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10. 女としてのあり方

その男は、最初から隠すつもりはなかったのかもしれない。


堂々と北の街道を通って現れ、村唯一の宿屋に一週間泊まって、

これ見よがしに『マジックスキャン』を乱発していた。

村の中でも、魔法を偉そうに披露して、

「田舎者が 笑」と偉そうに吹聴していた。


最近ようやく、余所者が村に訪れることに慣れていた村人たちも、

辟易して、早く出て行ってくれないかと皆で願っていたところ。


その男は村を出ていく際に、村長さんにこう言い残して、南へ去っていった。


「お前らがやっていることは魔導王国への敵対行動だ」

「今すぐ首謀者の名前を明かせば悪いようにはしない。ただ庇い立てするのなら、魔導王国は全力でこの村を焼け野原にする。よく考えておけ」


恐れおののいた村長さんは、即日村の役員連中と相談した。

でも結論が出ず、翌日、村の総会に相談することになったのだ。


私はとにかく目立たぬようしばらく家の中に閉じこもっていたので、そんなことも知らず、

ようやく魔導王国の密偵が出て行ったと聞いて、

たまっていた洗濯物を抱えて、村の共同洗濯場に出かけていたところだった。


「ねえねえ、聞いた!? あの怪しい男、魔導王国の使いだったらしいわよ!」

「ええーー!? なんでこんな村まで来たのかしら」

「なんかよく分からないけど、村長に何か伝言を残していったみたいで、今日その対応を検討するために村の総会を開くとか」

「なにかしらねー。良くないことだと良いけど‥‥‥」

『ねぇーーー』


洗濯場では村のお母様方が、早速、噂話を繰り広げている。

私は興味津々で聞き入ってしまっている。


この村のことはうちの家族にも影響する重大な話。

聞き流してはおけない。


「あのー‥‥、村の総会で何を話し合われるんですかー?」

「あら、イリィ興味あるの?」


話題を提供していたお母様が、意外そうな顔をしてこちらに振り返ってくる。

私は基本的に噂話に対しては何も発言しないので、そういうことに興味がないキャラと思われていた。


「えぇ、だって村全体に関係しそうなことですもの」

「そうねぇー、私も主人から軽くしか聞いてないからよく分からないのよー。男衆に任せておけばきっと大丈夫から安心してね。心配させちゃったとしたら、ごめんなさいねー」


そのお母さまは、親切心でそう取り繕ってくれたんだと思う。

でも、私はそんなんで納得しない。


任せておけば大丈夫って、何を根拠に?

大丈夫じゃなかったとき、困るのは皆同じじゃないの?


「その村の総会って、私も出られるんですか?」

『えっ?!』


洗濯場にいたお母様方が皆、手を止め、

なにを言っているのか分からないとでも言いたげに、私を凝視している。


「えーっと‥‥‥そうねぇ‥‥村の住人ならだれでも参加はできるけど‥‥‥」

「そうなんですね。何時ごろに開かれるのでしょうか?」

「えーっと‥‥‥」


お母様方が皆顔を見合わせて、言いづらそうにしている。

結局その場で一番年上の近所のお母様、グレンダさんがその役を買い、

滔々と早口で説明する。


「イリィ、そういう政治の場に女は行くものじゃないわよ」

「女の仕事は家庭を守ること。村を守るのは男衆の仕事で、横から口を出すべきことじゃないわ」

「ええっ‥‥‥!?」


今度は私の方がびっくりする番。


だって村全体のことでしょ?

旦那さんだけじゃなくて、子供達にも影響することでしょ?

おかしくない?

気にならないの?


