2. 双子の赤ちゃん
それからはしばらく、ゆっくりした時が流れていた。
あれほどつらかったつわりも嘘のように消え、反動でちょっと食べ過ぎになりそうなのが最近の心配の種 笑
熱っぽくて終始だるかった身体も、今はだいぶ落ち着いてきていた。
そして胸もお腹も大きくなってきていて、
本当に赤ちゃんが育ってきているんだなーと思う反面、まだしっかりした実感が湧かず、
ついつい無茶をして、ディストルにたしなめられることが頻発していた。
なんか村人の皆から色々聞かされているディストルの方が、よっぽど早くパパになって来たみたい 笑
毎日、金色の魔力で赤ちゃんの様子を確認はしているんだけど、魔力反応だけだとぼんやりしていて、
私はママになった実感が、まだ湧いていない。
私の中で、誰かが育っている。
それは頭では理解しているのに、心はまだその大きさに追いついていない。
嬉しいのに、どこかくすぐったくて。
幸せなのに、少しだけ怖い。
長かった冬もようやく終わりが見えてきて、季節が移り替わろうとしているそんな時に、
それは突然やって来た、嬉しい知らせ。
ポンッ‥‥。
それは何かが、お腹にあったかのような小さな感触。
私は村の皆と雑談しながら、服の洗濯をしている時だったので、
てっきり桶か何かがお腹にぶつかったのかと思ってた。
でも、洗い終わった洗濯物を桶に入れて家に持ち帰る、その道中でも ―――
ポコンッ。
今度は少しはっきりと、
内からノックされたような衝動を感じる!
えっ!? これって‥‥‥!!
胸がどくんと跳ねる。
「ディストル! ディストルーー!!」
もう私は嬉しさの衝撃が脳天まで突き抜けて、走り出さずにはいられなかった!
「イリィー、もー走っちゃだめだってー!」
家に駆けこんで来た私を見とがめたディストルは、いつものように小言を言ってきた。
もー、何もわかってない!
「そうじゃない! そうじゃないのよ! 動いたっ! 動いたのよーーっ!」
私はだいぶ目立ってきたお腹に手をあて、声を高鳴らせながら報告する。
「ええっ! 動いたの?」
「ほらっ! ほらっ!!」
ディストルの耳を私のお腹に押し当てる。
‥‥‥。
‥‥‥。
‥‥‥。
ぽよんっ。
今度はちょっと弱かったけど確かに感じる赤ちゃんの動き!
「ほらーー!」
「な、なんか動いた気もする! ちょっ、ちょっと分かんないから黙ってて!!」
それから半日はディストルと胎動を見つけては大はしゃぎして楽しんでいた 笑
本当にお腹の中に赤ちゃんがいる!
こんな衝撃的で感動的なことって本当にあるんだ!
今までは、どこか現実から半歩だけ遠いところにいるみたいだった。
大きくなっていくお腹も、毎日の確認も、全部ちゃんと見てきたはずなのに、
心のどこかでまだ「本当に?」って思っていたのかもしれない。
でも、今は違う。
この小さな命たちは、本当にここにいる。
私の中で、生きている。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわり熱くなって、
泣きたいような笑いたいような、変な気持ちになった。
そしてその日から、慎重に動くことを心掛けるようにしたのだった。
遅い? 笑
――――――
それから4ヶ月経って、雪もほぼ溶けこの村にも遅い春の訪れがやってきている。
妊娠9ヶ月目。
もうあと一ヶ月ちょっとで赤ちゃんが本当に生まれてくる。
そう考えても、まだどこか現実感がない。
立派過ぎるザ・妊婦となったお腹を見て、こんな大きなものがどうやって出てくるのか想像できないし、
本当にちゃんと出て来れるのか、恐怖すら感じている。
実はミレイとロンドも駆けこむ様に結婚して、ついこの間ロンドの妊娠のお祝いをしたばかり。
私は妊婦の先輩として、色々自慢げにあれやこれやこれから起こることをアドバイスしていたけど、
いざ自分の身に振り返ると、双子の出産という前代未聞の挑戦をしなければいけないことに、恐れおののいているのだった。
今日は出産のお手伝いをしてくれる助産師のバリエッタさんとの回診の日。
バリエッタさんは、村長さんに頼まれてわざわざ北のフィルムッシュから月に一回来てくれている。
もう百人近くの出産に立ち会っていて、ベテランの肝っ玉お母さんという感じの、何でも相談できる頼もしい人だ。
「だいぶ大きくなってきたね~~ 笑 双子ちゃんは元気かな~?」
お腹に手をあてるバリエッタさん。
お腹の中からは二人が「狭い!あっちいけ! お前があっち行け!」って喧嘩しているかのように盛んに胎動を感じる。
おかげで食事もあまり量をとれず、夜も何度か起こされてしまう 笑
しょうがないこととは分かってはいるけど、本当に大変だとしみじみ痛感しているところ。
「おお!おお!元気だねぇ~♪」
今までなんとなく怖くて聞いていなかったけど、今日はちゃんと聞かなきゃと覚悟を決めてきていた。
実際の出産ってどうするのか。
聞いてはいたのだ。
そもそも出産で母子どちらかが命を落とすことはあるが、双子となるとその確率はさらに高くなり、
双子のうち一人は、産むときあるいは1歳になる前までに命を落としてしまうことが少なくないと‥‥‥。
ルクソンにおいてですら、双子は見たことがなく、
もし元気に育ったとしたら、運命の導きによる奇跡と信じられていたぐらい。
「‥‥実際の出産って、どうするんですか?」
「陣痛が始まって破水したらあとは力むだけよ~」
「そうは言っても双子の場合、何か違うとか‥‥‥」
「同じよ~、一人産んで、そのまま二人目も産むというだけ。大丈夫だって!」
これは後でバリエッタさん本人から聞いた話だけど、
実はバリエッタさんも双子の出産に立ち会ったことはなく、
私と同じぐらい戦々恐々としていたとのことだった。
それでもこのときは、そんなことを微塵も感じさせないぐらい、
バリエッタさんの言葉には頼もしさが溢れていた。
「豊穣と生命の伸、エレーミアン神のご加護を信じましょう!」
私はバリエッタさんを信じる!
