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水面に灯る 〜落ちこぼれ女子レーサー、SGの頂点へ〜  作者: 水瀬航
第4章 勝つ水面、戻る水面
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第4話 同じ水面の先

初めて四着を取ったあとも、灯の胸は落ち着かなかった。

六着ではなかった。

五着でもなかった。

前に二艇を置いた。

最後の二マークでは、三号艇の内が見えた。

艇を入れた。

一瞬だけ並んだ。

けれど、届かなかった。

三着まで、あと一艇。

その言葉が、ノートの上で重く残っていた。

灯は控室の隅で、何度もその行を見返していた。

四着は嬉しい。

でも、悔しい。

三着まで、あと一艇。

その一艇の先に、舟券に絡む水面がある。

五着を取った時とは違う。

あの時は、六着ではなかったことが嬉しかった。

今は違う。

四着なのに、三着ではないことが悔しい。

悔しさの場所が変わってきた。

日向まどかにそう言われた時、灯はまだよく分かっていなかった。

けれど、今は少しだけ分かる。

自分は、もうただ六着から逃げたいだけではなくなっている。

前に行きたい。

三着に届きたい。

自分の艇番を、結果の中に入れたい。

その気持ちがある。

だから怖い。

欲しがれば、崩れる。

前を見すぎれば、六着に戻る。

それも、もう知っている。

灯はノートに新しいページを開いた。

次の出走表。

五号艇。

風見灯。

そして、三号艇の欄に、三島沙耶の名前があった。

三島沙耶。

A2。

同じレース。

灯は、その名前を見た瞬間、背筋が伸びた。

三島さんと、同じ水面を走る。

今までも、同じ開催にいることはあった。

同じ控室でノートを見てもらったこともある。

レースを見たこともある。

けれど、同じレースで走るとなると、意味が違った。

同じ一マークへ向かう。

同じ波を受ける。

同じスリットに立つ。

同じ水面の上で、三島沙耶が何を見ているのか。

それを、後ろから見ることになる。

灯は出走表を書き写した。

一号艇、B1。

二号艇、B1。

三号艇、三島沙耶、A2。

四号艇、B1。

五号艇、風見灯、B2。

六号艇、B2。

進入は、おそらく枠なり。

一、二、三。

四、五、六。

三島は三コース。

灯は五コース。

三島は、灯より二つ内側にいる。

一マークに近い。

水面の中心に近い。

灯は、ペンを握った。

見る二艇。

四号艇。

六号艇。

五コースの灯にとって、四号艇はすぐ内側の攻め手。

六号艇は外から来る艇。

そこを見る。

それが、自分の水面。

けれど、どうしても三号艇の名前が視界に入る。

三島沙耶。

三島さんを見たい。

三島さんがどう動くのか、見たい。

でも、三島だけを見ていたら、自分のレースを失う。

灯はノートに書いた。

三島さんを見すぎない。

自分の水面を見る。

四号艇。

六号艇。

ただし、三島さんの動きは残す。

書いてから、少しだけ困った。

自分で書いていて、難しいと思った。

見すぎない。

でも、残す。

そんなことができるのか。

「難しい顔してるね」

声がした。

日向まどかだった。

灯は顔を上げる。

「次、三島さんと同じレースです」

「うん。見た」

まどかは出走表を覗く。

「五号艇か。三島さんは三号艇」

「はい」

「見ちゃうね」

灯は小さく頷いた。

「見たいです。でも、見すぎたら自分の水面を失いそうで」

「それはそう」

まどかは軽く言った。

「三島さんを追いかけると、風見ちゃんの艇はたぶん遅れる」

灯はノートを見る。

「でも、見たいです」

「うん。それも大事」

まどかは少しだけ真面目な顔になった。

「同じレースで上の人を見るのって、かなり勉強になるよ。でも、真似しようとすると沈む」

「真似しない」

「そう。見る。でも真似しない。感じる。でも自分の形を崩さない」

