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水面に灯る 〜落ちこぼれ女子レーサー、SGの頂点へ〜  作者: 水瀬航
第4章 勝つ水面、戻る水面
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第2話 数字を積む人

朝倉由芽は、控室の隅で小さなメモ帳を開いていた。

灯のノートとは違う。

灯のノートには、レースの水面が書かれている。

誰が握った。

誰が差した。

自分はどこで迷った。

どの波で艇が跳ねた。

出口でなぜ止まった。

けれど、由芽のメモ帳に並んでいるのは、もっと短い言葉と数字だった。

一着。

二着。

三着。

四着。

五着。

六着。

勝率。

三連対率。

事故点。

出走回数。

灯は、思わずその手元を見てしまった。

由芽が顔を上げる。

「気になりますか?」

灯は慌てて目を逸らした。

「すみません。見ようとしたわけじゃ……」

「大丈夫です。見られて困るものじゃないので」

由芽はそう言って、メモ帳を閉じなかった。

灯は少し迷ってから聞いた。

「朝倉さんは、いつも成績をつけてるんですか」

「つけてます」

由芽は迷わず答えた。

「残るので」

「残る……」

「勝ったことも、沈んだことも、全部残ります」

由芽の声は穏やかだった。

けれど、その言葉には妙な重さがあった。

水面は流れる。

レースが終われば、波は消える。

次の展示が始まり、次の艇が走る。

けれど、数字は残る。

一着も。

五着も。

六着も。

勝率の中に残る。

級別の中に残る。

灯は、前の開催の自分の数字を思い出した。

六、六、六、六、五、六、五。

ノートの中では、その一つ一つに意味があった。

でも、成績表では数字だけだった。

その数字だけが、級別へ残る。

「私は、水面を書くことが多いです」

灯は言った。

「どこが空いたかとか、どこで遅れたかとか」

「それも大事だと思います」

由芽はすぐに答えた。

「私、灯さんみたいには見えないので」

灯は驚いて由芽を見た。

「私みたいには?」

「前の開催のリプレイ、少し見ました。六コースから五着を取ったレース」

灯の胸が少し跳ねる。

自分のレースを、誰かが見ていた。

しかも、同じB2の選手が。

「見られてたんですね」

「はい」

由芽は淡々と言った。

「二マークで五号艇の内を見てましたよね。少し遅れたけど、出口が残ってた」

灯は言葉を失った。

それは、灯がノートに書いたことだった。

五号艇を見る。

内へ入る。

引き波で跳ねる。

でも、出口が残った。

初めて一艇を前に置いた。

由芽は、それを数字だけでなく、レースとして見ていた。

「朝倉さんも、水面を見てるじゃないですか」

灯が言うと、由芽は小さく首を振った。

「見えているというより、残る形を探してます」

「残る形?」

「沈まない形です」

その言葉は、日向まどかの言葉と重なった。

沈まない場所に艇を置く。

拾える場所にいないと、何も拾えない。

由芽はメモ帳を見ながら続けた。

「私は勝ち切れないので」

その声には、少しだけ悔しさが混じっていた。

「だから、勝てない時にどう残すかを考えます」

灯は黙った。

勝ち切れない。

由芽はそれを、言い訳ではなく事実として口にした。

弱気ではない。

自分の現状を見ている。

そのうえで、何を残すかを考えている。

灯は、自分のノートを開いた。

五着の先。

三着の水面。

B1への数字。

前のページに書いた言葉が並んでいる。

そのどれもが、まだ遠い。

けれど、由芽はその遠い場所を、数字として見ている。

「朝倉さんは、今日出走ありますか?」

「あります。次の次です」

由芽は出走表を見せた。

五号艇。

朝倉由芽。

級別、B2。

一号艇はB1。

二号艇はA2。

三号艇はB1。

四号艇はA2。

六号艇はB2。

灯は、自然と出走表を目で追った。

「五号艇……」

「はい」

由芽は頷いた。