あとこの際エレーミアン神も頼れるなら頼る!
”この際~?”
エレーミアン神様、申し訳ございません!
私の可愛い赤ちゃんたちに、あなた様のご加護をどうかお願いいたしますっ!
”素直じゃないわね~”
私の考えも気持ちも全部お見通しのくせにっ 笑
そういう意味で、魔導王国で神が運命と呼ばれているの道理。
神々の思し召しは我々人間には到底思いも及ばぬところにあり、
所詮神々からしたら、人間の願いなんてさしたるものに過ぎないのだろうから。
”ふふふっ、そうかもしれないし、そうじゃないかもね。運命の導きに従いなさい‥‥イテールよ‥‥‥”
午後はバリエッタさんから習った妊婦でも出来る体操で、身体のストレッチをする。
体が重すぎて最近、腰も肩もボロボロだった。
こういうのは『ヒール』効かないんだから、本当に魔法は役立たず。
なにか起きた時に、魔法では何もできないという不安がある。
魔術師も生命の神秘の前には同じ人間でしかないということなのかもしれない。
ストレッチを終えたぐらいに、外の空気を味わいに家の外に出たら、広場の方がなにやらガヤガヤして騒がしかった。
大きなお腹を支えて、ゆっくり歩いて行ってみると、広場にいたのは久しぶりに見るシルクさんたちの商隊だった!
「イリィさん、お久しぶりです。わぁー! ご懐妊おめでとうございます♪」
「笑 お久しぶりです、シルクさん。今回も自ら来られたんですかー?」
「貧乏性でして 笑、心配になってしまうんですよねー。イリィさんは何ヶ月ですか?」
満面の笑みで挨拶してくるシルクさん。
私以上に、前よりにお腹がふっくらしてきた気がする。
儲かっているのかも 笑
「もう9カ月目でもうすぐなんです! そして双子なんですよねー」
「ふ、双子なんですかっ!?」
「え? えぇ‥‥」
一瞬シルクさんの顔が固まる。
でも次の瞬間には、それが私の見間違えだったかのように、なんでもない顔に戻って、
「それはそれは楽しみですね~♪ 今度私がここに来たときには可愛いらしい二人の赤ちゃんと出会えるってことですね~」
「そ、そうだといいですよね~」
「イリィさん!! イリィさんならきっと大丈夫ですから!」
今までに見ないぐらい真剣なシルクさんの励ましを受けたら、
なんか本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
私はこんなにもたくさんの人の応援を受けて、出産に向える。
大丈夫じゃないわけがない。
双子の妊娠を悪兆と捉える地方もあるらしい。
なぜならそれは、誰か一人、場合によって全員が命を落とすことに繋がる理不尽な出来事だから。
でも ―――。
そんな悪習は私が断ち切る!
私のこの2人の赤ちゃんは、私たちに幸福をもたらす、
大事な大事な天使たちなんだから!
シルクさんの商隊はいつも通り水の魔石に魔力を溜めこみ、山の洞窟を通って帰っていった。
シルクさんだけは北のフィルムッシュ王国に用事があるということで、
数名のお供ともに北の道へと去っていったけれど。
私は村の役に立つかもという思い付きで、何個かファイアの魔石とアイスの魔石を買って家に置いてことにした。
というのも、いよいよもって南側の大国同士の争いがきな臭くなっているというのを、シルクさんから聞いたせいかもしれない。
もう、前哨戦となる小さなつばぜり合いは北部連合とタキオン神導国の間で何度か行われているそうで、
ルクソンとタキオンの間にある険峻なウリアン山脈の地下では、人知れぬ争いが既に始まっているという噂もあるらしい
世界は、相変わらず騒がしい。
どこかでまた誰かが傷ついていて、歴史は私なんかを待たずに動き続けている。
でも ――― 今の私にとって、何より大事なのは目の前の命だ。
私、頑張るからね。
怖いけど。
それでも。
ちゃんと、二人を無事に産むから!