灯は、そのままノートに書いた。

見る。

でも真似しない。

感じる。

でも自分の形を崩さない。

「日向さんは、三島さんと走ったことありますか」

「あるよ」

「どうでしたか」

まどかは少しだけ笑った。

「嫌だった」

灯は驚いて顔を上げた。

「嫌だったんですか」

「うん。嫌だった」

まどかはモニターを見ながら言った。

「こっちが見えてから動こうとするところに、三島さんはもう艇を置いてる。だから、こっちが入ろうと思った時には、もう遅い」

灯は、前回の三島の言葉を思い出した。

三着の艇が崩れてから動くのでは遅い。

崩れる可能性のある場所に、先に準備する。

「見えてからでは遅い……」

灯が呟くと、まどかは頷いた。

「三島さんは、そこが上手いと思う」

その時、三島沙耶が近づいてきた。

「風見さん」

灯はすぐに姿勢を正した。

「はい」

「次、同じレースだね」

「はい。よろしくお願いします」

三島は灯のノートを見た。

「見る二艇は?」

「四号艇と六号艇です」

「三号艇は?」

灯は少しだけ言葉に詰まった。

「見たいです。でも、見すぎないようにします」

三島は短く頷いた。

「それでいい」

灯は、少しだけほっとした。

三島は続ける。

「私を見るなら、結果じゃなくて準備を見て」

「準備、ですか」

「うん。どこに艇を向けるか。どこを捨てるか。どこを残すか」

灯はペンを取った。

三島は言った。

「一マークだけ見ても、たぶん分からない。そこに入る前の位置を見て」

灯はノートに書く。

三島さんを見るなら、結果ではなく準備を見る。

どこに艇を向けるか。

どこを捨てるか。

どこを残すか。

三島は出走表へ目を落とした。

「この番組、一号艇はインから行く。二号艇は差し。四号艇はカドから攻める」

「はい」

「私は三コース。まくるか、差すか、まくり差すか。形は一マークで変わる」

灯は頷いた。

「でも、最初から全部を取りに行くわけじゃない」

三島の声は淡々としていた。

「勝つために、残す」

灯はその言葉を見つめた。

勝つために、残す。

朝倉由芽は、沈まないために残す。

日向まどかは、拾うために残す。

三島沙耶は、勝つために残す。

同じ「残す」でも、意味が違う。

灯は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

「風見さん」

「はい」

「自分のレースをしなさい」

灯は顔を上げた。

三島は灯をまっすぐ見ていた。

「私を見すぎて沈んだら、それは見たことにならない」

「はい」

「見たものを、自分の水面に戻す」

灯は小さく頷いた。

「はい」

展示航走の時間が来た。

灯は五号艇に乗り込んだ。

三島は三号艇。

ピットの空気が少し変わる。

同じ水面。

同じレース。

三島さんと一緒に走る。

緊張で指先が硬くなる。

けれど、灯は自分に言い聞かせた。

四号艇。

六号艇。

自分の水面。

六艇がピットを離れた。

一号艇が内へ向かう。

二号艇。

三号艇、三島。

四号艇。

五号艇、灯。

六号艇。

進入は枠なり。

一、二、三。

四、五、六。

灯は五コース。

三島は三コース。

展示の起こし。

スリットへ向かう。

三島は大きく出ているわけではなかった。

スタート展示だけ見れば、特別に目立つわけではない。

けれど、一マークへ向かう位置が違った。

二号艇の差しを受けすぎない。

四号艇の攻めに潰されない。

一号艇の出口が重くなった時に、入れる場所を残している。

灯は、思わず見入った。

速い、というより。

無駄がない。

艇が余計な場所にいない。

見ているだけで、自分の艇が遅れそうになる。

灯は慌てて視線を戻した。

四号艇。

六号艇。

展示の一マーク。

一号艇が先に回る。

二号艇が差す。

三島は三コースから握るように見えた。

だが、握り潰しに行かない。

二号艇の差しを完全に潰すわけでもない。

外の四号艇と正面からやり合うわけでもない。

