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第1話 A2の出走表

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回から、風見灯はA2として走ります。

B2からB1へ。

B1からA2へ。

そして初優勝。

ひとつの線に届いた灯ですが、水面はそこで優しくなってくれません。

A2になったことで、出走表の意味が変わります。

同じ4着でも、B1の時とは見られ方が変わります。

同じ2号艇でも、求められる着が変わります。

そして灯の前には、A1の選手たちが立ちはだかります。

静かに崩れないA1。

スタートで水面を締めるA1。

そして、師匠である三島沙耶もまた、同じ水面に立てば相手になります。

A2になった灯が浴びる、A級の洗礼。

ここから新しい水面が始まります。

出走表の中に、その文字はあった。

風見灯、A2。

灯は、しばらくそこから目を離せなかった。

A2。

何度もノートに書いた文字だった。

まだ遠いと思っていた線。

B1として残るために数字を見ていたら、いつの間にか上に現れていた線。

初優勝のあと、期別成績の掲示板で見た線。

72走。

勝率5.58。

2連対率34.72。

3連対率55.56。

A2昇級圏内。

正式な級別審査の発表を経て、その文字は現実になった。

風見灯。

A2。

嬉しくないはずがなかった。

B2の頃、B1という文字は遠かった。

B1になった時、A2という文字はもっと遠かった。

その文字が今、出走表の自分の名前の横にある。

灯は、ノートを開いた。

最初のページに、ゆっくり書く。

風見灯、A2。

書いた瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。

けれど、その熱は長く続かなかった。

次に浮かんだのは、沙耶の言葉だった。

A2は、上がったら終わりじゃない。

灯は、その下にもう一行書いた。

ここから、A2として見られる。

B1に上がった時も、見られる水面が始まった。

B2の新人ではない。

勝って上がってきたB1。

そう見られた。

でも、A2はまた違う。

A2は、もう「よく残した」だけでは足りない。

A2は、もう「拾えた」だけでは足りない。

A2なら、勝てるよね。

A2なら、逃げるよね。

A2なら、2着は取るよね。

A2なら、準優に乗るよね。

まだ走る前から、その目が灯の名前の横に置かれているようだった。

初めてA2として名前が載った斡旋は、一般戦だった。

けれど、出走表は軽くなかった。

灯は自分の初戦を確認した。

1号艇、雨宮琴葉。A1。

2号艇、風見灯。A2。

3号艇、三島沙耶。A1。

4号艇、皇怜奈。A1。

5号艇、宮沢菜々。B1。

6号艇、白川芽衣。B1。

灯は、指先を止めた。

2号艇。

A2としての初戦。

その内に、雨宮琴葉。

静かなA1。

派手に攻めるわけではない。

でも、崩れない。

インに入れば、何も起こさせないまま逃げる選手。

そして外に、三島沙耶。

師匠。

A1。

沙耶さんがいる。

その事実に、灯の胸は一瞬だけ緩みかけた。

けれど、すぐに違うと分かった。

沙耶は今日、隣にいてくれる人ではない。

灯の外にいるA1だ。

灯が見た水面を、沙耶も見る。

灯が差しに入ろうとすれば、その出口を沙耶が使う。

灯が迷えば、沙耶は前へ出る。

同じ水面に出れば、師匠も相手になる。

さらに4号艇には、皇怜奈。

スタートの女王。

4カドから水面全体を締めるA1。

皇が早ければ、2コースの灯は急がされる。

差し場を見る前に、外の圧を受ける。

灯は出走表を見つめた。

A2初戦。

2号艇。

内にA1。

外にA1。

さらに4カドにもA1。

出走表の中で、自分はA2になっている。

でも、その水面ではまだ、上に囲まれていた。

灯はノートに書いた。

2号艇。

A2初戦。

1号艇、雨宮琴葉さん。

静かなA1。

崩れない逃げ。

3号艇、沙耶さん。

師匠ではなく、外のA1。

4号艇、皇怜奈さん。

