表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/27

帰路を導く夜

 読者の皆様、こんにちは。

 タグにもあります通り、本作はストーリー展開が少しのんびりとした「スローペース」な作品です。その分、登場人物たちの関係性や心理描写、そして作品全体の空気感やテンポを丁寧に描き出すことに、かなり力を注いでいます。

 そのため、作品の核心となる設定やメインストーリーは、序盤からすぐに明かされるわけではありません。基本的には、のちの展開への「伏線」として、少しずつ作中に織り交ぜていく形をとっています。

 もし、じっくりとした空気感や丁寧なスローペースがお好きでしたら、ぜひこのまま楽しんでいただけますと幸いです。

 逆に、テンポの速い展開や、序盤からの激しい衝突を楽しみたいという方は、ストーリーがある程度進んだ段階でお読みいただく方が、より楽しめるかもしれません。どのような形であれ、本作に興味を持っていただき、応援していただけることが何よりの励みになります。

 また、本作はどのエピソードへのコメントも大歓迎です!

 お褒めの言葉やご感想はもちろん、客観的なご意見、厳しいご指摘や批判などもすべてありがたく受け止めます。どうぞお気遣いなく、自由にかつお気軽にコメントを残していってくださいね。

 それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

 その装束は、神様と語らうときにのみ許されるものだという。

 神聖で、それでいて美しい。見る者は自然と敬意を抱かずにはいられない。

 今は祭りの時期ではない。

 それなのに、彼女はその装束を身にまとっていた。神様と語らっているわけでもない。そもそも、彼女の傍には誰ひとりいなかった。

 そこは、とても、とても高い場所だった。

 彼女はそこから歩き始める。たったひとりで、下へ向かって。

 もし遠くから眺めていたなら、その姿はきっと――天から地上へ降りていくように見えただろう。

 旅路が続くにつれ、人の姿も少しずつ増えていった。

 人々は彼女を目にすると、誰もが手を止め、その背中を見送った。近づく者はいない。声をかける者もいない。誰もが言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。

 彼女もまた、誰かのために足を止めることはなかった。誰とも視線を交わさない。

 歩き始めたそのときからずっと、彼女はただ自らの目的地だけを見つめていた。

 海辺には大勢の人が集まっていた。誰もが示し合わせたかのように十分な空間を空け、彼女を待っている。その姿が見えると、人々は静かに居住まいを正した。子どもたちでさえ、一言も発しなかった。

 彼女は終着点へ辿り着く。

 人々の間を抜け、その先で待っていた一艘の小舟へと歩み寄った。無数の視線に見守られながら、彼女は静かに舟へ乗り込む。岸を離れる水音が、ようやくこの世界にわずかな音をもたらした。

 時が過ぎるにつれ、舟影は少しずつ遠ざかっていく。

 ――ふと思い出したかのように。

 彼女は振り返った。

 自らが去ろうとしている場所を、最後に一度だけ見つめる。

 涙はない。

 未練もない。

 宝石のように美しいその瞳には、何ひとつ映ってはいなかった。


  ◇


 少女は一枚の葉を水面へ投げ入れた。

 広がる波紋が、先ほどまで映し出されていた光景を揺らし、かき消していく。やがて水面が再び静寂を取り戻したときには、もう何も映っていなかった。

「にゃ?」

 共にその光景を見ていた仲間が、不思議そうな声を上げる。

 少女は小さく頷いた。

「うん。ずっと、ずっと昔のお話。誰にも想像できないくらい昔」

 白い子猫だった。

 少女とともに、水を鏡として覗き込み、時の底へ埋もれた過去を見ていたのだ。

「にゃ?」

「私の目的?」

 少女は少し考えるように首を傾げる。

「う—ん……教えてあげてもいいけど、たぶん理解できないと思うよ?」

「にゃぁ……」

「あっ、違う違う。見くびってるわけじゃないからね」

 少女はくすりと笑った。

「じゃあ、言うね?」

 子猫を抱き上げ、膝の上へ乗せる。その頭を優しく撫でながら、彼女は遠くを見つめた。白衣に緋袴をまとった姿が、花のようにそこに咲いている。

「私の目的はね――」

 少しだけ間を置いて。

「自分が死ねるようになること」

「……」

「何か言ってよ、子猫ちゃん。結構衝撃的な告白だと思うんだけど」

「にゃ……」

「ありがとう。でも、同情はいらないかな」

 子猫は少女の膝から降りると、隣の石段へ飛び乗った。そして真っ直ぐに少女を見つめる。

 一人と一匹。

 視線を交わしたまま、長い沈黙が流れた。

「にゃ」

「――決めたんだね」

 少女は静かに目を伏せる。

「分かった。ありがとう……ごめんね、子猫ちゃん」

 寂しげな表情だった。自責の念に耐えきれないように、彼女は視線を逸らす。もう子猫の目を見ることができなかった。

「にゃ」

「君には名前があるの、ちゃんと知ってるよ」

 少女はかすかに微笑む。

「でも、その名前で呼ぶのはあの子に任せる」

 そして、どこか苦しそうに続けた。

「私には……その資格がないから」

 少女は背を向けて歩き出した。子猫は追いかけない。そのまま少女がこの場所を去ろうとしたとき――

 背後から最後の鳴き声が聞こえた。それは子猫の最後の問いだった。

 少女は足を止める、振り返る。

「え? その人は私なのかって?」

 少女は微笑んだ。

「さて、どうだろうね――子猫ちゃんも、さっき一緒に見てたでしょう?」


  ◇


 ある日のこと。

 高校入学を翌日に控えた、その前日の夜だった。

 俺は一人で散歩をしていた。

 もう春だというのに、夜の海辺は少し肌寒い。

 俺には海辺にお気に入りの場所がある。

 人のほとんど来ない、静かな場所だ。

 そこで過ごしていると、この世界から音だけが切り取られたような気分になれる。

 明日からは新しい高校生活が始まる。

 不安や緊張があったわけじゃない。

 けれど、何も感じていなかったと言えば嘘になる。

 だからこそ、今夜は少しだけそこで過ごそうと思ったのだ。

 ――だが。

 そこへ向かう途中。

 必ず通る道の先に、一つの人影があった。

 月明かりに照らされたその姿は、たぶん女の子だった。

 俺はかなり離れた後方から、海辺を歩く彼女の背中を見つめる。

 こういう状況なら、俺はいつもすぐに正しい判断を下せる——ただ通り過ぎる。

 それだけだ。

 けれど――

 なぜか今は、その場に立ち止まっていた。視線だけが、波打ち際を歩く彼女を追い続ける。

 宵の明星。空に浮かぶ月。

 頬を撫でる夜風。寄せては返す潮騒。

 少しずつ。

 俺の鼓動は静まっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