第4話
自宅に戻り、浅見が届けてくれた晩ご飯を広げる。一口、口へと運ぶ。そこで俺は確信した。確かに、どこか馴染みのある味だ。
「美味しい?」
ひびきが俺の向かいに座り、両手で頬杖をつきながら、にやにやと笑みを浮かべて俺を見つめている。
「……美味い」
「よろしい。素直なのはポイント高いよ。小夢姉ちゃんに伝えてあげるね」
「おい、余計なことすんな」
さっきの会話から察するに、ひびきは浅見に俺のことを話したらしい。正直、こういうのはあまり好きじゃない。むしろ少しばかり抵抗感がある。
だけど、妹が信じることにした相手なら、きっと問題はないのだろう。それに、ひびきが話したいと言うのなら、俺にそれを止める資格なんてない。
晩ご飯を平らげ、俺は再びベッドへと潜り込んだ。今日の昼間、断続的に二度も寝てしまったせいか、今は逆にまったく眠気を感じない。
「四月の春、高校生活の始まり……確かに、期待感に満ち溢れた言葉だよな」
時計の針は夜の二十二時四分を指している。俺は勉強机に向かい、もう一度あのノートを開いた。
そういえば、数日前に不思議な夢を見た。目が覚めるとすぐに忘れてしまったが、ほんの断片的で曖昧な一幕だけが、どうしても記憶に残っていた。だから、その残骸を言葉へと紡ぎ、このノートに書き留めておいたのだ。
そのページをめくり、自分の文字を追っていくと――あの夢の光景が、鮮明に脳裏へと蘇ってくる。
星の降る夜。海岸線。
俺は、ただ一人きり。
ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか、何もわからない。
あてもなく歩みを進めるが、遠くに見える街の明かりはどんどん遠ざかっていく。まるで別世界の入り口のように、遥か彼方へと。
「誰か、いる……?」
少し離れた場所に、微かな人影が浮かび上がり、次第にその輪郭をはっきりとさせていく。
正確な判断なら、こで警戒して距離を置き、様子を見るべきなのだろう。だが、どうしてか俺の胸は高鳴り、引き寄せられるように歩みを速めていた。
それはまるで、世界の終わりにたった一人の同族を見つけたかのような、切実な歓喜だった。
「あの、君――」
そこにいたのは、一人の少女だった。
彼女は静かに遠くの海を見つめていた。あるいは、果てのない星空を見上げているようでもあり、何かを待ち続けているようでもあった。
「本当に、会えた。まさか、こんな形で再会することになるなんてね」
初対面のはずの二人に、なぜ「再会」なんて言葉が出てくるのか。そして、「こんな形」が何を意味しているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「俺のことを、知っているのか?」
「勝手に人の運命を変えておいて、最後の最後で綺麗さっぱり忘れちゃうんだ」
少女は俺のことをすべて見抜いているかのようだった。だが、どれほど記憶の糸を熱心に手繰り寄せようとしても、思考は空回りするばかりで、彼女に結びつく記憶は一向に現れない。
「そんな奇妙な信頼を寄せてくれるのはありがたいが、俺は、自分の存在が他人の運命を変えるほど大層なものだとは思えないな」
少女はどこか切なげに、諦めたように微笑んだ。
彼女の背景にあった街の明かりが歪み、ぼやけていく。激しく打ち寄せる波の音が、耳を聾するほどに大きくなっていく。彼女の身体が次第に遠ざかり、その唇が微かに動いた。
けれど、俺は――
――聞き取ることは、できなかった。




