第34話:神宮寺麻里
――保奈美ちゃんの拗ねた顔。
そして直也がそれを背後からそっと抱きしめて宥める様子。
……微笑ましい光景のはずなのに、私の胸の奥には、別の感情が渦巻いていた。
ライラック。
打ち上げ花火。
――まさか、直也があそこまで歌えるなんて。
落ち着きのある声がリズムに乗り、会場を一瞬で掌握していく。
会議室で冷静に議論をリードする姿しか知らなかった私には、まるで別人のように映った。
私が彼と付き合っていた頃、一度だってカラオケなんて行ったことはない。
むしろ「カラオケには全然興味がない」とはぐらかされた記憶すらある。
(……悔しいな)
亜紀や玲奈は、サンノゼのカラオケスナックでの接待の際に、「直也が歌うまい」のは既に体験していたらしい。直也の歌が上手だったお陰で五井アメリカの業績が急上昇するという嘘のようなエピソードがあると言っている。
だから二人の驚きは、“そこ”ではない。
「……ちょっと待って。直也くん、なんで最近の女子高生の曲まで歌えるの?」
「ライラックなんて、私でも全然歌えないのに……」
二人は顔を見合わせ、素直に驚きを漏らしていた。
そう、彼女たちは“直也が歌える”ことは知っていた。
でも、“今どきのヒット曲まで歌いこなす”とは予想していなかったのだ。
対して私は――そもそも、歌えること自体、今日初めて知った。
その差が、余計に胸に刺さる。
私は堪えきれず、二人に声をかけた。
「……ねぇ、あなたたち、最初から知ってたの?」
玲奈が苦笑混じりに答える。
「……ここまで……今どきの曲まで完璧とまでは知らなかった」
亜紀も頷く。
「正直、想定外よ。サンノゼの時もショックだったけど、今日はもう別格」
やっぱり。
二人は“私だけが知らないこと”を知っていた。
そして今――直也はさらに別の顔まで見せつけている。
……悔しくないはずがなかった。
もうこうなったら直也を直接追及しようと、口を開きかけたその時。
「そういえば――」
直也が不意に声を張った。
「月一回の自宅会食のスケジュール、そろそろ決めようか? 義妹ちゃんもいるし、今ここで合わせておいたほうがいいだろう」
「……は?」
私が切り込む前に、鮮やかに話題をすり替えられた。
しかも“義妹ちゃん”の名前を盾にされれば、強く出られない。
直也は当然のようにスマホを開き、亜紀と玲奈を巻き込みながらスケジュール調整を進めていく。
二人もそれに合わせ、真顔でカレンダーアプリを確認している。
私は完全に置いていかれた。
(……ほんと、昔から変わらない)
核心を突かれそうになると、絶妙なタイミングで逸らす。
その技術だけは、あの頃と同じ。
でも、今回は引き下がらない。
必ず突き止めてみせる。
どうして直也が、あそこまで歌えるようになったのか――。
私は自分のスマホを覗き込むふりをしながら、心の奥で固く誓った。




