02. 模擬試合
この学園には、実戦を想定した模擬試合の授業がある。騎士科の生徒は剣技を、魔法科の生徒は魔術を主な武器として、互いの力を競い合うのだ。己の得意とする力をどう活かし相手を攻略するか、それがこの授業の目的の一つである。
「では、これより模擬試合を開始する」
「頑張れー!!!」
「レオンハルト様の剣技、いつ見ても美しい……」
「もう何勝目? さすがです……!!!」
先ほどから、何度も黄色い声援が上がっている。模擬試合は、上級生から下級生まで見学に訪れるほど人気の授業だ。
中でもひときわ注目を集めているのが今絶賛試合中の男、レオンハルトだった。
「はあ、確かに強いけど」
騎士や剣のことをまったく知らない私にも、彼の実力が並外れていることは分かる。動きに無駄がなく、剣技は洗練されていた。
そのうえ、彼は魔法まで使えるのだ。
魔力量が特別多いわけではないが、あらゆる属性に高い適性を持ち、どの属性の魔術も扱える、いわゆる万能型というやつらしい。
(天は二物を与えない、なんてとんだ嘘っぱちじゃない)
目の前の男は、涼しい顔で連勝を重ねている。対する対戦相手の少年は、何とか勝とうと必死になっていた。周囲からの応援の差も相まって、私はすっかり相手側を応援していた。
「そこまで!!! 勝者、レオンハルト!!!」
大きな歓声が広場を包む。
(あーあ。相手の子、頑張ってたのになあ〜)
負けている方を応援したくなるのは、日本人の性なのだろうか。なんだか私まで悔しくなってくる。
(というか、せめて嬉しそうな顔をしなさいよ!当たり前みたいな顔してるのが余計腹立つ!!!)
そんな鬱憤を隠しながら二人を見ていると、一人の少女がこちらへ近づいてきた。下級生だろうか――原作で見た覚えがある。
「ヴィオレッタ先輩! 今の試合、良かったですね!」
「ええ、まさかここまで圧勝するなんてね」
「……ふふ、もう! 圧勝なのは分かってたのに、その言い方は意地悪ですよぅ」
少女はくすくすと笑った。
(ああ、苦手なタイプだ……)
ヴィオレッタには、媚びを売るように近づいてくる者が多い。この子もその一人だろう。甘ったるい作り声で強者に擦り寄り、弱者を見下す。
思い出した。
原作でもヴィオレッタの取り巻きとして登場していた少女だ。ヴィオレッタのお気に入りの一人で、アリアの悪い噂を流すタチの悪い取り巻き。ぶりっ子で性悪な性格が読者から嫌われていた。ちなみに私も嫌いである。
「レオンハルト先輩は負けませんよ。ましてや、アルベルト先輩になんて絶対」
意地の悪い笑みを浮かべる少女。その表情には、レオンハルトへの好意だけでなく、アルベルトと呼ばれた男への嘲笑も滲んでいるように見えた。どちらにせよ、あまり気分のいいものではない。
「あら、そうかしら。私はそういう番狂わせも好きだけどね……。そろそろ行かなきゃ」
そう言って、無理やり会話を切り上げる。
彼女は「嘘だあ」と笑っていたが、ふと思い出したように私の手を握ると、真剣な眼差しでこちらを見つめた。
「次、ヴィオレッタ先輩ですよね。私、めっちゃ応援してますから! もちろん、負けるなんてこれっぽっちも思ってませんけど! 頑張ってください!」
彼女を皮切りに、ほかの取り巻きたちも次々と集まってくる。「応援してる!」「絶対勝ってね」と口々に声をかけられ、そんなに熱心に応援されるほどのことだろうかと疑問に思った。――が、私の対戦相手を思い出し、すぐに納得する。
(……相手がアリアだからか)
安全のために結界が張られた訓練場へ入る。
先に中にいたアリアは、私の姿を見ると少し緊張したように身を固くした。それでも、意を決したように拳をぐっと突き出す。
「が、頑張りましょうね! 私、本気で行きますから!」
「あら。せいぜい私を楽しませてちょうだいね」
嫌われていることくらい、きっと察しているだろう。それでも怯えながらこちらへ向かってくるその姿を見ていると、少しばかり加虐心が刺激される。
――私、悪役令嬢の才能あるのかも。
互いに向き合い、礼をする。そして――
「開始!!!!!!」
合図と同時に、私は魔力を解き放った。
私が操るのは土属性の魔術。
土や岩を操り、時にはその場で錬成して武器に変える。ヒロインどころか、どう考えても敵役向きの魔法だ。
けれど、戦闘においては非常に扱いやすい。地面から次々と岩石を生み出し、弾丸のようにアリアへ撃ち出す。
「ほらほら、避けてみなさい!!」
「――っ!」
アリアは咄嗟に氷塊を錬成し、飛来する岩石を迎え撃った。激突した岩石と氷が砕け、破片が宙を舞う。
さすがは特待生としてこの学園に入学しただけのことはある。普段の弱々しい印象からは想像もつかないほど、動きが速い。それに、魔力量も膨大だ。こちらの攻撃を防ぎながら、隙を窺っている。
――油断はできない。
「どうしたの、アリア? あなたの実力はこの程度?」
私はさらに岩石を生み出し、それらを次々とアリアに向かって叩き込んだ。
「まだまだやれるでしょう! さあ、立ちなさい!!」
アリアが苦しそうに顔を歪めている。
「這いつくばって、みっともなく泣いて許しを乞う無様な顔を見せてちょうだいよおおおおお!!」
「くっっっ!!」
――ぐはははははは!!