「五コースだと思います。六号艇が動かなければ」

「何を見るんですか?」

灯が聞くと、由芽は少しだけ考えた。

「四号艇と六号艇です」

「日向さんも前に、五コースの時は外も見るって言ってました」

「分かります」

由芽は出走表に視線を落とした。

「四号艇が攻めた時、自分がその外でどう残るか。六号艇が外から来た時、飲まれない位置にいられるか。そこを間違えると、一気に六着まで落ちるので」

六着まで落ちる。

その言葉に、灯の胸が少し締まった。

由芽にとっても、六着はただの最下位ではない。

数字を崩すもの。

B1への距離を遠ざけるもの。

由芽はメモ帳に短く書いた。

五号艇。

四号艇。

六号艇。

無理しない。

四着以上。

灯はその最後の言葉に目を留めた。

「四着以上、ですか」

「はい」

由芽は普通に答えた。

「できれば三着。でも、無理に三着を取りに行って六着になるくらいなら、四着を残したいです」

灯は、少しだけ驚いた。

自分は、まだ三着を取ったことがない。

四着もない。

五着でさえ、やっと二本。

だから、三着を狙うという言葉だけで遠く感じる。

けれど由芽は、三着と四着を数字の中で考えている。

欲しい着。

残す着。

捨ててはいけない着。

その区別が、灯よりずっと現実的だった。

「勝ちに行かないんですか」

口にしてから、灯は少し後悔した。

失礼だったかもしれない。

けれど由芽は気にした様子もなく、静かに答えた。

「行きます」

灯は顔を上げた。

「でも、全部のレースで一着を取りに行く走りは、今の私にはできません」

由芽は出走表を指でなぞった。

「二号艇と四号艇が強いです。一号艇も悪くない。この番組で私が一マークから全部飲み込むのは、たぶん無理です」

「それでも、勝ちに行くんですか」

「はい」

由芽は頷いた。

「勝てる形が来たら行きます。でも、来なかった時に六着まで落ちないようにする。それも、勝ちに行くための準備だと思ってます」

灯は、ノートに書いた。

朝倉由芽。

勝てる形が来たら行く。

来なければ、六着まで落ちない。

その時、三島沙耶が近くを通った。

灯と由芽の出走表をちらりと見て、足を止める。

「朝倉さん、次?」

「はい」

由芽は姿勢を正した。

「五号艇です」

三島は出走表を見た。

「四号艇が攻めるね」

「はい。そこを受けすぎないようにします」

「六号艇は?」

「外から来ると思います。飲まれない位置に置きたいです」

三島は短く頷いた。

「それでいいと思う。三着を欲しがりすぎると、六着がある番組」

由芽は静かに頭を下げた。

「はい」

灯は、その会話を聞いていた。

三島の言葉は、由芽の考えと同じだった。

三着を欲しがりすぎると、六着がある。

灯は、自分の前の失敗を思い出した。

五着のあとに、もう一艇を見た。

前を見すぎた。

結果、六着に戻った。

三着を狙うこと。

前へ行きたいと思うこと。

それ自体は悪くない。

でも、順番を間違えると沈む。

それは、由芽のレースにもある現実だった。

やがて、展示航走の時間が来た。

由芽が立ち上がる。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

灯は自然に言っていた。

由芽は少しだけ笑って、ピットへ向かった。

灯はモニターの前に座った。

三島も近くで出走表を見ている。

まどかも少し離れた席からモニターを見ていた。

展示航走。

六艇がピットを離れる。

一号艇が内へ向かう。

二号艇。

三号艇。

四号艇。

五号艇、朝倉由芽。

六号艇。

進入は枠なり。

一、二、三。

四、五、六。

由芽は五コース。

灯は、その位置を見つめた。

自分が五号艇をもらった時は、外へ出されることが何度もあった。

五コースに入れるだけでも、まだ自分には簡単ではない。

由芽は、無理に内へ寄せるわけでもない。

外へ引きすぎるわけでもない。

五号艇として、五コースにいる。

そこから、自分の水面を見ている。

展示のスリット。

由芽は大きく遅れていない。

けれど、極端に踏み込んでもいない。

