第七十四話 託された戦況報告
第七十四話 託された戦況報告
次の砦の方角から響いた悲鳴を追って、僕達は城壁の上を走った。
ルクス城は、もともと丘の上に作られた城だった。
そこへ河沿いの交易路が広がるにつれて、城壁と砦が何度も増築されていったのだろう。
火の手は、僕達が通ってきた第七砦から第三砦の方角まで広がっている。
中央へ向かう最短の道は、すでに炎と瓦礫で塞がれていた。
僕達は、河沿いの外縁部を走る。
一見遠回りに思える道だが、第六砦や第五砦はすでに陥落している。
生き残っている城壁を伝うなら、この道を進むしかなかった。
「外縁部は、戦闘の跡が少ないね」
僕が呟くと、隣を走るミレーヌが首を傾げた。
「そうなの、ユキナ?」
「うん。兵士の死体が城壁じゃなくて街の方に集まっている。外から攻められたんじゃなくて、内部で戦闘が始まった可能性が高い」
そう言いながら、僕は燃え盛る砦の下を指さした。
第六砦、第五砦、第四砦。
そのあたりは炎で崩れ落ち、下にある街も赤く焼けている。
建物の陰には、人間とゴブリンの死体がいくつも転がっていた。
「ゴブリンが、こんなに勇敢に戦うなんて変だね、ユキナ」
「きっと、かなり強力な統率者がいるんだよ」
本来のゴブリンは臆病だ。
それが死を恐れずに突っ込んでくるなら、背後にはそれ以上に恐ろしい存在がいる。
オーガが指揮していても、ここまで無茶な戦い方はさせられないかもしれない。
ゴブリンが死ぬよりも怖がる何かが、この先にいる。
そう思った瞬間だった。
「みんな伏せて!!」
先頭を走っていたセシルさんが叫ぶ。
僕達が慌てて身を伏せると、先にある防御塔から矢が放たれた。
鋭い風切り音が頭上をかすめ、矢は僕達が進もうとしていた石畳に突き刺さる。
「馬鹿!! あたい達は味方だよ!!」
セシルさんが叫び、すぐに弓を構えた。
放たれたのは、音の鳴る鏑矢だった。
ひゅるるるる、と独特の音を響かせながら、鏑矢が防御塔へ飛んでいく。
しばらくして、弓矢の攻撃が止まった。
防御塔の上から兵士が顔を出し、こちらへ手を振ってくる。
敵味方の区別もつかないほど混乱しているのか。
あるいは、先ほど見たように人間同士も敵になっているのか。
どちらにせよ、情報が欲しかった。
「どうやら分かってくれたらしい。あたいがひとっ走りして、状況を確認してこようか?」
「いえ、全員で行きましょう。何かあったら、セシルさんだけでは危険です」
「うれしいねぇ。お姉さん、ユキナに惚れそうだよ」
「駄目っ。ユキナはあげません」
セシルさんが冗談を言うと、ミレーヌが僕を庇うように前へ出た。
その様子を見て、セシルさんが吹き出す。
「取らない、取らないって。ミレーヌは可愛いねえ」
そう言って、セシルさんは防御塔へ向かって駆け出した。
僕達も急いで後を追う。
近づくと、防御塔の上から縄梯子が降ろされた。
防御塔には、外から簡単に登れないよう固定された階段がない。
普段は縄梯子で出入りする造りらしい。
周囲の城壁や砦が落ちても、ここだけでしばらく戦えるようにしてあるのだろう。
壁の上には水樽や食料袋も見えた。
この城は、本気で籠城戦を想定していたのだ。
そんなことを考えながら、僕達は防御塔へと登った。
塔の周囲には、大勢のゴブリンの死体が転がっていた。
小柄とはいえ、その姿は人間の子供ほどもある。
それが二十体以上、石壁の根元に折り重なっている光景は、ひどく気味が悪かった。
中には、大型のホブゴブリンの死体も混じっていた。
恐らく、ここを襲ったのはホブゴブリンが率いる一団だ。
だが、これで全部とは限らない。
まだどこかに、別の群れが潜んでいるかもしれなかった。
僕はゴブリンの死体を避けながら、防御塔の上へよじ登る。
そこから見えた光景に、思わず息を呑んだ。
城壁へ続く階段では、今も戦闘が続いている。
二匹のゴブリンが剣を振り回し、一人の兵士が槍でそれを食い止めていた。
さらに遠くでは、別の城壁でも火の手が上がっている。
兵士達の怒号と、ゴブリンの耳障りな叫び声が、煙に混じって響いていた。
「どうして、こんなにゴブリンが……」
「どこかで数を増したんだろうが、俺もこんな数を相手にしたことはねえよ」
防御塔の指揮官らしき男が、僕の隣で低く吐き捨てた。
鎧は煤で黒く汚れ、顔にも疲労が濃い。
それでも、目だけはまだ死んでいなかった。
城壁の下の街には、多くの人が倒れている。
その傍らで、ゴブリンが遺品を漁っていた。
胸の奥に、冷たい怒りが湧く。
ここまで来ても、まだ間に合っていない。
まだ助けられていない人がいる。
「あんたら、冒険者なんだろ。一つ頼まれてくれないか?」
指揮官が僕達を見た。
「何をですか?」
彼は懐から、蝋で封をされた手紙を取り出した。
「この手紙をルクス侯爵に渡してくれ。現在の戦況が書いてある。俺達はここを動けない」
「分かりました。でも、僕達はルクス侯爵を知りません」
「周りを騎士に守られた金髪の姫様だ。行けば一目で分かる」
侯爵というから、僕は屈強な男性を思い浮かべていた。
けれど、この世界では女性が領主になることも珍しくない。
ただ、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「分かりました。必ず届けます」
「すまんな、頼むよ。可能なら、守ってやってくれ」
そう言うと、指揮官はすぐに戦闘指揮へ戻った。
僕は手紙を懐にしまい、縄梯子を降りる。
この城で、今何が起きているのか。
この手紙には、その一部が書かれている。
早く、ルクス侯爵に届けなければならない。
僕達は再び城壁の上を走り出した。
燃える城の中心へ向かって。




