第13話 届かせるための2着
灯は、ノートの数字を見つめていた。
4着。
5着。
3着。
4着。
期末最終開催、ここまで4走。
崩れてはいない。
でも、届いてもいない。
その言葉が、今の灯には一番しっくりきた。
初戦は4着で残した。
2走目は5着で痛い数字を置いた。
3走目は3着で流れを止めた。
4走目は、入江真白に進入を壊されながら4着を残した。
沈んではいない。
けれど、B1の線に胸を張って届いたとは言えない。
まだ、足りない。
灯はペンを握り直した。
5走目。
2号艇。
その欄に、自分の名前があった。
1号艇、香坂瑠衣。B1。
2号艇、風見灯。B2。
3号艇、朝倉由芽。B2。
4号艇、倉科美波。A2。
5号艇、日向まどか。B1。
6号艇、小宮千晴。B1。
灯は、2号艇の欄をじっと見た。
2コース。
差し。
チャンスのある枠。
1号艇が残すなら2着。
1号艇の出口が甘ければ、差し切りまである。
B1へ届かせるためには、ここで大きな数字が欲しい。
2着。
できれば1着。
その言葉が、自然に胸の中へ浮かんだ。
同時に、3号艇の欄が目に入る。
朝倉由芽。
沈まない数字で、同じB1の線へ近づいている人。
勝ちは少ない。
でも、落とさない。
灯とは違う方法で、同じ線を見ている人。
そして4号艇には倉科美波。
A2。
カドから攻められる選手。
5号艇には日向まどか。
勝負駆けの水面で、着を拾う現実を知っている先輩。
この番組は、簡単ではない。
2号艇だから有利というだけではない。
1号艇を見すぎれば、4号艇に飲まれる。
差し切りを狙いすぎれば、3号艇の由芽に残される。
外を忘れれば、まどかに着を拾われる。
灯はノートに書いた。
2号艇。
2コース。
差し。
1号艇を見すぎない。
4号艇を忘れない。
3号艇の朝倉さんを外に置きすぎない。
勝ちに行く差しと、2着を残す差しは違う。
その最後の一行を書いた時、灯は自分の胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
勝ちに行く差し。
2着を残す差し。
今の自分に必要なのは、どちらなのか。
それは、まだ分からない。
水面を見なければ決められない。
控室で、由芽が静かに出走表を見ていた。
灯は少し迷ってから声をかけた。
「朝倉さん」
由芽が顔を上げる。
「風見さん」
「同じレースですね」
「はい」
由芽は短く頷いた。
「2号艇、いい枠ですね」
灯は、自分の名前が書かれた出走表を見た。
「はい。だから、落とせないです」
言ってから、少し強すぎる言葉だったと思った。
由芽は、責めるでもなく、静かに答えた。
「落とせないと思う時ほど、落とすことがあります」
灯は、胸を突かれたような気がした。
「朝倉さんも、ありますか」
「あります」
由芽は、迷わず言った。
「4着でいい水面で、3着を取りに行って5着になったことがあります」
その言葉は、由芽らしかった。
勝ちに行って沈む話ではない。
4着で残せる水面を、3着を欲しがって落とした話。
由芽にとっての勝負駆けの怖さが、そこにある。
灯はノートに書いた。
4着でいい水面で、3着を取りに行って5着になる。
由芽は、その文字を見て少しだけ表情を緩めた。
「私は、今日も沈まないようにします」
「私は……」
灯は言いかけて止まった。
勝ちたい。
そう言いたかった。
でも、その言葉だけでは足りない。
「私は、今日の水面を見ます」
由芽は頷いた。
「それが一番怖いです」
「怖い?」
「はい。水面を見ると、欲しい着が変わるので」
灯は、その言葉をしばらく考えた。
水面を見ると、欲しい着が変わる。
勝ちたいと思っていても、水面が2着を示す時がある。
3着を取りたいと思っていても、4着しか残らない時がある。
逆に、4着でいいと思っていたのに、勝つ水面が開く時もある。
それを見誤らないこと。
それが、今の灯に必要だった。
展示航走の時間が近づいた。
灯は2号艇のカポックを手に取る。
2号艇。
2コース。
差し。
目の前にあるのは、1号艇の香坂瑠衣。
堅実なB1。