「ねえイリィ、行かない方があなたのためよ」


私より少し上の、若いお母さんまで加勢してくる。

いかにも、私の方が、おかしいかのように。


「ということは、村の総会に出た人って、ほとんどいないんですか? 女性では?」


私の問にグレンダさんが返してくれる。


「出たいなら止めはしないわ。出たことがある人はいるけど、出続けた人は一人もいないわ」

「その意味が分かるだけよ」


それ以上は、なにを言っても無駄と思われたのか、

お母様方は今年の農作物の出来について、話題を半ば強制的に切り替えたのであった。

私もそこまで拒絶されて、敢えてそれ以上、話を続けることはしない。


でも、心の中は少しも収まってなんかいない。

もやもやしたまま、洗濯を終えて家に戻る。


――――――


はぁ~~。


イリィは、昔から真っ直ぐで負けん気が強くて、一度言い出したことは簡単に曲げない性格だった。

もちろん、その性格のお陰で魔法軍ナンバー2まで登り詰めることができたのだけど、

いざ、自分の妻となったら、こんなにも色々苦労するとは思ってなかった‥‥‥。


僕は年寄りの世代に足を突っ込みかけているものの、この村では新参者で、

なかなか立ち位置が定まらない微妙な立場にいた。

若手と年寄りの間を取り持つハブになるよういつも心がけ、

ようやく皆にも頼りにされるようになってきた最中、今回の事件が起きて少し困っていた。


「おい、ディストル。なんで大人の集まりにお前んとこのおちびちゃん達がやって来ているんだ?」

「ははは‥‥」


笑うしかない。


イリィがリズとエリを連れて、ミレイと共に、

村の総会の会場である大広間に姿を現した時から、部屋の中は一段と騒がしくなっている。


僕にも立場と言うものがあるから少し配慮して欲しいと伝えてみたが、

「意味が分からない」の一点張りで、最後には押しきられてしまったのだった。


もともと従者だった僕は、どうしても彼女には強く出られない。


ミレイの夫であるリゥ君に、

「お宅の奥さんを巻き込んでしまってごめんね」

とこっそり耳打ちする。


リゥ君は全然気にしていなさそうだったけど、

この村の年寄り連中の面倒くささを知らないから、そんな平気でいられるんだよと、

半分呆れた気持ちになっていたものだった。


このまま何も起きず、静かに総会が終わってくれることを願うしか、

僕にできることはない‥‥‥。


「今日は急に呼びかけてしまってすまない。集まってくれてありがとう」


村長の挨拶から総会が始まる。


話の内容はこうだった。

簡単に言うと魔導王国からいちゃもんに近い脅しを受け、困っているという内容。


彼らがなにを気にしているのかは、ちゃんと伝えられていないのでよく分からないが、多分魔導王国の配下に下れという話じゃないかと考えているとのこと。

村の役員たちで話し合ったものの、どうするべきか判断がつかず、総会で今後の方針を決めたいと思っている。


僕は、少し違和感を感じる。


魔導王国にとって今、喫緊の課題はタキオン神導国との間で続いている戦争のはず。

なんでこんな片田舎の村に脅しをかけて、配下に取り込む必要がある?


魔石のことじゃないの?


同じ疑問はイリィも感じたようで、イリィが早速その点を村長に質問していた。


「魔導王国の目的は何ですか? なんでうちの様な小さな村を狙ってくるんですか?」


村長はイリィがいることに気付いていなかったのか、

一瞬頭の上に疑問符を浮かべたが、おもむろに回答する。


「イリィもいたんだね。最近うちが北の国々との商売を始めたことに目を付けたんじゃないかと」


イリィは村長の回答に即座に反論する。


「まだまだ他の都市に較べてそんな大きな規模じゃないと思いますけど?」

「商取引ルートとしては、西のゴルドアから直接フィルムッシュに行く経路の方が、今でもメインですよね?」


「!? ――― お、女の人には知らない事情もあるんだよ」


あぁ‥‥目立っている‥‥‥。

静まり返った部屋に、リズとエリがキャッキャッ遊んでいる声が響いている。


そして僕は、イリィの表情が気になっていた。


イリィはああいう言い方をされるのが、一番嫌いだ。

論点をずらして、女だからで片づけられることを、彼女は死ぬほど嫌っていた。


「おほんっ! とにかく今日のお題は、魔導王国にどう返すかだ。意見がある人は聞かせてくれ」


その後ざわざわ、いろんな人がいろんな発言をしていたが、

みんな様子見が良いんじゃないかとの意見が主流だった‥‥。


そもそも村の外のことなんて、みんな、あまり分かっていない。

魔導王国のえげつなさを知っている僕たちからすると、かなり消極的で、心配の種が尽きない。


さっきからイリィが、シルクさんやフィルムッシュ王国の力を借りたらどうかとか、

提案しているけどその声が聞こえないかのように、誰も反応しないのだった。


子供のことしか分からない女風情が、なにも知らないくせに。


そんな心の声が、僕にはよく聞こえてくる。


ミレイが、

「イリィは魔術師だから、外の事情に詳しいんじゃないかな‥‥‥」

とおずおずとサポートしていたが、誰も聞く耳は持っていなかったのである。



イリィには悪いけど、これが村の現実だ。


彼らが気にしているのは内容じゃない、体面だ。

まだ見えない危険より、目の前の人間関係と力関係を優先する。

猿山の猿のように。


そう思いながらも、胸の奥に小さなしこりが残る。

イリィが間違ったことを言っているわけじゃない。

むしろ、たぶん一番正しい。


でも正しいことがそのまま通るほど、この手の集まりは素直じゃないんだ‥‥。


皆が疲れてだれてきた瞬間を狙い、僕は口を挟む。


「シルクさんには僕の方から、連絡するってのはどうですか?」


彼らが本気を出してきたら、村だけでは絶対に対応できない。


言っていることはイリィとなにも違わない。

それでも ―――


「ディストルが、そこまで言うのならお願いしよう。皆もそれで良いか?」

「‥‥‥」


誰も反対はしない。


これが男社会の実態。


イリィは納得できない表情をうかべていたが、イリィだって知っているはず。

魔法軍で、散々男同士の足の引っ張りあいを経験してきたのだから。


それでもきっと、腹は立つのだろう。


自分が言った時には無視されたことが、僕が言った途端に通ってしまうのだから。

僕だって、正直、あまり気分は良くない。

でも、通るなら今はそれでいいとも思ってしまう。


そういう割り切りを、僕は村に来て覚えてしまったのだった。


その後、村の総会の結論としては、基本的に様子見をしつつ、

外の事情に詳しいシルクさんに相談することになったのだった。

なにも決まっていないに等しく、なんのために総会を開いたのか分からない。


家に帰ったら絶対イリィ荒れているんだろうなー。

「皆を集めて総会にかけるのに、案もないってどういうこと!?」って。


ありありと想像できすぎて、僕はもう、笑うしかない‥‥‥。


でもきっと彼女は、怒るだけで終わらない。

怒ったその先で、どうにかしようと考え始める。

そういう人だ。


だからこそ、厄介で。

だからこそ、頼もしい。


そしてそこに惚れた弱みもあるのだから、

いまさら僕だけ、逃げるわけにはいかないのだった 笑

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