17. ダビの誘い
私は自信を無くしてすっかり大人しくなっていた。
もちろん、みんなの前では笑顔を浮かべているけれど、前のようには ”自然に” とは正直いかない。
一人になると、そうしても考え込んでしまう‥‥‥。
私なんかが、師匠を続けていいのだろうか。
私なんかが、座長を名乗っていいのだろうか。
その問いが、何度も何度も胸の中に浮かんでは沈まず、ずっと居座っていた。
まるで、分厚い雨雲が空一面を覆って、
今にも降り出しそうなのに、なかなか降り切ってくれないみたいだった。
晴れもしない、降ることもない。
ただ重たいだけの時間。
そんなときであった。
「師匠、ちょっと街まで買い物に行きませんか?」
ダビに声をかけられる。
ダビに誘われるのは、かなり珍しい。
いつも私が引っ張る側で、ダビはただついてきてくれる。
こうしてダビの方から誘われたのは、初めてかもしれない。
それほど落ち込んでいるように見えたのかな~。
気分転換にでも‥‥‥なるかな?
勝手知ってるダビだし、まーいっか‥‥。
私は軽い気持ちで、その誘いに乗ることにした。
「えっ!? ダビと買物? ‥‥いいじゃないっ!」
フローラに話したら、一瞬微妙な表情をした気もしたけど、大賛成してくれる。
「せっかくデートするなら、気合入れなきゃねっ!」
デート‥‥? 単なる買い出しなんだけどなー。
フローラは謎のやる気を出していて、私はそのままフローラの部屋に連れ込まれたのであった。
そのまま全身、フローラ風コーディネートを施される。
まずは顔の化粧。
つり目がちの目尻にはね上げたキャットラインを描き、シャドウをアイホールから目尻に軽くのせる。
鼻筋に軽く白いハイライトを入れて鼻の高さを目立たせ、リップはツヤが強めなものを少しだけ載せて馴染ませる。
「本当は眉毛も整えた方がいいと思うんだけど‥‥」
「えっ、いいよ‥‥、自分でもそこまでしないし。これで十分バッチリよ!」
そこまですると何か違うような気がしてまだ手を出せていなかった。
ほんと不思議で、女になって増えた楽しいことの一つが、化粧をできるようになったこと。
その日の気分で違う顔になれるというのは、結構楽しい♪
服装は、この間フローラと一緒に仕立ててもらった、
この街の女の子達が良く着ている、腕の裾がひらひら広がっている水色と紫色の厚地のワンピース。
襟元が肩まで開いて深いV字になっており、下に身に付けている長袖のシュミーズを胸元や腕先で見せる構造。シュミーズの見えるところは金色の刺繍で花があしらわれていた。
身体の線を強調するために、腰から胸下にわたって濃紫色のコルセットを使って紐で締め上げていく。
胸の谷間のもり上がりを強調するのが流行だという。
見えそうで怖いので、ついシュミーズを上の方まで持ち上げたら「ダサいのでそれはやめなさい」ってフローラに即座に止められた。
‥‥フローラってシスター見習いじゃなかったっけ? 笑
しかも、まだ終わりじゃない。
我が元同胞たち、男諸君よ。
声を大にして伝えたい。
女子がお洒落してきたら、全力で、全身全霊で、褒めるべきだからっ!
お洒落の面倒くささを、少しは分かってあげて欲しい 笑
まー、なんでそんな面倒なことをしているかと言われれば、
結局自分のためというのが本当のところだけど 笑
綺麗でいること自体が楽しいし、
それを誰かに褒められると、もっと楽しい!