大きく崩れない。
3号艇の由芽は、沈まない。
4号艇の倉科は、外から攻める。
5号艇のまどかは、着を拾う。
6号艇の小宮も、外から最後まで追ってくる。
灯は、自分のノートを閉じた。
ここは、数字だけで入る水面ではない。
6艇がピットを離れた。
1号艇、香坂瑠衣。
2号艇、灯。
3号艇、由芽。
4号艇、倉科美波。
5号艇、日向まどか。
6号艇、小宮千晴。
進入は枠なり。
1、2、3。
4、5、6。
灯は2コース。
起こし。
大時計。
2号艇の起こしは、内にいる分だけ線が近く感じる。
でも、ここで線ばかり見てはいけない。
1号艇の起こし。
3号艇の由芽。
4号艇の倉科。
1マーク。
差し場。
出口。
灯は、ひとつずつ置いた。
スリット。
展示STは0.16。
悪くない。
1号艇の香坂も置いていない。
3号艇の由芽も無理をしていない。
4号艇の倉科は、少し強く見える。
1マーク。
香坂が先に回る。
灯は2コースから差す。
差し場はある。
けれど、香坂の出口は残っている。
完全には開いていない。
ここを無理に深く差せば、艇が止まる。
その外から、倉科が攻めてくる。
由芽も出口を残している。
展示の灯は、差し切る水面を追いすぎなかった。
香坂の後ろへ入る。
2番手付近。
倉科が外から迫る。
由芽は3着争いに残る。
2マーク。
灯は2番手を守る水面を見る。
勝つ水面ではない。
でも、2着の水面ははっきりある。
控室に戻ると、灯はノートを開いた。
展示。
2号艇。
2コース。
ST 0.16。
1号艇の出口は残っている。
差し切る水面ではない。
でも、2着の水面はある。
4号艇倉科さんが外から来る。
3号艇朝倉さんも出口を残す。
勝ちに行きすぎれば、止まる。
2着を取り切る。
灯は、最後の一行を見つめた。
2着を取り切る。
勝つ、ではない。
取り切る。
今日の水面が、それを示している。
そこへ、まどかが覗き込むように言った。
「差し切れそう?」
灯は顔を上げた。
「1号艇の出口が残っていました」
「じゃあ、無理すると止まるね」
「はい」
「2着で大きいよ」
まどかは軽く言った。
「今の風見さんには、かなり大きい」
その言葉に、灯は頷いた。
「でも、勝ちたいです」
「そりゃそうでしょ」
まどかは笑った。
「でも、勝ちたい日ほど、2着の価値を間違えるから」
灯は、その言葉をノートに書き足した。
勝ちたい日ほど、2着の価値を間違える。
本番の時間が来た。
灯は2号艇に乗り込む。
水面の音が近づく。
このレースは、大きい。
勝てば、一気に近づく。
2着でも、今節の数字を大きく押し上げる。
3着でも残る。
けれど、4着以下なら、また苦しくなる。
灯は、大時計を見る前に、胸の中で言葉を整えた。
勝ちたい。
でも、勝ちたいだけで差さない。
今日の水面を見る。
6艇がピットを離れた。
進入は展示と同じ。
1号艇、香坂。
2号艇、灯。
3号艇、由芽。
4号艇、倉科。
5号艇、まどか。
6号艇、小宮。
1、2、3。
4、5、6。
2コース。
起こし。
大時計。
怖さはある。
でも、線へ寄りすぎてはいない。
スリット。
STは0.15。
悪くない。
1号艇の香坂も踏み込んでいる。
4号艇の倉科も遅れていない。
1マーク。
香坂が先に回る。
灯は差す。
水面が見える。
香坂の内。
出口。
差し場。
一瞬、頭まで届くように見えた。
胸が動く。
ここで深く差せば、勝てるかもしれない。
B1の線へ、一気に近づくかもしれない。
けれど、香坂の出口は残っている。
完全には開いていない。
そこを無理に差し切ろうとすれば、艇が止まる。
その外から倉科が来る。
由芽も残している。
まどかも、崩れた水面を拾う。
灯は、差しを深くしすぎなかった。
香坂の後ろへ入る。
2番手の水面。
そこを取る。
バックストレッチ。
1号艇、香坂が先頭。
2号艇、灯が2番手。
4号艇、倉科が3番手。
3号艇、由芽が4番手。
5号艇、まどか。
6号艇、小宮。
2番手。
灯は、位置を確認した。
勝ってはいない。
でも、2着にいる。
ここを取り切る。
