第七十五話 青騎士カチュア
第七十五話 青騎士カチュア
戦況報告の手紙を預かった僕達は、城壁の上を走り続けた。
丘の上にあるルクス城の中心部へ向かう道は、緩やかな坂になっている。
火の手を避けながら階段を上り、曲がりくねった城壁を進む。
城壁の上には、まだ多くの兵士が残っていた。
誰もが疲れ切った顔をしている。
それでも剣を握り、盾を構え、次に来る敵を待っていた。
遠くでは、何かが崩れる鈍い音が響いている。
風に乗って煙が流れ込み、兵士達は目を細めながらも持ち場を離れない。
水桶を抱えた従卒が走り、負傷者を運ぶ担架が城壁の脇を急いで通り過ぎていった。
何度か兵士に止められたが、蝋で封をされた手紙を見せると、すぐに道を開けてくれた。
手紙の封に、ルクス侯爵家の印があるのだろう。
兵士達は一瞬だけ僕達を見ると、何も聞かずに通してくれた。
それだけ、この手紙が重要なのだ。
そして、それだけ今のルクス城には、確かな情報が足りていないのだと思った。
やがて僕達は、ルクス城の中心部へ続く大きな城門の前にたどり着いた。
そこだけは、まだ組織だった守りが残っているようだった。
門の前には急ごしらえの柵が並べられ、壊れた荷車や木材が積み上げられている。
青い鎧をまとった騎士達が、その隙間を埋めるように立っていた。
誰もが疲れている。けれど隊列は乱れていない。
「止まれ!! 何者か!!」
鋭い声が響く。
僕達の前に立ちはだかったのは、青色に塗られたブレストプレートアーマーを身につけた女性騎士だった。
青い長髪をポニーテールにまとめ、剣の柄に手をかけている。
年は、僕より一つか二つ上くらいだろうか。
若い。
けれど、その赤い瞳には、ここを絶対に通さないという決意が宿っていた。
鎧には煤がつき、肩当てには刃を受けた跡が残っている。
頬には小さな傷があり、乾いた血が一筋こびりついていた。
それでも背筋は真っ直ぐで、声にも乱れはない。
彼女の後ろには、同じ青い鎧をまとった女性騎士達が並んでいた。
ある者は弓を構え、ある者は盾を前に出し、ある者は負傷した仲間の代わりに二人分の矢筒を背負っている。
髪の色も背丈も違う。
けれど、全員が同じ目をしていた。
ここを守る。
何があっても、これ以上奥へは通さない。
そんな意思が、彼女達の剣先から伝わってくるようだった。
閉じられた城門の外には、数え切れないほどのゴブリンの死体が転がっている。
百体を超えているかもしれない。
その周囲には、倒れた兵士達がいた。
まだ息のある者は、担架に乗せられて壁際に寝かされている。
治療を待つ者の呻き声が、低く城門前に漂っていた。
ようやく、組織だった味方に会えた。
そう思った瞬間、少しだけ肩の力が抜ける。
けれど、彼女達の疲れ切った顔を見て、その安堵はすぐに消えた。
ここも、限界に近いのだ。
女性騎士が、僕達を警戒したまま名乗った。
「私はカチュア。ルクス侯爵家に仕える青騎士団の者だ。貴公たちは何者か」
青騎士団。
その響きに、彼女達がただの門番ではないことが分かる。
僕は一歩前へ出た。
「僕はユキナ。後ろにいるのは僕の仲間たちです。途中の防御塔の指揮官殿より、ルクス侯爵宛ての手紙を預かってきました」
カチュアさんは、僕達を胡散臭そうに見つめた。
当然だ。
こんな状況で、得体の知れない冒険者が城門まで来たのだから。
僕は懐から、蝋で封をされた手紙を取り出す。
カチュアさんの視線が、封蝋に止まった。
その表情が、わずかに変わる。
彼女は手紙を受け取ると、封を確かめた。
それから一瞬だけ、背後の騎士達へ視線を送る。
騎士達の緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。
けれど、誰一人として武器を下ろさない。
それが今のルクス城の状況を物語っていた。
カチュアさんは、僕達に一礼する。
「確かに受け取った。貴公らの協力に感謝する」
その声には、先ほどまでの警戒だけではなく、わずかな安堵が混じっていた。
カチュアさんは踵を返し、青騎士団の一人に命じる。
「客人たちに飲み物を。負傷している者がいれば手当ても」
「はっ」
女性騎士が恭しく礼をする。
ミレーヌが小さく息を吐いた。
クヌートも、珍しく何も言わない。
ここまで来て、ようやく城の中枢にたどり着いたのだ。
渡された水袋を受け取ると、喉が思っていた以上に乾いていたことに気づく。
一口飲んだだけで、身体の奥に残っていた熱が少しだけ引いていった。
ミレーヌも水を飲み、フェリシアは両手で水袋を抱えるようにしている。
セシルさんは周囲を見回しながら、まだ使えそうな矢筒に目を向けていた。
シグレさんだけは、休むより先に城門の防備を確かめている。
ほんの一瞬だけ、息をつけた。
けれど、安心するには早すぎる。
閉じられた門の向こう。
そのさらに奥で、ルクス侯爵は何を見ているのだろう。
その時、城の奥から低い鐘の音が響いた。
一度。
二度。
三度。
青騎士団の表情が、一斉に強張る。
カチュアさんも、手紙を握る手に力を込めた。
「侯爵様のもとへ急ぐ。貴公らも来てくれ」
その声に、先ほどまでの礼儀正しさとは別の、切迫した響きが混じっていた。
僕達は顔を見合わせる。
手紙を届ければ終わりではない。
むしろ、本当に知るべきことは、この門の奥にある。
僕達は青騎士団に案内され、重い城門の内側へと入っていった。