スタートの女王。

2着を欲しがりすぎない。

でも、4着でいい水面ではない。

そこまで書いて、灯はペンを止めた。

4着でいい水面ではない。

その言葉が、胸に残る。

B1の頃、6号艇から4着を拾った日は悪くなかった。

5着を4着にした日も、必要な数字だった。

でも今日は2号艇。

しかもA2としての初戦。

同じ4着でも、意味が違う。

それを、まだ走る前から理解してしまっている。

控室の空気は、いつもと少し違っていた。

A2になったからといって、誰かが特別に騒ぐわけではない。

それでも、何人かが灯に声をかけた。

「A2、おめでとう」

「初優勝も見たよ」

「これから忙しくなるね」

灯はそのたびに頭を下げた。

「ありがとうございます」

言葉は嬉しかった。

けれど、祝福の横にはすぐ水面がある。

おめでとうの次に出走表がある。

出走表の中には、A1が三人いる。

灯は、黒い2号艇のカポックを見た。

2号艇。

黒。

差す色。

残す色。

逃げる1号艇のすぐ外で、最初に水面を見る色。

そこへ沙耶が近づいてきた。

3号艇。

赤いカポックを持っている。

灯は自然に背筋を伸ばした。

「沙耶さん」

沙耶は、いつものように少しだけ笑った。

「A2初戦だね」

「はい」

「おめでとう」

その言葉は柔らかかった。

でも、沙耶の目は出走表を見ていた。

師匠の目ではなく、選手の目だった。

灯は、小さく頷いた。

「ありがとうございます」

沙耶は、2号艇の灯の欄を指で軽く叩いた。

「でも、今日からは少し違うよ」

「はい」

「B1の時は、拾った4着って言えた場所がある」

灯は、黙って聞いた。

「でもA2になると、同じ4着でも落とした4着になる場所がある」

その言葉は、以前に片瀬梨央から聞いた言葉と似ていた。

けれど、沙耶に言われると、もっと重かった。

「今日の2号艇は?」

灯は、出走表を見る。

1号艇、雨宮琴葉。

3号艇、三島沙耶。

4号艇、皇怜奈。

「4着では足りません」

灯が答えると、沙耶は頷いた。

「うん」

それだけだった。

慰めはない。

励ましもない。

A2としての事実だけが置かれた。

沙耶は赤いカポックを持ち直す。

「私も外にいる」

「はい」

「灯が差しに入るなら、私はその出口を見る」

「はい」

「迷ったら、先に使う」

灯は、息を止めた。

沙耶さんが、私の出口を使う。

それは当然のことだった。

同じ水面に出れば、師匠も相手になる。

それなのに、言葉にされると胸の奥が少し冷えた。

「はい」

灯は答えた。

沙耶は、ほんの少しだけ表情を緩めた。

「A2の出走表って、そういうこと」

そう言って、沙耶は離れていった。

灯はノートに書いた。

沙耶さん。

外のA1。

私の出口を見る。

迷ったら、先に使われる。

A2の出走表。

その言葉を書いた時、黒いカポックがさっきより重く見えた。

しばらくして、皇怜奈が通りかかった。

4号艇。

青。

スタートの女王。

皇は灯を見て、短く言った。

「A2、おめでとう」

「ありがとうございます」

「でも、スタートで迷うA2は外から見やすいよ」

灯は、返事が少し遅れた。

「はい」

皇は、それ以上言わなかった。

たった一言。

でも、それだけで十分だった。

4カドの皇怜奈は、灯が迷う瞬間を見る。

2号艇の灯が、雨宮の差し場を見るのか。

沙耶の出口を見るのか。

皇のスタートを怖がるのか。

その迷いを、外から見る。

灯はノートに書いた。

皇さん。

4カド。

スタートで全体を締める。

迷うA2は、外から見やすい。

展示航走の時間が近づいた。

灯は2号艇のカポックを手に取る。

黒。

A2初戦。

水面へ向かう通路で、灯は雨宮琴葉を見た。

1号艇。

白。

雨宮は静かだった。

大きな動きも、余計な言葉もない。

ただ、自分の水面を確かめるように、淡々と準備をしている。

その静けさが、逆に重かった。

雨宮は灯に気づくと、少しだけ会釈した。

「A2、初戦?」

灯は頷いた。

「はい」

「おめでとう」

「ありがとうございます」

雨宮は、穏やかに言った。