あとこれはこっそりだけど、私の場合はそこにもう一つ理由が加わる。
背徳感。
元男の私が、こうして鏡の前で時間をかけて、女として整っていく。
そのことに、むずむずするような、落ち着かないような、でも妙に気持ちいい感覚があった。
元の自分を壊して、別の自分に塗り替えていくような。そんな快感。
最後に服に合わせて、髪を編んでもらう。
フローラは本当に人の髪を触るのが好きだ。
今も鼻歌を口ずさみながら、「う~ん、今日はどうしよっかな~」って楽しそうに私の銀髪を編み始めていた。
今日は前髪と横髪で三つ編みを作って王冠にするらしい。
髪の中に固い金物のネット状の土台を仕込んで、頭頂部に高さを出す。
その周囲を革ひもを一緒に編み込んだ銀色の三つ編みで何重にも囲み、王冠を形作っていく。
ある程度形が整ったら花柄の細工が付いているピンで何ヵ所かネットに髪を固定し、
最後に金色の留め具で全体が跳ね上がらないよう後ろ髪ごと固定したら完成。
‥‥で結局、準備でほぼ午前一杯時間を使ってしまった。
ダビに声をかけられたから、もう軽く数時間は経過していた。
ダビはその間何も言わず、ただ私の準備が終わるのを自分の部屋で待っていてくれた。
私は最後に軽く香水を振って、
ショールを掴みながら、
靴を慌てて履き替え、
つま先をとんとんしながら、
ダビの部屋まで呼びに行く。
「ごめんねーっ。お待たせー」
扉を開けたダビは、そのまま目を見開き ―――
固まった。
「えっ、なに? なにかおかしかった?」
「いや‥‥‥師匠、お綺麗です‥‥‥」
絞りだしたかのような、かすれた声。
「ほんと~? 頑張ったかいがあったかも! ありがと~ 笑」
これよ、これ!
ダビはちゃんと分ってる! 笑
真っ赤な顔をしたダビが可愛くて、
つい頭をなでなでしたくなってしまったけど、そこはちゃんと自省した。
2人で道場に通っているというのに、改めて一緒に出かけるとなるとちょっとだけ照れる。
それはダビもそう思っていたみたいで、フローラに玄関で声かけられれた時、
「い、いってきます」
とぎこちなく返事を返すのであった。
こうしてようやく街へ繰り出す。
――――――
歩き始めてしばらくしてから、ダビが急に真剣な顔で話しかけてくる。
「師匠、本当にすみませんでしたっ!!」
ダビも気にしていたんだ‥‥。
ふふっ。
「別に謝られることじゃないよー。正々堂々戦った結果なんだから」
「それでも! 僕、師匠を傷付ける様なことをしてしまって 泣」
背も伸びて筋肉もついて男らしくなったのに、こういうところは本当に子供のままだった 笑
今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんなダビを見て心がほっこりする。
もう前のように頭をぐしゃぐしゃ撫でて慰めるようなことはできないけど、ダビの背中を優しくて撫でてあげた。
ダビには、フローラとはまた違う安心感がある。
隣にいて、肩肘張らずにいられるような、静かな頼もしさ。
「ほんとダビも強くなったよねー。私も嬉しいよ~」
そう言った瞬間、自分の中の重たさが少しだけほどけた気がした。
あれこれ悩んでいたのが、なんだか馬鹿らしく思えてくる。
私は私だし、ダビはダビだ。
勝ったから負けたからといってなにか変わる訳じゃない。
‥‥‥よしっ。
そうだ。
今日は思いっきり楽しむ!
そう私は心に決めた。
それから私達は街の中心にある、噴水広場近くの出店を見てまわる。
歩くたびに、街のいろんな人たちが視線で挨拶をしてくれる。
我々はもうすっかり顔を覚えられていた。
私は普段しないような着飾った格好している分、ちょっとだけ緊張している。
「変に見えてないかな~」
つい不安が口から漏れてしまう。
「えっ? 全然そんなことないですよっ! 本当に素敵ですから!」
そんな独り言を逃さなかったダビが、笑顔で即答してくれる。
きっとお世辞も多分に入っているんだろうけど、
私はその言葉を聞いて少しだけ安心するのであった。
いつもは気付かなかったけど、
こうしてみると色んな商品を売っている店が出ていた。
のぞく店、のぞく店で店主に話しかけられる。
「おっ、イリィ一座の2人じゃないか! いらっしゃい!」
「あら、ダビくんとイリィちゃんじゃない! 綺麗に着飾っている子がいるから誰かと思ったわよ!」
「ダビとデートかい? 楽しんでいきな~ 笑」
道行く人にまで声かけられるので、ショッピングどころじゃない 笑
一方のダビはこなれていて、
「あーユンガさんどうも!」
「オーランドさん、お久しぶりです!」
って皆に名前付きで返事を返していた。
私はそんな姿に本気で驚いていた。
知らないうちになんかダビが、 ”大人” になっている!