2マーク。
香坂が先に回る。
灯は2番手。
倉科が外から迫る。
倉科はA2。
外からでも強い。
灯が少しでも出口を失えば、2着は消える。
由芽も4番手で沈まずについてきている。
灯は、2マークの差し場を見る。
香坂を追いたい。
1着が欲しい。
でも、倉科がいる。
ここで勝ちを追いすぎれば、2着を失う。
灯は、艇を止めなかった。
香坂を追いながら、倉科に差し場を渡さない。
出口を残す。
バックへ出る。
2番手を守る。
2周1マーク。
香坂は先頭。
灯は少しずつ差を詰めたい。
けれど、無理に入れる距離ではない。
倉科が後ろにいる。
由芽も4着の位置を守っている。
まどかも、まだ諦めていない。
灯は、自分に言い聞かせた。
届かせるための2着。
今日の水面は、それ。
2周2マーク。
倉科がもう一度迫る。
灯は内を渡しすぎない。
閉めすぎない。
出口を残す。
3周目。
手に力が入る。
勝てなかった悔しさは、もう胸の中に生まれていた。
でも、今はその悔しさを見る時ではない。
2着を取り切る。
最後の1マーク。
最後の2マーク。
灯は、最後まで香坂を追った。
けれど届かない。
それでも、倉科には渡さなかった。
ゴール。
1着、1号艇、香坂瑠衣。
2着、2号艇、風見灯。
3着、4号艇、倉科美波。
4着、3号艇、朝倉由芽。
5着、5号艇、日向まどか。
6着、6号艇、小宮千晴。
2着。
灯は、モニターを見た。
2号艇。
風見灯。
2着。
勝てなかった。
でも、大きい。
大きすぎるくらい、大きい2着だった。
控室に戻ると、灯はすぐにノートを開いた。
2号艇。
2コース。
2着。
1号艇の出口は残っていた。
差し切る水面ではなかった。
でも、2着の水面はあった。
勝ちに行きすぎれば、4号艇に飲まれる。
2着を残せば、数字は大きく押し上がる。
勝てなかった。
でも、届かせるための2着だった。
灯は、その最後の行をゆっくり見た。
届かせるための2着。
それは、勝てなかった言い訳ではない。
今日の水面で取るべき数字だった。
そこへ由芽が戻ってきた。
4着。
由芽はまた、沈まなかった。
灯が顔を上げると、由芽は静かに言った。
「2着、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「大きいですね」
「はい」
灯は、自分のノートを見た。
「でも、勝てませんでした」
由芽は、少しだけ首を横に振った。
「今日の風見さんは、2着を失いませんでした」
その言葉が、胸に残る。
2着を失わなかった。
由芽らしい見方だった。
勝てなかった、ではなく、2着を失わなかった。
灯は、ノートに書き足した。
2着を失わなかった。
少しして、三島沙耶が来た。
「大きい2着」
沙耶は短く言った。
灯は頷く。
「かなり近づけましたか」
「近づいた」
沙耶は、そこで一度言葉を切った。
「でも、近づいた時ほど落とす」
灯は思わず背筋を伸ばした。
「はい」
「次、6号艇だね」
「はい」
次走。
6号艇。
灯は、出走表を見た時から分かっていた。
2着のあとに、6号艇。
大きく押し上げたあとに、大外。
ここで6着を取れば、せっかくの2着が削られる。
「2着のあとに崩れないこと」
沙耶は言った。
勝ったあとに崩れない。
今は、押し上げたあとに崩れない。
灯はノートに書いた。
2着のあとに崩れない。
次のレースは、短く、しかし重かった。
6号艇。
6コース。
1号艇はA2。
3号艇が攻める。
4号艇が外から伸びる。
灯は大外から、崩れない水面を探すしかない。
勝つ水面ではない。
2着も遠い。
3着も簡単ではない。
でも、4着の水面はある。
5号艇の内。
4号艇の出口。
2マークの差し場。
灯は、展示でそれを確認した。
本番。
スリットは0.17。
置いていない。
越えていない。
1マークでは外から無理に入らない。
バックでは5番手。
2マークで5号艇の内へ入る。
4番手へ上がる。
3着は遠い。
追えば止まる。
灯は、4着を守った。
ゴール。
1着、1号艇。
2着、3号艇。
3着、4号艇。