二号艇や四号艇ほど鋭く見えるわけではない。

灯は少しだけ首を傾げた。

攻めていないように見える。

でも、遅れてもいない。

三島が横で言った。

「朝倉さんは、踏み込みすぎないね」

灯は顔を向けた。

「踏み込みすぎない?」

「うん。あの子は、スタートで全部を作ろうとしない。事故を嫌う」

事故。

その言葉は、まだ灯の中では遠いものだった。

けれど、三島の声には重さがあった。

「遅れたくないから早く行く、という走りは危ない」

灯は、その言葉をノートに書いた。

遅れたくないから早く行くのは危ない。

今はまだ、その本当の重さを灯は知らない。

けれど、なぜかその一文は、強く残った。

展示の一マーク。

一号艇が先に回る。

二号艇が差す。

三号艇が握る。

四号艇がカドから攻める。

由芽はその外。

六号艇がさらに外から来る。

四号艇の攻めは鋭い。

由芽が強引に握れば、四号艇の波をまともに受ける。

外へ張りすぎれば、六号艇に飲まれる。

由芽は、その中間に艇を置いた。

一マークでは前に出ない。

目立つ動きではない。

けれど、沈まない。

灯は、少し身を乗り出した。

二マーク。

三号艇が少し外へ膨らむ。

四号艇は一マークで攻めた分、出口が重い。

六号艇は外から伸ばすが、少し遠い。

由芽の艇が、静かに内へ向いた。

三号艇の内。

四号艇の波を受けすぎない位置。

六号艇に外から被せられない位置。

そこへ艇を置く。

展示なのに、灯には分かった気がした。

由芽は派手に勝ちに行っていない。

でも、六着になる場所にはいない。

展示が終わった。

由芽が控室へ戻ってくると、灯は思わず近づいた。

「朝倉さん」

「はい」

「今の展示、三号艇の内を見てましたか」

由芽は頷いた。

「見てました」

「でも、見るのは四号艇と六号艇って……」

「四号艇が攻めたら、三号艇が外にずれると思ったので」

由芽は出走表を指でなぞった。

「六号艇が外から来るなら、私が外に残りすぎると飲まれます。だから、三号艇の内に落とす形を考えました」

灯は、日向のレースを思い出した。

見る艇。

拾う艇。

それが違うこともある。

あの時は難しく感じた。

今も難しい。

でも、少しだけ繋がってきた。

見るのは、直接抜く艇だけではない。

自分の進路を作る艇。

自分の進路を消す艇。

外から飲みに来る艇。

その関係を見て、どこに艇を置くかを決める。

由芽は、そこを数字につなげている。

「朝倉さんは、すごく落ち着いてますね」

灯が言うと、由芽は少しだけ困ったように笑った。

「落ち着いてるわけじゃないです」

「そうなんですか」

「怖いです。六着を取るのも、事故するのも、級別に届かないのも」

その言葉は、灯の胸に意外なほど強く入った。

由芽も怖い。

ただ、その怖さの向きが違う。

灯は水面が怖い。

届かないことが怖い。

見えているのに動けないことが怖い。

由芽は数字が怖い。

沈むことが怖い。

残らないことが怖い。

B1に届かないことが怖い。

本番の時間が近づいた。

由芽はメモ帳を閉じる。

「じゃあ、行ってきます」

灯は頷いた。

「はい」

三島が短く言う。

「四号艇に付き合いすぎない」

由芽は頷いた。

「はい」

まどかが軽く手を振った。

「残してきなよ」

由芽は、少しだけ笑った。

「残してきます」

本番。

六艇がピットを離れた。

進入は展示と同じ。

一号艇。

二号艇。

三号艇。

四号艇。

五号艇、朝倉由芽。

六号艇。

五コース。

起こし。

スリット。

一号艇は遅れない。

二号艇も悪くない。

三号艇が少し覗く。

四号艇はカドから仕掛ける気配。

由芽は、その外で大きく遅れない。

だが、伸びているわけでもない。

六号艇が外から少し勢いをつけてくる。

灯は、五号艇だけを見た。

由芽は前だけを見ていない。

四号艇の角度。

六号艇の伸び。

その間に、自分の艇を置く場所を探している。

一マーク。

一号艇が先に回る。

二号艇が差す。

三号艇が握る。