二号艇と四号艇の間にできる水面へ、艇を向けていた。

灯は五コースからそれを見た。

三島が動いた時には、もう出口があった。

見えてから入ったようには見えない。

最初から、そこへ艇が向いていた。

灯は四号艇の外を受けながら、六号艇に飲まれない位置を探した。

三島を見たい。

でも、今は自分の艇を止めない。

四号艇の波を受けすぎない。

六号艇に外から被されない。

二マーク。

展示では、三島が一号艇の後ろに近づく。

一号艇が少し出口で重い。

三島はその内を見ていた。

いや、見ていたというより、もう艇の向きがそこへ向いていた。

灯は息を呑んだ。

これが、準備。

展示を終えて控室へ戻ると、灯はすぐにノートを開いた。

展示。

三島さん。

三号艇。

スタートは目立って速いわけではない。

でも一マークまでの位置が違う。

二号艇を受けすぎない。

四号艇に潰されない。

出口を残している。

二号艇と四号艇の間。

見えてから入ったのではない。

先に艇が向いていた。

そこまで書いて、灯は自分の展示も書いた。

自分。

五号艇。

五コース。

四号艇と六号艇を見る。

三島さんを見すぎると遅れる。

四号艇の波を受けすぎない。

六号艇に飲まれない。

自分の出口を残す。

三島が戻ってきて、灯のノートを見た。

「見すぎたね」

灯は少し肩を落とした。

「はい」

「でも、戻れてた」

「戻れてましたか」

「うん。展示なら悪くない」

三島は短く言った。

「本番はもっと速い。私を見る時間は展示より少ない」

「はい」

「見たいなら、一瞬で見る。そのあとは自分の艇」

灯は頷いた。

「一瞬で見る。そのあとは自分の艇」

三島は少しだけ表情を緩めた。

「そう」

本番の時間が近づいた。

灯は五号艇のカポックを締め直す。

胸は重い。

でも、ノートの中には見る場所がある。

四号艇。

六号艇。

一瞬だけ、三島の準備を見る。

そのあとは、自分の水面。

六艇がピットを離れた。

進入は展示と同じ。

一号艇。

二号艇。

三号艇、三島。

四号艇。

五号艇、灯。

六号艇。

五コース。

灯は深く息を吸った。

起こし。

エンジン音が変わる。

スリットへ向かう。

一号艇は遅れない。

二号艇も差し構え。

三島は三コースから半艇身ほど覗く。

四号艇がカドから仕掛ける気配。

灯は五コース。

六号艇が外から伸びてくる。

全部が見える。

全部が気になる。

でも、灯は戻る。

四号艇。

六号艇。

その視界の端に、三島がいる。

一マーク。

一号艇が先に回る。

二号艇が差しに入る。

三島は、握るか差すかの間にいるように見えた。

一瞬、灯には三島が止まったように見えた。

けれど、違った。

三島は待っていたのではない。

選んでいた。

二号艇の差し。

四号艇の攻め。

一号艇の出口。

その全部の間にできる水面。

三島はそこへ艇を置いた。

強引にまくらない。

差し場に深く入りすぎない。

外から来る四号艇にも付き合いすぎない。

二号艇と四号艇の間。

三島の艇が、そこへ滑る。

まくり差し気味に入って、出口を残す。

バックストレッチ。

三島は二番手に上がっていた。

先頭は一号艇。

二号艇が三番手。

四号艇が少し外へ流れる。

灯は、その四号艇の後ろにいた。

一マークで、灯は三島を見すぎなかった。

見た。

でも、戻った。

四号艇。

六号艇。

四号艇は攻めた分、出口が重い。

六号艇は外から迫る。

灯は外へ張りすぎない。

内へ落としすぎない。

四号艇の波を受けすぎず、六号艇に飲まれない位置へ艇を置く。

バックでは五番手。

前に四号艇。

後ろに六号艇。

沈んでいない。

でも、前も遠い。

二マーク。

先頭の一号艇が少し出口で重くなる。

三島はその後ろ。

一号艇が流れた。

その瞬間、三島の艇はもう内へ向いていた。

灯には、はっきり見えた。

見えてから入ったのではない。

流れる前から、そこへ向いていた。

三島が差す。