「いつの間に、街の人とこんなに仲よくなったの!?」
ダビは、私があまり街にでなくなったあとも、一人で色んな所に挨拶をしてまわっていたらしい。
全然知らなかった‥‥‥。ダビの新たな1面を見つけた気分。
「そうだ!」
ダビが何か思いついたらしく、
改めて私に向かい合って話しかけてくる。
「どうせならボーさんの酒場でお昼にしませんか!」
ボーさん。
前に皆でよく通っていた酒場の主人だ。
「そうだねー。‥‥久しぶりだし行こっかー」
ボーさんの酒場は広場から2ブロック離れた交差点の角に立っている。
店の外にも立ち飲み用のテーブルがあり、夜はいつも、通りまで人がはみ出してごった返していた。
幸いにも昼はそこまで混んでなく、店の中に座れそうだった。
店の中から美味しそうな、懐かしいチーズの香りが漂ってくる。
ここの名物料理は揚げチーズで、香ばしくてとても美味しいと街でも評判だった。
「おぉ!! イリィーー。大丈夫なのか!? 心配したんだぞー!!」
ボーさんがわざわざカウンターから飛び出して、迎えに来てくる。
「師匠、ボーさんはあのイベントからずーっと心配してくれていたんですよ?」
「そ、そんな心配頂くほどの事じゃないのに、すみません‥‥‥」
「いやいや、あの時のダビの蹴りは凄かったからなー」
ダビが泣きだしそうな顔をして下を向いて黙り込む。
‥‥‥やっぱり、いろんな人に心配と迷惑をかけたんだな。
店の中にいた他のお客さんからも、「心配してたよ~」と次々声が飛ぶ。
「本当にありがとうございます! 見ての通り全然大丈夫ですので、ご心配をお掛けしてすみません 笑」
私は慌てて頭を下げた。
「ダビも大丈夫だから! そんな顔をしない 笑」
私は申し訳なさと嬉しさに充たされていた。
「それにしても今日のイリィは、いつもにまして美人さんだねー。今日はデートかい? 笑」
「笑 そうかもしれないですねー。私は、私を倒せる人なら誰でも大歓迎ですよ!」
「そりゃー、ダビ以外無理だわ 笑」
横でダビが顔を真っ赤にしてまた下をむいている。落ち込んだり恥ずかしがったり忙しい 笑
今日はちょっとからかいすぎたかもしれない、あとで謝っておこっかな 笑
そのあとは、お客さんたちと談笑しながら、遅めの昼食を楽しんだ。
久しぶりに話をしたお客さんはみな暖かくて、つい話が盛りあがり、長居をしてしまう。
ダビも馴染みのお客さんばかりでとても楽しそうに笑っていた。
なんで足が遠のいていたんだっけ。
昔、皆で通っていた頃を思い出す。
そうだ。こんなふうにワイワイして、
楽しくて、温かい感じだった。
――― 結局店を出たのは、もう西の平原に日が暮れようとしているぐらいになっていた。
少し飲みすぎた気もする。
楽しくて、つい気分が軽くなって、私は石畳の上をぴょんぴょん跳ねながら歩いてしまう。
まるで子供に戻ったみたいな気分になっていた。
そんなほわほわした気分でいたら、ダビが
「とっておきの場所があるんです。帰る前に行きましょう!」
と誘ってきた。
なんでも普通の人は立ち入れない場所とのこと。
そんなことを聞いたら興味津々で気にならないわけがない。
「じゃー遅くならないぐらいで寄ろうか?」
「はいっ!!」
ほんと頭の上に耳を生やして、思いっきりしっぽを振っているぐらいのいぬっぷり 笑
満面の笑顔がかわいい。
ダビの前だと気をつかう必要がなく、
素の自分に戻れるような気がする。
そのまま私達は横道にはいって街の外れまでやってきた。
街の城門が目の前にある。
てっきり街の外に出るのかと思ったら、ダビは城門をくぐらず、脇に立っている衛兵に話しかけていた。
んっ?
