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第35話:喜びと切なさと(谷川莉子)

 ――夜。

 スマホが震えて、新しいチャット通知が届いた。


『イベント、なんとかうまく乗り切ったよ』


 直也くんからだった。

 その短い一文を見ただけで、胸の奥がじんと熱くなる。


「……よかった」

 思わず声に出してつぶやいた。


 嬉しい。

 本当に嬉しいな。

 保奈美ちゃんのために、あんなに頑張って練習していたんだから。

 上手くいったって聞けたのは、心から誇らしい。


 ――でも。

 同時に、ため息がひとつこぼれた。


 どうせ今日で、直也くんはまた一段と人気になったんだろうな。

 ただでさえ、最近の直也くんはどんどん “みんなの直也くん” になってしまっている。

 その事実が、ほんの少しだけ胸に痛かった。


※※※


 画面を切り替えて、自分のチャンネルの管理ページを開く。

 数字が、すごい勢いで伸びていた。


 登録者数――19万8千人。

 つい数週間前まで、10万人を越えたばかりだったのに。


 オリジナル楽曲の再生数も伸びている。

 でも何より驚いたのは――。


「……“打ち上げ花火”、300万再生突破……?」


 目を疑った。

 直也くんと一緒に、顔バレを避けた形でアップしたカバー。

 その再生数が、気づけば300万を超えていたのだ。


 コメント欄には「二人の声が最高すぎる」「プロみたい」「次はオリジナルデュエットお願いします!」といった言葉が溢れている。

 胸が熱くなって、でも同時にまた、ため息が出てしまった。


 だって――この反響の半分以上は、間違いなく直也くんの力だ。

 彼の声があったからこそ、ここまで爆発的に広がったんだ。


※※※


 私は、直也くんにチャットを送った。


『直也くん。“打ち上げ花火”、300万再生いっちゃったよ!』


 数分後に返事が届く。

『ほんとか?すごいな。それは莉子の力だよ』


「……ずるい」

 思わず呟いてしまった。

 そうやっていつも、私に全部の功績を譲ろうとする。


 ほんとは――今回のお礼に、約束していたデートしてほしいな。

 また、一緒にどこか行って、美味しいもの食べて、他愛もない話をして……。


 でも――。

 直也くんがどれだけ忙しいか、私はよく分かっているつもりだ。

 GAIALINQのこと、仕事のこと、背負っているものの重さ。

 だから言えない。わがままは言えない。


「……待つから」


 小さな声でそう呟いた。

 お礼のデート、いつか必ず。

 その日を楽しみに、私はまた次の楽曲データを立ち上げる。

 オリジナルでデュエット可能なものを作曲しようと思っている。


 ――だって私は。

 直也くんの隣で歌えることが、なによりの幸せなんだから。


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