった。
(え、何その手。え、顔近くない?もしかしてキ――――)
「顔、怪我して血が出てる」
彼女の手が淡く光り、レオンハルトの顔にあった傷はすぐに塞がった。これで良し、と満足気に頷くと固まっている私たちを見て、不思議そうに首を傾げる。
(そうだった……この子は、こういう子なんだ)
誰にでも優しく、怪我をしている人がいればすぐに駆けつける。打算なんて一切なく、相手が誰であろうときっと同じことをしただろう。
それが、アリアという少女の美点であり、欠点でもある。
(こんなの、誰でも勘違いしちゃうじゃない…… というか、いい雰囲気になりすぎでしょ、この二人!)
アリアは何も気にしていないが、対するレオンハルトは目を見開いたまま硬直している。なんなら、少し顔が赤いような……。
こんなに動揺している彼を見るのは、初めてだった。むしろ、私が動けば動くほど、レオンハルトに都合のいい展開になっていた気がする。
ハッとして隣に目を向けると、そこには、何やら悩ましげな顔をしたカイルがいた。
(これは……嫉妬?)
でも、嫌がっているというより、困惑した表情を浮かべている。
――カイルはカイルで、内面が分かりづらい!
推しだし、そこが好きなのだけれど。
彼の分かりづらさにも、少しばかり非がある気がしてきた。もっと自分の感情に素直になってもいいのに、なんて――お節介でしかないけれど。
(でも、好きなんだもの。二人がくっつくところが見たい!)
(次こそは絶対――)
密かに意気込んで、今度こそ訓練場を後にした。




