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第12話

「それじゃあ、新しい座席表の通りに、みんな席替えを始めてくださいね」

 委員長の声を合図に、クラス中が一斉に自分の荷物を整理し始めた。俺は前もってあらかた片付けておいたので、今は慌てることなく、悠々と進めることができている。

 席替え、か……せっかく少し馴染んできた周りの面々と、あっという間にお別れになってしまう。特に、青山とは。

 俺は名残惜しそうに、隣の席へと視線を向けた。

「どうした?」

 俺は首を横に振り、何も言わずに、ただ戦友を労うかのように青山の肩をポンと叩いた。

 これからは日直の当番も、宿題の範囲も、学校の諸々のスケジュールも全部自分で把握しなきゃいけないのか……

 いつでも気軽に尋ねられる人間が、もう隣にはいない。

 あれ……これじゃまるで寄生虫だな。

 事前に整理を済ませていたおかげで、俺の席移動はすぐに終わった。新しい席の元の持ち主も手際よく片付けてくれたお陰で、本当に助かった。

 これまでは窓際の席だったが、今度はドア側の前から三列目だ。

 新しい環境をそれとなく観察していると、斜め前の男子がくるりとこちらを振り返り、意味深な笑みを浮かべてきた。

「鳴海先生」

 彼の名前は遠野夏木。まだまともに話したことはほとんどないが、俺が興味を持って名前を覚えた数少ない人間のひとりだ。

 遠野は頭痛を理由によく学校を休んでおり、本人曰く持病の偏頭痛らしい。出席日数は俺よりも遥かに少なく、授業中も居眠りばかりしている。

 それなのに、成績は常に上位。どこの学校にも必ず一人はいる、本当に腹の立つタイプだ。

「遠野くん」

 俺を「先生」と呼ぶのは、間違いなくあの作文のせいだろう。

 他の奴に言われたら、からかいか皮肉にしか聞こえないところだが、彼相手だと不思議とこちらも笑みがこぼれてしまう。同類を見つけた時のような、一発で通じ合う感覚だ。

「弱者は何故、弱者なのか」

「秋に生きる者に、春に花を落とす樹が何たるかを知れと強いることはできない――だろう?」

 俺はすかさず遠野の作文を引用して言い返した。

 この言葉は、遠野の作文「春を知らぬ樹」の結びの一句であり、俺が彼に興味を抱くきっかけとなったものだ。

 ある時、偶然先生の代わりに作文を運んだ際に見かけたのだが、その文章からは彼が明らかに物事を深く考えている人間だということが伝わってきた。おまけに、そこはかとなく自分を嘲笑うかのような色が帯びている。

 俺たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。これで挨拶代わりの儀式は終了だ。

 席替えが終わるまでにはまだ時間がかかりそうだったので、俺は騒がしい教室を一人で後にした。

 のんびりと階段を下り、グラウンドのトラックを三分の一ほど歩いてから引き返す。そうすれば、教室に着く頃にちょうどチャイムが鳴る。これは俺が何度も実験を重ねて導き出した、極めて正確なデータだ。

 新しい席は三列目なので、後ろのドアから入ると以前より少し歩く距離が長くなる。だが、後ろのドアから入る安心感は、前のドアの利便性を遥かに凌駕する。

「周りが話しやすい奴らだといいんだけどな」

 後ろのドアをガラリと開け、新しい席へと視線を向けた。まず確認したのは隣の席。見覚えのない女子だ。遠野が近くにいるだけでも、気兼ねなく話せる相手ができたと言える。前の席が……

 見覚えのある背中に、俺はその場に立ち尽くした。

 白羽……まさか、アイツか。

 こういう中途半端な関係の異性こそ、一番避けたいシチュエーションなのだが。一体どういう引きの悪さだ。

 自分の席まで歩き、椅子を引く音をできるだけ立てないようにして腰を下ろす。

 よかった……気づかれていない。

 ホッと胸をなでおろしたのも束の間、遠野がダイレクトにこちらを振り返った。

「鳴海先生、これ英語の教科書」

 その声に反応して、白羽もこちらを振り向いた。

「白羽さん……」

 俺は引きつった笑みで、挨拶代わりにぎこちなく頷いた。

 遠野、お前って奴は……!

「鳴海くん」

 白羽も小さく頷くと、すぐに前を向いた。教科書を受け取る俺の横で、遠野の視線が俺と白羽の間を何度も往復している。そして、何かを察したように、思わせぶりに口元を緩めた。

 この男、自分が元凶だという自覚がこれっぽっちもないな。

 昼休み、俺はすぐに昼食へは向かわず、教室に居残ることにした。

 昨日の様子からすると、白羽はまっすぐ活動室に行ってご飯を食べるはずだ。今、彼女は俺の目の前の席に座っている。これ以上ない絶好の観察ポジションだ。

 とはいえ……昨日は針のむしろのような心地だったというのに、俺の心はなぜか、今日も活動室で昼飯を食べたいと欲していた。

 本来のつもりでは、白羽が移動するかどうか様子を見て、もし彼女が行くなら俺は別の場所を探すはずだった。

 しかし、認めざるを得ない。おそらく今、彼女が本当に席を立ったとしても、俺もその後を追うように活動室へ向かってしまうだろう。

 俺は一体、何を考えているんだ……じゃあ、いっそのこと俺が先に行けば……

 そうと決まれば、俺はそっと立ち上がると弁当箱と本を手に取り、教室を出た。立場を逆転させてみる。もし白羽がドアを開けた時、すでに俺が中にいたら、あいつはどんな顔をするだろうか。

 五階へと向かう途中、白羽が「七海先輩もここでご飯を食べている」と言っていたのを不意に思い出した。

 だが、それについて心理的なプレッシャーは特にない。なぜなら俺自身、白羽の言っていた「七海先輩は本当は楽しくなさそう」という主張の証拠を、もう一度じっくり観察して確かめてみたかったからだ。

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