「でも、2号艇なら差し場は自分で狭くしちゃだめ」

灯は、その言葉で少しだけ目を見開いた。

雨宮はそれ以上言わない。

白いカポックを整え、水面へ向かった。

灯は、すぐにノートへ書きたい衝動に駆られた。

でも、もう展示の時間だった。

頭の中に残す。

2号艇なら、差し場は自分で狭くしちゃだめ。

6艇がピットを離れた。

1号艇、雨宮琴葉。

2号艇、灯。

3号艇、三島沙耶。

4号艇、皇怜奈。

5号艇、宮沢菜々。

6号艇、白川芽衣。

進入は枠なり。

1、2、3。

4、5、6。

灯は2コースに艇を置いた。

インの雨宮を見る。

起こしは静かだった。

乱れがない。

深くもない。

浅くもない。

そのまま、自分の逃げの形へ入っていく。

すぐ外に沙耶。

3コース。

灯の差しの出口を見ている。

さらに外に皇。

4カド。

起こしから、圧がある。

まだスリット前なのに、灯の水面が狭く感じる。

大時計。

スリット。

展示STは、雨宮が0.14。

灯が0.15。

沙耶が0.13。

皇が0.11。

皇が早い。

その瞬間、灯の差し場は「取る場所」ではなく「急がされる場所」になった。

1マークへ向かう。

雨宮が先に回る。

静かに、無駄なく。

出口を残しすぎない。

でも止まらない。

灯には差し場が見えた。

けれど、広くはない。

雨宮が自分で差し場を狭くしている。

沙耶が外から灯の出口を見る。

皇がさらに外から伸びてくる。

灯は差した。

深くはない。

でも、ほんの少し遅い。

雨宮の出口に入る前に、沙耶が灯の外へ艇を置いた。

皇の青い艇が、そのさらに外から伸びる。

灯は前を向けた。

でも、前に出るには足りない。

バックストレッチ。

1号艇、雨宮が前。

4号艇、皇が外から2番手へ伸びる。

3号艇、沙耶が3番手。

2号艇、灯は4番手。

展示を終えた時、灯は胸の奥が重くなるのを感じた。

4番手。

2号艇で4番手。

A2初戦の展示。

それは、思っていたより冷たい数字だった。

控室に戻ると、灯はすぐにノートを開いた。

展示。

2号艇。

ST 0.15。

雨宮さん0.14。

沙耶さん0.13。

皇さん0.11。

皇さんが早い。

4カドの圧。

1マーク。

雨宮さんの逃げ。

静か。

差し場を残しすぎない。

私は差し場を見た。

でも、雨宮さんに狭くされていた。

沙耶さんに出口を使われた。

皇さんに外から伸びられた。

4番手。

2号艇。

A2初戦。

4着の水面では足りない。

灯は、最後の一行を見つめた。

4着の水面では足りない。

これまでなら、展示で4番手でも、どう4着を拾うかを考えた。

もちろん、それは今も必要だ。

6着にしてはいけない。

5着に沈んではいけない。

でも、それだけでは足りない。

2号艇のA2として、何を取るべきか。

灯は、もう一度展開を書いた。

雨宮さん。

崩れない逃げ。

差し場を自分で狭くする。

沙耶さん。

私の出口を見る。

皇さん。

4カドから急がせる。

差し場だけ見ない。

差した後の出口。

沙耶さんに外を渡さない角度。

皇さんの伸びに飲まれない判断。

本番は、4着で止めるだけではない。

3着以上。

できれば2着。

そこまで書いて、灯はペンを止めた。

できれば2着。

その言葉も危うい。

欲しがれば、深くなる。

でも、欲しがらなければ、A2の2号艇として足りない。

数字を見る。

でも、数字で走らない。

水面を見る。

でも、欲しい着から目を逸らさない。

A2になって最初のレースから、その言葉が灯を試している。

本番の時間が来た。

灯は2号艇に乗り込む。

水面は展示より少し硬く見えた。

風は大きくない。

けれど、1マークの出口で艇が少し跳ねる。

6艇がピットを離れた。

進入は枠なり。

1、2、3。

4、5、6。

2コース。

灯は、インの雨宮を見る。

雨宮は変わらない。

展示と同じように、静かに起こす。

崩れない。

焦らない。

灯は、自分の呼吸を整える。

差し場を見る。

でも、差し場だけ見ない。

沙耶を見る。

皇を見る。

出口を見る。

大時計。