衛兵は笑顔で頷いて、私たちを城門横にある螺旋階段まで案内してくれた。
「ちょっと急なので気を付けてください」
ダビの手も借りて階段を上へ上へと登って行く。
何周も何周もまわって結構上まで登ってきた気がする。
この服は結構重くてちょっと息が切れてきた。
「師匠、もう少しです!」
見透かされたようにダビにはげまされる。
これぐらいでへこたれたなんて思われたくない!
息を整えて、意地で頑張って登り続ける。
ようやく上の方から外の光が見えてきた!
はーー、もう少しっ!
階段を登りきるとそこは街壁の上だった。
目の前には、何もない荒地が広がっている。
西に沈みゆく夕陽が、雲も、大地も、すべてをオレンジ色に染めていた
その先、東の地平線には、昼と夜が溶け合うような紫とオレンジのグラデーションが広がっていた。
まるで、光そのものの海がゆっくり紫の夜に吸い込まれていくみたいだった。
「わぁ‥‥‥」
私は街壁の淵に手をかけ、
その雄大さにみとれ、
言葉を失ってしまう。
少し前まで砂嵐が我々の行く手をふさいでいたのに、いつの間にか季節は変わっていた。
そして荒地の真ん中に巨大な黒い岩があり、夕陽が作り出した影が遠い向こうまで伸びていた。
まるで巨大な岩の槍が大地に突き刺さっているかのよう。
「あーあの岩は、師匠の岩ですよ」
横にいるダビが私の視線を追って教えてくれる。
「えっ?‥‥‥『イラプション』の!?」
ダビは何も言わずただうなずく。
「そっかー、溶岩ドームになってたんだー」
数日前のことなのにもうすっと前の出来事みたいに感じる。
私はこの街に来た頃から、今までのことを思い返していた。
長かったような短かったような。あっという間だったような。
その時だった。
ダビが重苦しい雰囲気で、私に話してくる。
「師匠、僕はもう師匠と戦いたくないです」
最初、その言葉の意味が分からなかった。
景色に見とれていたせいで、頭がまだ半分そっちにあったのだと思う。
「——— 対戦のこと??」
「そんな気に病まなくても本当に良いんだからね。あれは‥‥‥」
『そうじゃないですっ!!』
突然の強い語気にびっくりして私は途中で言葉を切った。
横を向くと、ダビが真剣な顔で、私を真っすぐ見つめていた。
「僕は師匠と戦うんじゃなくて、師匠を守る方になりたいんですっ!」
「‥‥‥?」
「師匠、僕はイリィさんのことが好きですっ!」
「‥‥‥、‥‥‥?」
‥‥‥!? はいっ!?!?
ストップ・ザ・ワールド。
呼吸の仕方すら一瞬分からなくなった。
意識がふっと遠のきかけて、
今どこにいて、
何の話をしていたのか、
全部飛びそうになる。
「もちろん人として師匠のことは尊敬しています! でもそれ以上に女性としてイリィさんのことが好きなんですっ!」
その瞬間、真っ先に脳裏をかすめたのは、残念ながら ――― あの悪夢だった。
私、また何かやらかした!?
という、怯えにも似た恐怖。
違う、違う! ダビは違う!!
あんな獣と一緒じゃないからっ!
分かってる! 分かっているんだけど、
自分の動悸が止まらない‥‥‥。
心があちこちに引っ張られて、
暴走して、ばらばらに引きちぎられそう。
「師匠、いきなりの今で答えて欲しいとは言いません‥‥‥」
「でもどうしても僕の気持ちは知っておいて欲しかったんです」
私はもう、何をどう返したらいいのか分からなかった。
ただ一つだけ。
ただただ、こんなひどい気持ち‥‥‥、
ダビにだけは見せちゃいけないって事だけで、
とにかく冷静さを装うことだけでいっぱいいっぱいであった。
その後どのように家に戻ってきたのか、
何を話したのかは、全く覚えてない‥‥‥。




