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第11話

 俺がどう切り出そうと言葉を選んでいると、白羽の方が先に口を開いた。

「あの、鳴海くん……写真部への入部は、もう決めたんですか?」

「まあ、そんなところだ」

 この部室は控えめに言っても最高だ。できることなら諦めたくない。だけど、そんな理由は口が裂けても言えない。自分勝手で利用価値しか考えていないような本音なんて、軽蔑されるに決まっている。

「そうですか……それなら……」

 白羽の言葉が急に途切れがちになった。どうにも言い出しにくそうな様子だ。

「どうした?」

「……もしよかったら、一緒に七海先輩に付き合ってあげませんか? 先輩が何か活動をするときは、鳴海くんも……その、もう少しやる気を出してくれると嬉しいというか」

 はぁ――!? なんで急にそうなるんだよ!?

 俺たちの消極的同盟はどうしたんだ? 白羽の奴、まさか陽キャの世界へ突っ走る気か……!?

「お前……まさか、あっち側の人間になるつもりか?」

 白羽は不思議そうな表情を浮かべた。

「あっち側……?」

「ゴホン……いや、何でもない。俺だって何もせずにサボるつもりはないし、手伝いが必要ならちゃんと力は貸す……それより、白羽さんはどうして急にそんなことを言い出したんだ?」

 白羽はすぐには答えなかった。すっと立ち上がると、横にある黒板の側へと移動する。そこには、数え切れないほどの写真が敷き詰められるように貼られていた。

「七海先輩、悲しそうでしたから……」

「え?」

 初対面の時の七海先輩を思い返してみる。どう考えてもポジティブで、常にエネルギー全開な人にしか見えなかった。

 俺も写真の前に歩み寄る。並んでいるのは、かつての写真部の記録だった。誰もが心底楽しそうに笑っていて、かけがえのない充実した時間を過ごしてきたのが伝わってくる。

 中央あたりにある一枚の写真では、七海先輩がみんなの中心にいて、部長の帽子を被らされていた。だが、目元が心なしか赤みを帯びているのは、涙の跡が残っているせいだろうか。

「この先輩たちは、みんなもう卒業したんだな」

「はい。この人を除いては」

 白羽が、写真に写る唯一の男子部員を指さした。俺はその顔に強烈な既視感を覚える。どこかで見たことがあるような……

「ちょっと待て……この人、生徒会長じゃないか?」

「はい。生徒会長の、牧野信先輩です」

 なるほど、退部したってことか。確かうちの学校、生徒会役員は部活との兼部が禁止されていたはずだ。きっとそのために、会長に立候補した牧野先輩は写真部を去るしかなかったんだろう。

「実はこの前、ここで七海先輩と一度だけ一緒に昼ごはんを食べたんです。ドアが開く音がした時、てっきり鳴海くんだと思ったのですが……入ってきたのは先輩でした」

 確かに、逆の立場なら俺だって白羽だと思うはずだ。

「先輩、何か言ってたのか?」

「先輩は、これから私たちがどんな活動をしていくかを、すごく楽しそうに、嬉しそうに話してくれました。本当に心から楽しみにしている様子でした」

「それなら、いいことじゃないか」

「でも……先輩、その話をしている時……本当は、ちっとも楽しそうじゃありませんでした……」

 その場にいなかった俺でも、自分の知る七海先輩の印象と今の白羽の言葉をすり合わせれば、明らかな矛盾を感じざるを得ない。

「どうしてだ?」

 白羽は黙り込んでしまった。それからしばらくして、ぽつりと呟く。

「私にも……分かりません」

 人間観察が得意だと自負している俺ですら、七海先輩が悲しみを抱えているなんて微塵も気づけなかった。けれど、今の白羽の様子を見る限り、ただの思い過ごしというわけでもなさそうだ。

 もう一度、写真の並ぶ壁に視線を戻す。そこに写る七海先輩の笑顔は、今と何一つ変わらないように見える。少なくとも、俺の目には。

「分かった。少し気にかけておくよ。先輩が本当はどう思っているのかは、これからの部活の中で見極めていけばいい。もし本当に何か事情があるなら、俺だって見て見ぬふりはしないさ」

「……はい!」

 ホッとしたように、心なしか声音を弾ませた返事だった。

「ありがとうございます、鳴海くん」

「气にするな。一応、俺も部員だからな」

「それじゃあ、私は先に戻りますね」

 ああ……俺の言おうとしていたセリフ、先を越されちまった。

 白羽は弁当箱をまとめると、部室を後にした。俺はもうしばらくここに残って、時間をずらして教室に戻ることにしよう。それまでは、もう少し写真を眺めておくか。

 それにしても牧野会長も酷い奴だな。七海先輩を一人きりで写真部に残していくなんて、俺だったら……

 俺なら絶対に一緒に残る、と心の中で続けようとして、思考がピタリと止まった。

「……結局、俺はあの人たちの時間を共有してきたわけじゃない。そんな安易なことは言えないよな」

 そう、その通りだ。

 さて、俺もそろそろ教室に戻るか。

「お邪魔しました」

 心の中でそう呟きながら、俺は部室のドアを静かに閉めた。

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