心の中で高笑いする。悪役令嬢というより、もはや魔王な気もするが関係ない。
私はさらに魔力を注ぎ込み、攻撃の勢いを増した。正面からの魔力の押し合いに、アリアも氷を次々と生み出して食らいついてくる。
けれど――それに集中させればいい。
私は攻撃を続けながら、ほんのわずかに魔術の狙いを変えた。
「……脇が甘いことね」
「――え?」
次の瞬間。
アリアの足元の地面が、大きく隆起した。
「きゃっ――!」
バランスを崩し、アリアの身体が傾く。――今だ。
「終わりよ」
私は迷わず岩石を放った。勢いを増したそれは、アリアの右足を正確に捉える。
「――ッッ、あぅ!」
身体が弾き飛ばされ、アリアはそのまま地面を転がった。そして、訓練場の壁に背中から激突する。
それでも、戦いの意思が宿る瞳でこちらを見つめ――
「そこまで!!! 勝者、ヴィオレッタ!!!」
「まあ、あなたにしては頑張った方じゃない?」
髪を払い、横たわるアリアを見下ろす。
容赦なく彼女の身体を傷つけたのは、勝負事で手を抜きたくなかったからが一つ。
そして、もう一つは――
「アリア!! すぐに手当を……!!」
勝負がつくなり、結界の中へ駆け込んできたのはカイルだった。
――ふふ、目論見通り。
傷ついたアリアのもとにカイルが駆け寄る。彼もまた優秀な魔術師であり、治癒魔法を使うことができるのだ。
(これで二人の仲も縮まること間違いなし! 弱ってるときに助けてもらうのが一番効くんだから!)
そんな二人のやり取りをニヤニヤしながら眺めようとしていたのだが――
「うん、平気! もう治したから」
支えようとするカイルをよそに、アリアはすっと立ち上がった。虚勢でもなんでもなく、本当に平気そうな顔をしている。
(そうだった!!! アリアも治癒魔法を使えるんだった!!!)
むしろ、彼女が最も得意とするのが治癒魔法である。ちょっとした傷なら一瞬で治してしまえる上に、原作では、ちぎれた腕すら繋いでしまえるほどの実力を見せていた。
「あの、対戦ありがとう。まだまだ実力不足だったけど、次こそは」
そう言って、アリアは悔しそうに唇を噛む。意外にも負けず嫌いな彼女の姿に、思わず口角が上がった。
「ふん、何度でも挑んでくるといいわ。何度でも打ち負かしてあげる」
「……どこの悪役だよ、ヴィオレッタ」
呆れた声が飛んでくる。
うるさい歓声を引き連れてやってきたのは、レオンハルトだった。
「悪役なんて酷いですわ、レオンハルト様。私はあなたの婚約者として相応しい姿になろうと頑張っているだけですのに」
「あれが相応しい態度なら、俺はどう見られてるんだ」
やれやれと私をあしらいつつ、レオンハルトはアリアへ視線を向ける。私ではなく、アリアを心配して来たのだろう。
(婚約者の目の前で堂々と……なんとまあ、酷い男なこと)
「……お前は次の試合で味方なんだ。怪我されちゃ困る」
「うん、もう大丈夫! 心配してくれてありがとう」
「別に心配したわけじゃ……」
ニコニコ笑うアリアに、レオンハルトがモゴモゴと言い訳をしている。
――これじゃ、この二人のフラグが立っただけじゃない!!!
いい感じの二人にムカムカしていると、横から肩をつつかれた。
「僕らも頑張らなきゃね」
思いがけないカイルの言葉と微笑みに、呆気にとられて言葉が出なくなる。――もう、このままここで死んでもいい。
「二人とも実力者だから、君が味方で心強いよ」
「え、ええ。そうね。私にどんと任せなさい!」
次の試合は、私とカイル対アリアとレオンハルト。
――推しの足を引っ張るのはごめんよ。アリアには申し訳ないけれど、必ず勝たせてもらうわ。