4着、6号艇、風見灯。
5着、5号艇。
6着、2号艇。
控室に戻った灯は、ノートに短く書いた。
6号艇。
6コース。
4着。
2着のあと。
少しだけ、近づいた気がした。
でも、近づいたあとほど崩れる。
今日は勝つ水面ではなかった。
でも、4着の水面はあった。
2着のあとに、落とさなかった。
この4着は、派手ではない。
けれど、灯には分かった。
さっきの2着を意味あるものにする4着だった。
2着を取って、次で6着を取れば、流れはまた沈む。
でも、4着で残した。
近づいたあとに、崩れなかった。
その日の終わり、灯はもう一度出走表を見た。
4日目。
7走目。
1号艇。
自分の名前が、1号艇の欄にあった。
1号艇、風見灯。B2。
2号艇、橘由衣。A2。
3号艇、日向まどか。B1。
4号艇、朝倉由芽。B2。
5号艇、遠野紗季。B1。
6号艇、若宮梨央。B1。
1号艇。
イン。
灯は、胸の奥が強く鳴るのを感じた。
勝ちたい。
今度こそ、勝ちたい。
2号艇で2着。
6号艇で4着。
B1の線は、かなり近づいている。
ここで1号艇から勝てば、一気に届くかもしれない。
いや、届く。
そう思いたくなる。
でも、2号艇にはA2の橘由衣。
差しが鋭い。
3号艇にはまどか。
4号艇には由芽。
外には着を拾う選手たちがいる。
インだから勝てる、ではない。
勝たなければならない、でもない。
水面を見なければならない。
灯はノートに書いた。
1号艇。
勝ちたい。
でも、勝ちたいだけで先に回らない。
1マーク。
2号艇の差し。
3号艇まどかさん。
4号艇朝倉さん。
先に回る。
出口を残す。
勝つ水面。
悪くても2着。
書いてから、灯は手を止めた。
悪くても2着。
その言葉に、自分の弱さが見えた。
勝ちたいのに、どこかで保険を書いている。
でも、それも勝負駆けだった。
1号艇で6着になるわけにはいかない。
Fも、絶対にない。
勝ちたい。
でも、壊れてはいけない。
展示。
灯は1コース。
線が近い。
内にいる分、怖さが違う。
逃げなければならないという圧がある。
スリットは0.14。
悪くない。
1マーク。
先に回る。
しかし、2号艇の橘の差しが鋭い。
出口で並ばれる。
展示の段階で、灯は感じた。
橘さんの差しは、かなり来る。
本番。
進入は枠なり。
1、2、3。
4、5、6。
灯は1コース。
大時計。
胸が熱い。
勝ちたい。
勝てば、B1の線へ一気に届く。
でも、皇怜奈の言葉が戻る。
怖いから、手前に置く。
沙耶の言葉も戻る。
数字は見る。でも、数字だけで走らない。
スリット。
STは0.13。
灯は置いていない。
1マーク。
先に回る。
艇を返す。
出口を残す。
逃げる水面。
ある。
けれど、2号艇の橘が差してきた。
鋭い。
灯の出口のわずかな重さを、橘は逃さなかった。
内から伸びてくる。
バックストレッチ。
2号艇、橘由衣がわずかに前。
1号艇、灯が2番手。
灯は息を呑んだ。
差された。
1号艇で。
勝てなかった。
その事実が、一瞬胸を刺す。
でも、まだ2着がある。
3号艇のまどか。
4号艇の由芽。
外から追ってくる。
ここで気持ちが切れたら、2着も失う。
灯は2マークを見る。
橘を追う。
でも、深く入ればまどかに差される。
由芽にも残される。
灯は、2着の水面を守った。
2周1マーク。
橘が先頭。
灯が2番手。
由芽が3番手争いに上がってくる。
まどかが4番手。
灯は前を追いたい。
1着を取り返したい。
でも、距離が少し遠い。
無理に内へ入れば止まる。
灯は、2着を取り切る判断をした。
悔しい。
でも、ここを落とせない。
2周2マーク。
由芽が3番手で沈まず追ってくる。
灯は差し場を渡さない。
出口を残す。
3周目。
1号艇で2番手を走る景色は、苦かった。
勝てなかった悔しさが、ずっと胸にある。
でも、灯は艇を止めなかった。
ゴール。
1着、2号艇、橘由衣。
2着、1号艇、風見灯。
3着、4号艇、朝倉由芽。
4着、3号艇、日向まどか。
5着、5号艇、遠野紗季。
6着、6号艇、若宮梨央。
