第9話
月曜日の朝。自転車ではなく徒歩での登校を選んだ俺は、いつもより早めに家を出た。
隣の家からもドアの閉まる音が聞こえ、そちらに目を向けると、ちょうど浅見と視線がぶつかった。
「おはよう」
自分の引きつった笑顔から放たれた挨拶が、相手を良い気分にさせないことくらいは自覚している。
浅見が俺の横を通り過ぎる際、微かな呟きが耳に届いた。
「無縁の変態」
二つの皮肉が綺麗に融合してやがる……
とはいえ、せっかく出くわした以上、やはり……
俺は気まずさを堪えて、彼女の後を付いていくことにした。
横に並ぶのも不自然だし、真後ろをぴったり付いていくのはなおさら怪しい。結局、俺は浅見の斜め後ろという絶妙なポジションを取り、微妙な相対静止を保つことにした。
「なんで付いてくるの?」
……いや、同じ学校だろ――そう心の中でツッコミを入れたが、それを口にするわけにはいかないことも分かっている。
「コホン……いや、ちょっと意見を聞きたいことがあってさ」
浅见からの返答はなかったが、その足取りがわずかに緩んだ。彼女のペースダウンを察知し、俺は言葉を続ける。
「実はさ、土曜の夜に白羽さんに会ったんだよ……」
「白羽さん?」
どうやら浅見の興味を惹くことができたらしい。この調子なら、この気まずい空気もかなり緩和されるはずだ。
「ああ。あの夜、俺は一人で海に行てったんだけど……」
話を続けているうちに、いつの間にか俺たちは肩を並べて歩いていた。
「……っていう感じなんだけど。彼女、また来てくれるかな」
浅見はすぐには答えなかった。俺は横目で彼女の横顔を盗み見る。
「鳴海は、白羽さんに来てほしい?」
「当然だろ! 彼女が来ないと、写真部は俺と七海先輩の二人きりになっちゃうんだぞ……いや、先輩が嫌ってわけじゃないんだけどさ。ただ、そうなると七海先輩のあの溢れんばかりのバイタリティに、俺が圧死させられそうな予感がするというか……二人いれば、多少はその圧を分散できる気がしない?」
「ふーん、そっか……まあ、あんな遅い時間に女の子を一人で帰らせるのは確かにどうかと思うけど……でも、知り合ったばかりだし、家まで送るなんて言っても白羽さんが受け入れてくれたとは思えないしね。心配しなくても、白羽さんは来ると思うよ」
浅見にそう言われて、俺は少しホッとした。
「ありがとう……」
すると、浅見は不意に足早になった。
「じゃあ私、先に行くね。友達が待ってるから、また学校で」
「え?」
「だって、私と一緒に歩いてるところ、誰かに見られたくないんでしょ?」
「いや……そういう意味じゃ……」
浅見はぷっと吹き出して笑った。
「何その反応、あははは! 言いたいことは分かってるって。別に怒ったりしてないからさ」
無縁の変態、急に早まった足取り、なぜ付いてくるのかという詰問……
「本当に怒ってないのかよ……」
「事情が分かれば怒る理由なんてないし。でも、お仕置きは必要でしょ? じゃあね、学校で」
浅見は小走りで駆けていき、俺はその元気な後ろ姿を見つめていた。
元々は気まずい空気を誤魔化すために白羽さんの話を振っただけだったが、思いがけず、妙な心地よさを感じていた。人目を気にしたのは紛れもない事実だが……もしかして、俺の神経過敏だったんだろうか。
俺は苦笑しながら首を横に振る。
「ないない。俺の判断はいつだって的確だしな」
さあ、学校に行こう。俺は再び歩みを進めた。
道中、浅見やその友人と出くわすことはなかった。おそらく俺より先に学校に着いたのだろう。のんびりと上履きに履き替え、いつものルートを通って、教室の後ろのドアをガラリと開けた。
白羽の席ってどこだっけ? ……ダメだ、浅見と青山の位置しか記憶にない。
教室に入る瞬間、無意識に浅見の席へ目を向けると、ちょうど彼女もドアの開く音につられたのか、二人の視線がぶつかった。
俺は軽く会釈を送る。
浅見の周りにはすでに何人かの女子生徒がいたため、俺はすぐに視線を逸らし、自分の席へと向かった。
「おはよ、青山」
「おぅ、はよ。来たな、鳴海」
青山と他愛のない雑談を交わしながら、それとなく教室の座席を見回す。青山に白羽さんの席を知っているか直接聞いてみてもよかったのだが、変な誤解を生むのも面倒だ。
そもそも、白羽さんの席を知ったところで俺に何ができるわけでもない。考えるだけ無駄か、と諦めることにした。
チャイムが鳴り、午前中の授業が始まった。