二マークの出口で、一号艇に並ぶ。

バックに出る。

三島が前へ出た。

先頭。

灯の胸が震えた。

同じ水面だった。

同じ一マーク。

同じ二マーク。

なのに、三島は一号艇が流れる前から、次の出口を持っていた。

灯は、四号艇を追う。

二マークで四号艇が少し膨らむ。

灯は内を見る。

入れる。

ただし、深く入れば止まる。

六号艇が外から来る。

灯は三島を見たい気持ちを切った。

自分の水面。

四号艇。

六号艇。

灯は四号艇の内へ艇を向ける。

波を踏む。

艇が跳ねる。

出口で止めない。

四号艇に並ぶ。

バックで四号艇の前に出た。

四番手。

第3話に続いて、また四番手。

前には二号艇。

三着。

三島は先頭を走っている。

灯は四番手を走っている。

同じ水面にいる。

でも、見ている先が違う。

二周一マーク。

三島は先頭で艇を返す。

無理に突き放すようなターンではない。

出口を残す。

追ってくる一号艇の差し場を消す。

二号艇の攻めを受けすぎない。

先頭でも、三島の艇は雑にならない。

灯は四番手。

前の二号艇との差は少しある。

三着が見える。

けれど遠い。

四号艇と六号艇もまだ後ろにいる。

ここで三着だけを見れば、後ろに飲まれる。

灯は由芽の言葉を思い出した。

四着を残す。

三着を狙う形を作る。

今は、四着を崩さない。

二周二マーク。

二号艇が少し外へ膨らむ。

灯は内を見た。

少しだけ見えた。

でも、遠い。

突っ込めば届くかもしれない。

いや、止まれば四号艇に差される。

灯は一瞬だけ迷った。

その迷いの間に、二号艇の出口は残った。

三着には届かない。

でも、四着は残せる。

灯は艇を止めない方を選んだ。

三周目。

三島は先頭。

一号艇が追うが、届かない。

二号艇が三番手。

灯は四番手。

最後の一マーク。

灯は二号艇を追った。

差は少し詰まる。

でも、まだ届かない。

最後の二マーク。

二号艇の内が少し見えた。

だが、三島の言葉が胸に残る。

見えてからでは遅い。

今見えた水面は、もう遅い。

灯は無理に深く入らなかった。

四着を残す。

出口を残す。

四号艇を後ろに置く。

ゴール。

一着、三号艇、三島沙耶。

二着、一号艇。

三着、二号艇。

四着、五号艇、風見灯。

五着、四号艇。

六着、六号艇。

三島沙耶、一着。

風見灯、四着。

灯はモニターを見た。

また四着。

三着には届かなかった。

けれど、前回とは違う。

同じレースで、三島が勝った。

同じ水面で、自分は四着を残した。

その差が、痛いほど見えた。

控室へ戻ると、三島が先にヘルメットを置いていた。

灯は頭を下げる。

「お疲れさまでした。一着、おめでとうございます」

「ありがとう」

三島は短く答えた。

「風見さんも、四着」

「はい」

「残したね」

灯は少しだけ息を呑んだ。

残した。

由芽の言葉と同じだった。

「でも、三着には届きませんでした」

「うん」

三島は否定しない。

「三島さんは、一着でした」

「私は一着を取りに行った。風見さんは四着を残した」

灯は、ノートを開いた。

「同じ水面なのに、見えている場所が違いました」

三島は少しだけ沈黙した。

それから言った。

「違うよ」

灯は小さく頷いた。

分かっている。

三島とは、まだ違う。

見ている場所も、準備も、艇の置き方も、全部違う。

でも、三島は続けた。

「でも、風見さんも前より見えてる」

灯は顔を上げた。

「見えてますか」

「見えてる」

三島ははっきり言った。

「一マークで私を見すぎなかった。四号艇と六号艇に戻った。二マークで四号艇を拾った。三着を欲しがりすぎず、四着を残した」

灯は、ノートに書き始める。

三島沙耶。

三号艇。

三コース。

一着。

一マーク。

無理に全部を取らない。

二号艇と四号艇の間に出口を残す。

二マーク。

一号艇が流れる前から艇が向いていた。

見えてから入ったのではない。

見える前から、入る準備をしていた。