灯は、モニターを見た。
1号艇。
風見灯。
2着。
数字としては大きい。
大きすぎるほど大きい。
でも、悔しい。
インで勝てなかった。
その悔しさが、2着の価値と同じくらい胸に残った。
控室に戻ると、灯はしばらくノートを開けなかった。
手が止まっていた。
勝てなかった。
その言葉だけが先に来る。
そこへ、由芽が戻ってきた。
「2着、お疲れさまでした」
灯は顔を上げる。
「朝倉さんは3着でしたね」
「はい」
由芽は静かに頷いた。
「沈みませんでした」
その言い方に、灯は少しだけ笑いそうになった。
由芽は、由芽の水面を走っている。
4号艇から3着。
また沈まなかった。
灯は、自分の2着を見る。
「私は、勝てませんでした」
由芽は少しだけ考えてから言った。
「でも、落としませんでした」
灯は、胸の奥が少しだけ揺れた。
落とさなかった。
確かにそうだった。
インで差されたあと、気持ちが切れていれば、3着にも4着にもなったかもしれない。
でも、2着を残した。
灯はノートを開いた。
1号艇。
1コース。
2着。
勝てなかった。
インで勝てなかった。
2号艇の差しが鋭かった。
差されたあと、気持ちが切れそうになった。
でも、2着を残した。
B1の線へ大きく近づく2着。
悔しい。
でも、落とさなかった。
灯は、そのページを見つめた。
悔しい2着。
届かせるための2着。
今日だけで、2本の2着。
そして6号艇の4着。
今節の数字を、灯は改めて書き出した。
4着。
5着。
3着。
4着。
2着。
4着。
2着。
7走終了。
B1の線は、もう目の前にあった。
けれど、まだ届いたとは言えない。
確定ではない。
最終日に2走残っている。
8走目。
9走目。
そこで落とせば、遠のく。
そこで残せば、届く。
そして最後に勝てば、届かせられる。
三島沙耶が、灯のノートを見て言った。
「かなり近づいたね」
灯は頷いた。
「でも、勝てませんでした。1号艇で」
「うん」
沙耶は否定しなかった。
「悔しいです」
「それでいい」
灯は顔を上げる。
沙耶は静かに続けた。
「2着の価値を分かった上で、勝てなかった悔しさも持っておけばいい」
灯は、胸の中でその言葉を受け取った。
2着の価値。
勝てなかった悔しさ。
どちらかだけではない。
両方を見る。
全部見る。
「残り2走」
沙耶は言った。
「はい」
「守るだけで届くと思う?」
灯は、すぐには答えられなかった。
今の成績なら、守って届くかもしれない。
4着を2本並べれば、あるいは届くかもしれない。
でも、胸の奥に残っているものがある。
1号艇で勝てなかった悔しさ。
2号艇で差し切れなかった悔しさ。
勝ちたい気持ち。
それを、ただ危ないものとして閉じ込めるだけでは、灯らしくない。
灯は、ゆっくり答えた。
「守るだけでは、届かない気がします」
沙耶は、少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ、どうする?」
灯はノートを見る。
4着。
5着。
3着。
4着。
2着。
4着。
2着。
残り2走。
最終日。
その最後に、9走目がある。
灯は、ペンを取った。
守るだけでは、届かない。
最後は、勝って届かせる。
書いた文字を見て、灯の胸の奥が熱くなった。
勝ちたい。
今度は、その気持ちを隠さなかった。
ただし、勝ちたい気持ちで線へ寄らない。
勝ちたい気持ちで深く入らない。
勝つために見る。
勝つために待つ。
勝つために、線の手前へ置く。
灯はノートの最後に書いた。
期末最終開催、7走終了。
4着。
5着。
3着。
4着。
2着。
4着。
2着。
B1の線は、もう目の前にある。
でも、まだ届いたとは言えない。
残り2走。
最終日。
8走目で残す。
9走目で勝つ。
守るだけでは、届かない。
最後は、勝って届かせる。
灯はペンを置いた。
水面の音が、まだ耳の奥に残っている。
差された悔しさも、2着の重さも、由芽の3着も、沙耶の言葉も、全部が胸の中にあった。
最終日。
B1の線へ届くための最後の水面が、もうすぐ来る。