四号艇がカドから攻める。

由芽は、その外。

六号艇がさらに外から被せようとする。

灯は、由芽が握って攻めるのかと思った。

けれど、由芽は無理に握り込まなかった。

外へ張りすぎない。

内へ落としすぎない。

四号艇の波を受けすぎず、六号艇に飲まれない位置。

そこに艇を置く。

バックストレッチ。

由芽は五番手。

前では一号艇、二号艇、四号艇が争っている。

三号艇もまだ前にいる。

由芽は勝ちに絡んでいない。

実況も、五号艇の名前をほとんど呼ばない。

灯は少しだけ物足りなさを感じた。

これでいいのか。

勝ちに行っているのか。

その瞬間、三島が言った。

「見てて」

灯は、息を止めた。

二マーク。

三号艇が外へ膨らむ。

四号艇は攻めた分、出口が重い。

六号艇は外から来るが、少し遠い。

由芽が動いた。

派手ではない。

鋭い一撃でもない。

けれど、迷いがなかった。

三号艇の内へ艇を落とす。

四号艇の波を受けすぎない。

六号艇に外から被せさせない。

出口で止めない。

バックストレッチ。

由芽が三号艇をかわした。

四番手。

灯は、思わず小さく息を吐いた。

一艇拾った。

でも、無理に取りに行ったようには見えなかった。

沈まない場所にいて、拾える場所にいたから拾えた。

二周一マーク。

由芽は四番手。

三着の四号艇とは少し差がある。

後ろから三号艇と六号艇が迫る。

由芽は三着を追いながらも、後ろを消している。

三号艇に内を差されないように。

六号艇に外から飲まれないように。

出口を残す。

二周二マーク。

三号艇が内を狙う。

由芽は落ち着いて艇を返す。

前との差は縮まらない。

けれど、後ろとの差も詰めさせない。

三周目。

由芽は三着を無理に取りに行かなかった。

もちろん、隙があれば狙う。

でも、届かない場所へ突っ込んで四着を失うような走りはしない。

最後の二マーク。

三号艇がもう一度迫る。

由芽は出口を残す。

ゴール。

一着、一号艇。

二着、二号艇。

三着、四号艇。

四着、五号艇、朝倉由芽。

五着、三号艇。

六着、六号艇。

五号艇、朝倉由芽。

四着。

灯は、モニターを見つめた。

勝っていない。

舟券にも絡んでいない。

けれど、六着ではない。

そして、ただ負けているわけでもない。

由芽は四着を残した。

三着には届かなかった。

でも、沈まなかった。

しばらくして、由芽が控室へ戻ってきた。

大きく喜んでいる様子はない。

むしろ、少し悔しそうだった。

灯は立ち上がった。

「朝倉さん」

「はい」

「四着でした」

由芽は頷いた。

「四着でした」

「悔しいですか」

「悔しいです」

すぐに答えが返ってきた。

「三着、見えてましたか」

「少しだけ」

由芽はモニターのリプレイを見た。

「二周一マークで、四号艇の出口がもう少し重ければ、近づけたと思います。でも、無理に行ったら三号艇に差されていたかもしれません」

灯は、その言葉をノートに書いた。

無理に行けば、差される。

由芽は続けた。

「四着は三着じゃないです」

「はい」

「でも、六着でもないので」

その言葉は、静かだった。

灯の胸に深く残った。

四着は三着じゃない。

でも、六着でもない。

当たり前のこと。

けれど、由芽が言うと、それはただの順位ではなくなる。

級別へ残る数字。

B1へ近づくための数字。

「B1に上がりたいなら」

由芽はメモ帳を開いた。

「三着を取れる日だけじゃなくて、六着を取らない日を増やさないといけないと思ってます」

灯は、ノートを見る。

三島は、三着の重さを教えた。

日向は、沈まない場所を教えた。

由芽は、その二つが数字になることを教えている。

灯は言った。

「朝倉さんは、数字を見てるんですね」

「はい」

「私は、水面ばかり見てました」

「それも、灯さんの強みだと思います」

由芽はそう言った。

灯は少し驚いた。

「強み、ですか」

「はい。私はたぶん、灯さんほど空いた水面を見つけるのは得意じゃないです」

由芽は、自分のメモ帳を見る。

