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第1話

『愛、誕生と死亡』

 今にして思えば、初めて書店の棚でこのタイトルを目にした時、俺はてっきり難解な純文学の類だろうと思い込んでいた。

 思考を巡らせるような深みのある内容が嫌いなわけじゃない。けれど、どちらかと言えば俺は「誰かの物語」のほうが好きだった。他人の人生や、ここではないどこかの世界を追体験できるからだ。

 だからその時も、足を止めることなく小説コーナーへと真っ直ぐ向かった。そして、お目当ての本を手に取り、会計を済ませて帰ろうとしたまさにその瞬間――俺の視線は、再びその本へと吸い寄せられた。

 結局、俺は立ち止まり、シンプルな装丁にどこかロマンチックなタイトルの躍るその本を手に取ってページをめくった。

 驚いたことに、それは紛れもない小説だった。それも、かなり人の心を惹きつけるタイプの。

 ほんの少し読み進めただけで、俺はその世界観にすっかり魅了されてしまった。最後には、元々買う予定だった小説を棚に戻し、代わりにその本をレジへと運んでいた。

 マヤ暦によれば、西暦2012年12月21日頃に「第五の太陽紀」が終わりを迎えるという。世に言う、あの有名な終末予言だ。

 この本の中では、それが現実のものとして描かれている。一人の少女――フランチェスカは、その世界滅亡の渦中で命を落とした。しかし、彼女の時間は巻き戻り、気がつくと「第四の太陽紀」で目覚めていた。

 そうして時の迷い人となった彼女は、さらに過去へと時間を遡り続ける。新しい仲間と出会い、新しい物語を紡ぎ、しかし同時に、幾度となく繰り返される世界の破滅をその身で経験していくのだ。

 やがて、彼女は自分が何らかの使命を背负っているのではないかと気づく。生命を賭して、始まりの「第一の太陽紀」において、必ずや救世の運命を全うし、世界を救ってみせると。

 だが――

 最後に彼女を待ち受けていたのは、あまりにも残酷な真実だった。救世主を自負していた自分自身こそが、あらゆる死と災厄の元凶だったのだ。五つの太陽紀の中で、彼女が経験したすべて、手にしたすべて、そして大切に想っていたすべては、他でもない彼女自身の手によって滅ぼされていたのだ。

 俺はこの本が大好きで、もう何度も読み返している。今またページをめくり、読み始めようとしていたのだが、なぜか初めて書店でこの本に出会った時のことを思い出してしまった。

 率直に言って、こんな風に雑念が湧いて読書に集中できないのは、今が本を読むのに適した状況ではないからだろう。

 また一人、クラスメイトが教壇から降りて位置に戻っていく。俺は、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

「次、鳴海くん」

「はい」

 パタンと本を閉じ、席を立つ。クラス中の視線が一斉に俺へと注がれた。誰とも目が合わないように視線を床に落としたまま、足早に教壇へと向かう。

「はじめまして、鳴海悠也です……」

 あらかじめ頭の中で組み立てておいた自己紹介の言葉を、淡々と口にしていく。俺の視線はチョーク箱から、新しいクラスメイトたちへと移った。この短い自己紹介の間に、一体何人の人と視線が交わるのだろうか。

 十数人、あるいは二十数人。目が合った瞬間は相手の顔がはっきりと見える。けれど、すぐに次の人へと視線を移してしまうため、結局のところ誰一人の顔も印象には残らない。

「これから始まる高校生活、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げると、教卓の表面に俺の無表情な顔がうっすらと映り込んだ。パラパラと湧き起こる拍手に包まれながら、自分の席へと戻る。

「次……」

 たった一日で、クラス内の人間関係のネットワークはすでにその雛形を作り上げつつあった。最初のうちは、同じ中学出身の奴らが自然と固まっていくものだ。

 だが、引っ越してきたばかりの俺にとっては、まるで人生で初めて学校という場所に来たかのような感覚だった。

 隣の席の青山は、いかにも「お人好し」という雰囲気の男で、言葉を交わすのにも気後れしない。新しい環境でこういうタイプが隣になったのは、なかなかの幸運と言えた。

 放課後、新学期特有の浮き足立った賑やかさの中を通り抜け、俺は帰路に就いた。

 下校時間は、一人きりになれる最高のひとときだ。この時ばかりは、行き交う顔も知らない通行人たちすらも、どこか温かみのある背景として溶け込んでくれるように思える。

 夕日を反射する川面、頬を撫でていく心地よい微風。そのすべてが優しく、この瞬間だけは、何の煩わしさもなく自分の思考に没頭することができた。

 この感覚が、たまらなく好きだった。できるだけ長くこの余韻に浸っていたくて、俺は自転車を漕ぐのをやめ、ハンドルを押して歩くことにした。

 少し遠回りをしながら、自転車を駐輪スペースに止め、海の方へと歩みを進める。今の時間帯、砂浜に見える人影はまばらだったが、俺が目指すのはさらに人気の少ない、静まり返った場所だ。

 波打ち際に立ち、遙か彼方を見つめながら、俺は全身の五感を研ぎ澄ましてこの瞬間を味わう。風の感触、波のせせらぎ、そして静寂に包まれる心地よさ。

「のんびり、のんびり……」

 高校生活初日だというのに、随分とのんびりしたものだ。何か忘れているような気もするけれど、よくよく考えてみれば、部活に入るつもりもなければ友達を作る気もない。

 学校に俺を引き留める用事なんて、最初から存在しないのだ。余計なことを考えるのはやめて、今はただ、この時間を満喫しよう。

 通学カバンから例の小説を取り出し、カバンを枕代わりに砂浜に寝転がった。ほんの数ページ読んだところで、俺は小説を開いたまま顔の上に載せた。紙とインクが混ざり合った、本特有の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。

 少しだけ、眠ろう。

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