第69話:谷川莉子
このまま黙っていたら、また有耶無耶になってしまう。
だから、私は思い切って口を開いた。
「……約束のことだよ」
みんなの視線が一斉にこちらに向いた。
胸の奥が強く脈打つのを感じながら、言葉を重ねる。
「“もう少し……私と一緒にいて。私との時間を取って。たまにでいいから――抱きしめて”
直也くんと、そう約束したの」
亜紀さんが目を見開き、玲奈さんも麻里さんも口を揃えた。
「そんな話、聞いてない」
私は真っ直ぐに答えた。
「これは、私と直也くんの話だから」
空気が張り詰める。
でも、そのときだった。
保奈美ちゃんが口を開いた。
少し震えた声だったけど、まっすぐにこちらを見ていた。
「……あの時、あのカラオケ対決で。
これまで莉子さんが積み上げてきたものが損なわれるかもしれなかったのに。
それでも直也さんのために、助けに来てくれたんです」
私の胸が大きく揺れた。
保奈美ちゃんが、直也くんでもなく、私に代わって言ってくれている。
「莉子さんにしか出来ないことがあった。だから……仕方がないと思う」
そう言って、保奈美ちゃんは小さく俯いた。
その姿に、私は言葉を失った。
――あの日、無理を押してでも直也くんのそばに立ったことを。
保奈美ちゃんだけは理解してくれている。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
保奈美ちゃんは、まだグラスを両手で持ったまま、真剣な眼差しで続けた。
「……莉子さんのことは、今でも許せない。
でも……直也さんにとって莉子さんが大切な存在なのは、分かっているから。
だから……これからも、よろしくお願いします。……あと、亜紀さんも玲奈さんも麻里さんも、莉子さんの直也さんとの約束の事は認めてあげてください。お願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
私は、言葉を失った。
ほんの少し前まで――天使のように無邪気で、子どもっぽくて。
直也くんに甘えるだけの、あの保奈美ちゃんだったのに。
その彼女が、こんなにも短期間で、覚悟を持った女性として目の前に立っている。
愕然とするしかなかった。
胸の奥に、冷たいものと熱いものが同時に広がる。
本当にこの子に勝てるのかな――そんな問いが頭をかすめた。
視線を横にずらすと、亜紀さんも、玲奈さんも、麻里さんも。
みな同じように息を呑んでいた。
彼女たちにも、保奈美ちゃんの変化ははっきりと伝わってしまったのだ。
――もう、あの子はただの「義妹」ではない。
そう痛感せざるを得なかった。