線の手前。

スリット。

雨宮が0.13。

灯が0.14。

沙耶が0.12。

皇が0.10。

皇が出た。

4カドの青が、スリットで水面を締める。

その瞬間、灯の身体が少しだけ急いだ。

差さなければ。

早く入らなければ。

皇に外から飲まれる。

沙耶に出口を使われる。

その気持ちが、ほんの少しだけ艇を深くした。

1マーク。

雨宮が先に回る。

静かに。

強くは見えない。

けれど、差し場がない。

いや、ある。

でも狭い。

灯は差した。

黒い艇が、雨宮の内側へ入る。

波を踏む。

艇が少し跳ねる。

前を向ける。

しかし、雨宮の出口は崩れない。

沙耶が外から灯の出口に艇を置く。

皇がさらに外から伸びてくる。

灯は、前を向けた。

でも、伸びる場所を先に使われていた。

バックストレッチ。

1号艇、雨宮が先頭。

4号艇、皇が外から2番手。

3号艇、沙耶が3番手。

2号艇、灯は4番手。

展示と同じ。

いや、本番の方がはっきりしていた。

A1三人が、灯の水面を先に使った。

灯は4番手で2マークへ向かう。

2着は遠い。

3着は、まだある。

沙耶の出口が少しだけ重く見えた。

内へ入れば、3着争いに絡める。

でも、深い。

深く入れば、自分が止まる。

宮沢に差される。

5着になる可能性がある。

B1時代なら、ここで4着を守る判断もあった。

5着を4着にする。

4着を落とさない。

でも今日は、A2の2号艇。

4着を守るだけでいい水面ではない。

灯は、艇を内へ向けた。

ただし、深く入らない。

沙耶の出口に合わせる。

前を向ける角度を残す。

波を踏む。

艇が跳ねる。

沙耶の赤い艇が少し前。

灯は並びかける。

しかし、沙耶は落とさない。

外へ逃がすでもない。

内を閉じるでもない。

灯が入ってきたぶんだけ、自分の出口を調整している。

A1。

沙耶さん。

灯の師匠。

そして、今日の相手。

バックへ出る。

沙耶が3番手。

灯は4番手のまま。

2周1マーク。

灯はもう一度沙耶を見る。

沙耶のターンは派手ではなかった。

けれど、灯が使いたい出口を先に消している。

皇は2番手で前を追う。

雨宮は逃げている。

大きな差ではない。

でも、崩れない。

灯は4番手。

後ろの宮沢は少し離れた。

5着に落ちる心配は薄くなった。

だからこそ、3着を取りに行きたい。

2周2マーク。

灯にはまた、沙耶の内が見えた。

入れるように見えた。

でも、沙耶の出口はもうそこにない。

灯が見えた時には、沙耶は次の水面へ艇を向けている。

見てからでは遅い。

何度も聞いた言葉が、また胸に戻る。

でも、今はもっと速い。

B1として消された水面ではない。

A2として、A1に先に使われる水面。

灯は、前を向けた。

追う。

ただし、届かない。

3周目。

灯は最後まで沙耶を追った。

差は詰まる。

でも、抜けない。

3周2マーク。

最後の仕掛けも、沙耶に受けられた。

ゴール。

1着、1号艇、雨宮琴葉。

2着、4号艇、皇怜奈。

3着、3号艇、三島沙耶。

4着、2号艇、風見灯。

5着、5号艇、宮沢菜々。

6着、6号艇、白川芽衣。

4着。

2号艇。

A2初戦。

灯は、モニターの数字を見つめた。

4着。

大きく崩れたわけではない。

5着にも6着にもしていない。

最後まで3着は追った。

でも、取れていない。

B1の頃なら、こう書いたかもしれない。

4着に残した。

悪くない。

けれど、今日はその言葉では足りなかった。

控室に戻ると、灯はノートを開いた。

2号艇。

A2初戦。

4着。

5着にはしなかった。

6着にもしていない。

でも、2号艇で4着。

A2としては足りない。

雨宮さんに差し場を狭くされた。

皇さんに外から急がされた。

沙耶さんに出口を使われた。

A1三人に、水面を先に使われた4着。

灯は、そこで手を止めた。

A1三人に、水面を先に使われた4着。

その言葉が、一番近かった。

拾った4着ではない。

残した4着でもない。

落とした4着。

使われた4着。

灯は、その一行を書き足した。