「だから、私は落ちない数字を探してます」

落ちない数字。

灯は、その言葉をノートに書いた。

三島が近づいてきた。

「灯」

名前で呼ばれて、灯は一瞬だけ背筋を伸ばした。

まだ、その呼び方には慣れていない。

「はい」

「今のレース、どう見た?」

灯は、ノートを見た。

「朝倉さんは、一マークで勝ちに行っていないように見えました」

由芽が少しだけ苦笑する。

三島は灯を見た。

「それで?」

灯は、言葉を選んだ。

「でも、六着まで落ちない場所に艇を置いていました。二マークで三号艇を拾って、四着を残しました」

三島は頷いた。

「勝ちに行っていないんじゃない」

灯は顔を上げた。

「六着まで落とさない勝ち方を選んだ」

その言葉に、灯の胸が小さく鳴った。

六着まで落とさない勝ち方。

勝ち方。

由芽は勝っていない。

でも、三島はそれを勝ち方と言った。

「全部のレースを一着で勝つ選手はいない」

三島は続けた。

「勝てない形で何を残すか。それも選手の力」

灯は、ノートに急いで書いた。

勝てない形で、何を残すか。

それも選手の力。

由芽は、少し照れたように視線を落とした。

「残しただけです」

三島は由芽を見た。

「残せたなら、それは技術」

短い言葉だった。

由芽は静かに頭を下げた。

「ありがとうございます」

灯は、そのやり取りを見ていた。

三島は甘くない。

でも、数字だけではなく、その中身を見ている。

由芽の四着を、ただの四着ではなく、残した技術として見ている。

灯は、自分の前の開催の五着を思い出した。

三島は言った。

五着を取ったことより、そのあと六着に戻って、もう一度五着を取ったことの方が大きい。

数字だけではない。

でも、数字は残る。

その両方を見なければならない。

灯はノートの新しいページを開いた。

朝倉由芽。

B2。

五号艇。

五コース。

結果、四着。

一マークで無理に握らない。

六号艇に飲まれない位置。

四号艇の波を受けすぎない位置。

二マークで三号艇を拾う。

三着には届かない。

でも、六着ではない。

派手ではない。

でも、沈まない。

その下に、ゆっくり書いた。

数字を積む人。

さらに、もう一行。

勝てる水面だけを見るのではなく、残す水面を見る。

書いた文字を見て、灯は少しだけ息を吐いた。

残す水面。

それは、今の自分に必要な言葉だった。

五着を取った。

次は三着を見たい。

その気持ちはある。

けれど、三着を欲しがりすぎれば六着に戻る。

由芽は、それを水面と数字の両方で知っている。

灯は、掲示板へ向かった。

自分の出走表を見る。

六号艇。

また、外。

もう驚かない。

けれど、今日は少し違う。

灯は、五着の先を見ている。

三着の水面を知りたいと思っている。

B1への数字も、少しだけ意識し始めている。

それでも、やることは変わらない。

まず、一艇。

そして、沈まないこと。

灯はノートに書いた。

今日の自分。

六号艇。

六コース想定。

三着を見に行きすぎない。

まず、一艇。

六着へ落ちない水面を見る。

ペンを止める。

その言葉は、まだ難しかった。

自分はこれまで、六着から抜けることを考えていた。

でもこれからは、六着へ落ちないことも考えなければならない。

前を見る。

後ろも見る。

数字も残る。

水面も変わる。

全部を見ようとすれば遅れる。

だから、選ぶ。

灯は、窓の外を見た。

水面には、次のレースの波が立っている。

朝倉由芽は勝っていなかった。

舟券にも絡んでいなかった。

それでも、確かに数字を積んでいた。

灯は初めて知った。

水面に残るものは、勝利だけではない。

沈まなかった一走も、確かに級別へ残っていく。

そして自分も、その数字の中で戦っている。

五着の先へ。

三着の水面へ。

B1への数字へ。

焦らずに。

でも、止まらずに。

灯はノートを閉じた。

次は、自分の水面だった。

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