続けて、自分のレースを書く。

風見灯。

五号艇。

五コース。

四着。

三島さんを見すぎない。

四号艇と六号艇に戻る。

二マークで四号艇を拾う。

四着を残す。

三着には届かない。

三島さんと同じ水面にいた。

でも、見ていた先が違った。

灯はそこでペンを止めた。

三島はノートを見て、静かに言った。

「大事なのは、そこ」

「ここですか」

「同じ水面にいた。でも、見ていた先が違った」

灯は頷く。

「はい」

「じゃあ次は、どこを見ればいいか考える」

「三着の艇が崩れる前から、準備することですか」

「そう」

三島は言った。

「三着を取るには、三着の艇が崩れてから動くんじゃ遅い。今日の私も、二マークで一号艇が流れてから考えたわけじゃない」

灯は、レースを思い返した。

一号艇が流れた。

その時には、三島の艇はもう向いていた。

あれは反応ではない。

準備だった。

「見えてから入るのは遅い」

灯が言うと、三島は頷いた。

「入れるかもしれない場所に、先に艇を向けておく」

灯はノートに書く。

見えてから入るのは遅い。

入れるかもしれない場所に、先に艇を向けておく。

それができないと、三着も一着も取れない。

三島は、それを見て短く言った。

「それでいい」

灯は、胸の中でその言葉を繰り返した。

それでいい。

まだできない。

でも、書けた。

見えた。

同じ水面で、その差を体感した。

まどかが近づいてきた。

「風見ちゃん、また四着」

「はい」

「数字、積んだね」

その言い方が、由芽の言葉に似ていて、灯は少し笑った。

「そう、なんでしょうか」

「そうだよ。三島さんと同じレースで四着残した。悪くない」

由芽も近くに来て、静かに頷いた。

「四着、残しましたね」

灯は、少しだけ照れた。

「ありがとうございます。でも、まだ三着には届きません」

由芽は言った。

「でも、四着を残せるレースが増えたら、三着に届くレースも増えると思います」

三島も頷いた。

「朝倉さんの言う通り。残せない選手は、絡めない」

灯は、その言葉をノートに書いた。

残せない選手は、絡めない。

灯は、改めてモニターを見た。

結果が表示されている。

一着、三号艇、三島沙耶。

四着、五号艇、風見灯。

同じレース。

同じ水面。

でも、届いた場所が違う。

それでも、今の灯には、この四着が必要だった。

三島の凄さを同じ水面で見た。

自分は沈まなかった。

三着には届かなかった。

でも、三着に届くために何が足りないのか、少しだけ見えた。

灯はノートの最後に書いた。

同じ水面の先。

三島さんは、流れる前から準備していた。

私は、見えてから迷った。

次は、崩れる前から準備する。

書き終えた時、灯の中に悔しさが残っていた。

でも、それは前よりも具体的だった。

ただ届かない悔しさではない。

何が違うのかを見た悔しさ。

同じ水面に立ったからこそ分かった差。

その差は遠い。

でも、もう見えない差ではなかった。

三島が立ち上がる。

「風見さん」

「はい」

「今日の四着は、悪くない」

灯は顔を上げた。

「はい」

「でも、次は三着を取りに行きなさい」

胸の奥が、静かに鳴った。

初めて四着を取った時にも言われた。

でも、今は少し違う意味に聞こえる。

三着の背中を見るだけではない。

三着を取る準備をする。

崩れてからではなく、崩れる前から。

灯は深く頷いた。

「はい。三島さん」

水面は、また次のレースへ進んでいる。

三島の一着も、灯の四着も、すぐに次の結果に押し流されていく。

けれど、灯のノートには残った。

同じ水面にいたこと。

同じ水面で、見ている先が違ったこと。

そして、その先へ進むために必要な言葉。

見えてからでは遅い。

灯はノートを閉じた。

次に見るのは、三着の背中ではない。

三着に届くための、ひとつ前の水面だった。

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