A2の2号艇。

落とした4着。

水面を先に使われた4着。

そこへ、沙耶が戻ってきた。

3着。

灯の前に残った選手。

師匠。

でも、今日の相手。

沙耶は、灯のノートを覗き込むわけではなく、少し離れた場所で言った。

「A2初戦、お疲れ」

灯は顔を上げる。

「お疲れさまでした」

「4着だったね」

「はい」

沙耶は、短く言った。

「A2の2号艇としては、足りないね」

灯は頷いた。

「はい」

その言葉は痛かった。

けれど、必要な痛さだった。

沙耶は続けた。

「でも、これがA2の出走表」

灯は、出走表を見る。

1号艇、A1。

3号艇、A1。

4号艇、A1。

自分は2号艇のA2。

「B1の時は、拾った4着って言えた場所があった」

沙耶は言った。

「でも今日の4着は、拾ったんじゃない」

灯は、ノートを握る。

沙耶は静かに続けた。

「A1三人に、水面を先に使われた4着」

灯は、自分が書いた言葉と同じ言葉を聞いて、胸の奥が少し震えた。

「はい」

「見えてはいた」

「はい」

「でも、見えた時には遅かった」

灯は頷いた。

「はい」

沙耶は、少しだけ表情を柔らかくした。

「A2になったら、そういうレースが増える」

灯は顔を上げる。

「はい」

「A1は、待ってくれない」

「はい」

「私も待たない」

その言葉は、優しかった。

でも、甘くはなかった。

灯は、静かに頭を下げた。

「ありがとうございました」

沙耶は頷いた。

「書きなさい」

「はい」

沙耶が離れたあと、雨宮琴葉が通りかかった。

1着。

静かに逃げ切ったA1。

雨宮は灯を見て、穏やかに言った。

「2号艇、難しいよね」

灯は立ち上がる。

「はい」

「でも、差し場は自分でも狭くする」

灯は、ノートに手を伸ばした。

雨宮は続けた。

「急いだ分だけ、艇が深くなる。深くなった分だけ、出口が重くなる」

灯は、すぐに書いた。

急いだ分だけ、艇が深くなる。

深くなった分だけ、出口が重くなる。

「皇さんのスタートで急がされました」

灯が言うと、雨宮は頷いた。

「うん。でも、急がされた時にどう残すかも、A2の仕事」

それだけ言って、雨宮は離れていった。

灯は、また書いた。

急がされた時にどう残すか。

A2の仕事。

少しして、皇怜奈が戻ってきた。

2着。

4カドから伸びて、雨宮を追った選手。

皇は灯を見ると、軽く言った。

「迷ってたね」

灯は頷いた。

「はい」

「スタートは悪くなかった」

「はい」

「でも、見てから差すか、受けるか決めてた」

灯は、息を止めた。

皇は、青のカポックを肩にかけたまま言った。

「A級だと、そこ見えるよ」

灯は、ノートに書いた。

見てから決めている。

A級だと、そこが見える。

皇はそれ以上言わなかった。

控室の音が少しずつ戻ってくる。

次のレースの準備。

整備の音。

誰かの会話。

場内放送。

水面は、灯のA2初戦で止まってはくれない。

灯はノートのページを見つめた。

A2の出走表。

そこには嬉しさがあった。

届いた線があった。

でも、そのすぐ隣に洗礼があった。

A1が三人。

その中に、沙耶もいた。

師匠が隣にいてくれるわけではない。

師匠が外から水面を奪いに来る。

雨宮が差し場を狭くする。

皇がスタートで急がせる。

沙耶が出口を使う。

灯は、その中で4着だった。

A2として、足りない4着。

灯は、ノートの最後にゆっくり書いた。

A2の出走表。

その文字は、嬉しいだけではない。

A2として見られる。

A2として消される。

A2として足りないと言われる。

今日の4着は、残した数字ではない。

落とした数字。

水面を先に使われた数字。

でも、見なかったことにはしない。

ここから、A2として書く。

灯はペンを置いた。

水面の音が、控室の向こうから聞こえている。

A2初戦。

2号艇。

4着。

それは、祝福ではなく洗礼だった。

出走表の中の「A2」という文字が、静かに灯を見ていた。

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