6. 大戦初戦
それは、遠く離れた私でも感じることが出来た巨大な魔力波のうねりだった。
魔法は距離による減衰が激しい。
こんな辺鄙な所にいる私が、感じられるほどの魔力なんて異常中の異常。
最初は水の大精霊オンディーヌか、あるいは誰かが山の峠近くで巨大な魔力を使ったのかと思った。
急ぎロウと共に山の峠近くまで行ってみたものの、眼下に広がる大森林はいつも通り。
魔力に敏感な一部の青い小鳥たちが、ピーピー盛んに森の上で騒いでいるぐらい。
私たちの頭上、空高くでは、白い大きな鳥が旋回して警戒をしていた。
「バウッ!」
すっかり大きく太って、熊化してしまったロウが遠い東の空を向いて低い声で吠える。
はるか遠く、ウリアン山脈の端近くに見えるのは、強く光り輝くもう一つの太陽。
それは明らかに、死の輝きをしていた。
多分私が前、まさにこの場所で唱えた『サンライズ』だと思うけど、
ここから見えるとなると、とんでもない大きさということになる。
正直同じ魔法である自信はない。
それは小さく縮んだと思うと、激しい光と共に爆発して散っていった。
遅れて数秒、また強力な魔力波がここまで飛んでくる。
なんなの、あれは‥‥。
大勢の命が失われた予感が、肌の上をうごめき続けている。
なんかの恐ろしい魔導兵器には違いなかったが、
私が魔導王国にいた時ですら、こんな魔法は見たことがなかった。
あれだけの魔力を暴走させずに制御させる方が難しい‥‥。
その後しばらく東の空を眺めていたが、その後急に凪ぎとなってしまったみたいで、
ここから何か見えるということはなかったのである。
これはとんでもないことが起きている!
それは分かる。
分かるけど、
うちに大事な、小さな子供たちがいる。
そんな私が、様子を見に行くわけにはいかない。
ほんと、空を飛べる鳥たちと、ロウみたいに意思疎通を出来るようになっていれば、
見に行くこともできたかもしれないのに‥‥‥。
この世界に起きたとんでもない事態に、
恐れ、好奇心、興味、懸念 ――― さまざまな思いが私の中に到来する。
知りたい!
あれがなにか、
たまらなく、知りたい!
久しく忘れていた、魔術師としての本性が、
私の心を焼き焦がす。
でも、あれだけのものを見てしまったのに、私はここで立ち尽くすことしかできない。
一瞬、あの子たちを誰かに預ければ‥‥‥。
なんてことまで考えてしまう……。
そして、そんなことを考えている自分にぞっとするのだった。
そんな私を見つめていたロウが、
「ワンッ!」
魔力回路でのイメージ共有を求めて来る。
「えっ本当に?」
「でも‥‥‥ロウ一人で大丈夫なの!? 私行けないのよ?」
相当体が鈍っているであろうロウが、
自分が様子を見てくると言い出してくれたのだ。
ここからウリアン山脈の麓まで少なく見積もっても片道5日間はかかる。
特に下は足場の悪い森林地帯だ。
往復半月はかかると見た方が正解だろう。
その間ロウは自分で目指す方向を確認し、エサを取り、水場を探さなければならない。
それもこの森林地帯の地形なんてまるで知らないのに。
ロウは俺に任せろでも言いたげに胸を張り、首を上に持ち上げると、
『ワオオーーーン』
一際大きな遠吠えを轟かす!
その音は峠を越え、森の隅々にまで響きわたっていく。
まるで主が戻ったことを、知らせるかのように。
「‥‥オオォーーーン」
遠い森の奥から呼応してくる狼の群れの声があった。
そうだった。
ロウには狼の仲間がいる。
まれにロウが村を抜け出し、1カ月単位で戻ってこないことがあったが、
森林の群れのところに戻っていたのだ。
ロウが盛んに尻尾を振り、どうだとでも言いたげに、
そのつぶらな目で私を見つめてくるのであった。
私はロウの頭を撫でながら、
顔をロウの高さまで近づけて、ロウと話をする。
「分かった。ロウ、お願いしていい?」
「わうっ!」
ロウは嬉しそうに吠えると、途端に走り出し、あっという間に峠を下っていったのだった‥‥‥。
きっと彼なら無事に戻ってきてくれると思う。
――― 違う。
これは私の言い訳だ。
この先の苦難を想像できないほど、
私は、なにも見えないふりはできないはず。
でも同時に、彼ならきっと乗り越えてくると思ったのも事実。
私は、ロウの力を信じただけ。
それから折に付けて、峠の方まで顔を出し、東の方を様子を何度か見に来ている。
あの後は同じような魔力波を感じることはなく、ロウが見えるわけでもなかった。
ロウはうちの家の長男みたいな存在。
リズとエリも何かにつけて、
「ロウはー?」
「ロウはまだ帰ってこないのー?」
って聞いてきて、その度に落ち着かない気持ちにかられる。
いつもなら一ヶ月ぐらい遠出していても、
全然心配にならないのに今回ばかりは、
何かに襲われていないか、道に迷っていないか、
心配でしょうがない。
でも結局は待つしかないのだ‥‥‥。
これは私が旅に出たあと、父上が抱いていた気持ちと、同じなのかもしれない。
なんとなく、感傷的な気分になってしまう。
そんな不安な気持ちで、3週間ぐらい経った頃。
それは前ぶれもなく訪れた。
「カリカリカリッ」
夜中にドアを引っ搔く音が聞こえ、急ぎドアを開けたら、
「ワウッ!」
心なしか少しスリムになったロウが居て私の足元に飛び込んできた!
その毛並みからは獣臭の他に、土埃と草をかき分けて来た、泥臭い匂いが漂ってくる。
もう匂いだけで、凄い大冒険をしてきたことが分かるかのようであった。
「ロウ! お帰り~~~!」
私は膝をつき、ロウを優しく抱き込む。
「あっ、ロウだー」「ロウーッ!」
リズとエリもロウを見つけて後ろから飛びついてくる。
結局ロウを三人で抱きかかえる形でしばらくロウとの再会を楽しんでいた。
あまりにも玄関先でわちゃわちゃしていたせいか、
後ろから来たディストルが呆れ声で、
「皆、ロウも走り疲れているだろうから、ミルクぐらい、まずは飲ませてあげなよー」
と言ってきた。
そしてその日は、食べ物を食べてロウは暖炉前で、ぐっすり眠ってしまったのだった。
本当に、お疲れ様~~~。
その寝顔は、驚くほど穏やかで ――― 無防備だった。
私はただ、その背中を撫で続ける。
生きて帰ってきたことを、何度も確かめるように。
そして翌日 ―――
「ロウ、なにを見たか教えて」
心なしかロウの顔が緊張して、固くなっているような気がする。
私はロウの魔力回路に接続し、イメージの共有を受け始める。
ロウの視界は視力が弱く全体がぼんやりしていて、色がはっきりしていない。
それでも想像以上の光景が、眼前に広がっていたのだった‥‥‥。
――――――
その場所に辿り着いたのは早朝。
森林地帯を抜けると広い麦畑が広がっていて、
幸いにも人間たちの匂いはまだして来ない。
普段なら茎の壁としてこちらの姿を隠してくれるであろう麦の群れも、
ものすごい風を受けたかのように、皆一方向に倒れこんでいた。
おかげで遠くの方まで見ることが出来る。
奥のウリアン山脈の山裾に、
石造り城壁で囲まれた巨大な街がぼんやり見えている。
”魔導王国にいた時の知識だと、ウリアン山脈の北端には監視塔を備えて小さな砦があるだけで、大森林がそのまま続いているはずだったけど"
"‥‥‥、どうやら砦を拡張して、城塞都市化したみたいね”
初夏の今、本来黄金の穂をい抱き収穫を待っていた麦は無残にも広範囲に倒れ込み、なおかつ所々で踏み荒らされている。
ロウは一緒に来てくれた群れの仲間に残るよう伝えると、
一人街近くまで近づいてみる。
人の匂いや音に警戒しながら、街に近づくロウ。
だんだんと鉄臭い匂いがロウの鼻を麻痺させる。
そう、これは血のにおい。
大量の血がここで流れた、そのにおい。
大規模な戦争の爪痕が、光景として迫ってくる。
麦の合間に残っている数々の矢や武器、そして折れた旗。
麦畑の所々にこんもりした土の山にがあり、ロウの敏感な嗅覚は、生き物が大量に腐る匂いを感知している。
”街はタキオン神導国のものだから、この山に埋まっているのはきっと、ルクシオン魔導王国の兵士たちね。麦畑に広がる小山の数を見る限り、かなり手痛い損害を受けたみたい‥‥”
一方の街の様子は、遠くからだとぼやけていてよく見えない。
無傷のままでいるように見えるし、
既に廃墟になってしまっているようにも見える。
ロウの視界は動く物を中心に、瞬時に切り替わるせいで、
全体の風景を確認するのがちょっと難しい。
街に近づくにつれ、今度は土や麦が焼けたような匂いが強まってきて、
それはロウの嗅覚を混乱させるぐらいの強さになるのだった。
ロウが鼻が利かなくて、
イライラしているのが分かる。
そして目の前に見えてきたのは、
とんでもない姿になった街の姿。
ロウですら、その姿に驚き、しっかり見届けようと、ゆっくりと全貌を見渡す、
最初それはよく見かける小高い丘に築かれた、城塞都市のようにみえた。
”違うっ、これはっ!”
近付いて見えてきたのは、異様な街の周りの風景。
街を中心にまん丸と手前の地面、後ろの山肌まで綺麗に削り取られている。
子供の頃、砂場で作った山に似ている。
周囲を掘りながら作った、あの砂山だ。
周囲を削られた山の真ん中に街が建っている。
街の周りだけきれいに残っているけど、その半径五百メートルぐらいの空間が街の前の地面や後ろの山も含めて、飲み込まれたように綺麗に削り取られ、端から土砂がボロボロ崩れ落ちていっていた。
”なんなのこれはっ? こんな街ごと飲み込むレベルの魔法なんて見たことがない! そしてなんでこの街は、そののまま残っているのっ!?”
こんなレベルの魔法を受ければ、街なんて一瞬で吹き飛んでもおかしくない。
何から何までもが人知を超えていて、
神同士の争いの傷跡を見ているかのよう。
とんでもないことがこの世界で起き始めている。
そのことだけは私の脳裏に深く、刻み込まれたのだった。




