6. 月の足止め
昨日の疲れが残っているせいか体がだるくて起き上がれない。
まるで体の中心に重い石を抱えているみたい。
フローラに許しをもらって今日は朝の日課をパスさせてもらった。
朝ご飯も食べず、ベッドの中でぼんやりと天井を眺めながら、うとうとと眠ったり起きたりを繰り返す。
修道院の朝はいつも賑やかなのに、今日はその音が遠い。
自分の身体なのに、なんだか自分のものじゃないみたいだった。
しばらくすると、廊下を小走りする足音が聞こえた。
ドアがそっと開く。
朝の日課を終えたフローラが、わざわざ様子を見に来てくれたらしい。
「イリィ大丈夫~?」
「んん~、あまり大丈夫じゃない‥‥‥」
「どこか痛むの?」
どこと言われても身体の中に重い霧が溜まっている感じ。特に腰が重い。
フローラの顔を見て昨日のことを思い出したけど、嫌みを言う元気も出なかった。
するとフローラが、あっと何か思い当たった顔をした。
「もしかして、そろそろなんじゃない?」
「そろそろって‥‥‥あ~月のものね、確かに」
言われて、ようやく思い当たる。
この身体になって、まだ二回目。
自分の周期なんて、まだよく分かっていない。
でも日数から考えると、確かにその頃だ。
そう言われてみると、胸も少し張っている気がする。
……それにしても。
こんなに重くなるものなの!?
「だったら私、『女神の微笑み』使おっか?」
「えっとー、なんだっけそれ‥‥‥」
なんか前聞いた気がするけど、よく覚えていない。頭がぼんやりする。
「まー、受けてみればわかるから」
フローラはそう言うと神の護符を掲げて祝詞をあげる。
『天にまします我らが女神ルキアよ。その慈愛に満ちたお力とその加護を与えたまわん。あなたの微笑みがこの女の慰めとならんことを』
それは今まで感じたことがない初めての感覚だった。
魔力回路の中に金色の長い髪をしたきらきらした女性体の妖精がいるのを感じる。その妖精はお腹の下あたりで円を描く。魚のごとく。
それはどこか母親の胎内を思わせる、柔らかい暖かさだった。
途端に今までの重たさが、霧が晴れるかのように消えていく。
「どう?軽くなった?」
「す、すごい!! これすごいねっ!!!」
私は感動しすぎてフローラの両手を握ってぶんぶん上下に振りまわしてしまう!
「はははは、大げさだな~」
「月に一回、外部の人に神の施しを授ける会があったでしょ? あの時と同じ奇跡だよ」
あーそういえば来たばっかの時にそういうイベントがあった気がする。
街の女性たちがたくさん来ていて ―――
その中には、派手な化粧の女性も多かった。
修道女たちがあまりいい顔をしていないのが印象的だった。
「なんであんな人たちが神の施しを授かるの?! 一緒にされたくない!」
「泥棒猫が汚らわしい‥‥‥」
フローラ曰く、この神の奇跡には女性の体調不良を軽減するだけでなく、副効果として妊娠を回避する効果があるとのこと。
夜の街で働く女性たちがその噂を聞きつけ、毎月集ってくるようになったとのことだった。
体調不良で来る女性たちは、同じ扱いをされるのが嫌で、シスターにクレームを入れているらしい。
私は、実は昔、一度だけ、友達に連れられて風俗に行ったことがある、脱童貞の儀式として。
王国の男性貴族の間では、割とありふれた慣習である。それもあり、私自身にはあまり偏見はない。
売られてきたとかその仕事をしている理由はそれぞれだと思うけど、頑張って働いているのは一緒だと思う。
ただ。
もし自分がそれをやれと言われたら ―――
想像することすらできない。
……気持ち悪すぎる。
赤の他人に内臓をえぐられるなんて! 想像もしたくない‥‥‥虐待に近い。
それにもし子供ができたら、
15年、成人するまで15年つきっきり。
あまりにリスクが大きすぎる。
男はリスクを負う必要がないから分からないんだと思う。
‥‥それに、もし生まれてきた子を本当に愛せなかったらどうするんだろう。そんなことを考えてしまう自分が、少しだけ怖かった。
もう一つ。
私は「泥棒猫」という言葉だけは、どうしても共感できない。
フローラは笑いながら言った。
「それは本当に好きな人が現れてないからじゃないかな~」
でも私は、そういう問題じゃないと思っている。
もっと根元の問題。
人を独占したいという気持ち。
それは愛なのか。
それとも依存なのか。
‥‥正直、よく分からない。
恋人がいたことなんてないのに、こんなことを考えている自分が少しおかしい。
でも、自分は違うと思う、という感覚だけは胸の奥に残り続けていた。
いずれにしろ、フローラのおかげで私は起き上がれるまでに回復した。
となるとまずやるべきことは一つ!
思いっきりフローラのこめかみを親指でぐりぐり押してやる!!
昨日の恨み、思いしれ~~~ 笑
「なんでぇ~ 泣、イリィのつらいの治してあげたじゃない~~ 泣」
「それだけじゃ足りな~い 笑 私がどれだけ大変だったか!!」
「ひぃ~ 泣」
本当はまだまだこんなものじゃすまないけど、今日は助けてくれたことに免じてほどほどで許してあげることにした。
フローラとじゃれているとなんか安心できる 笑
久しぶりにすっきりした私は、そのあと外の森に散歩に出かける。
来た頃はまだ青々と繁っていた木々も、寒さが深まるにつれて、徐々に冬の装いの準備を始めている。
いつの間にか修道院に来てから一ヶ月近く経とうとしていた。時の流れの早さを強く感じる。
"いつまでもここにいては駄目だ"
修道院の皆の温もりと、居心地の良さでつい長居をしてしまったが、私は、大断崖コルトラッシュを目指していたはず。
昨日も、問題なく振る舞えたし、もう大丈夫な気がする!
よしっ、明日か明後日にでも出立しよう!
そう決めた途端、自分の心が少し軽くなる。私は自分で前に進める。
ようやく自分が戻ってきた気がしているのであった。
ただ ――― 運命というのは残酷なもの。
その直後から生理が始まってしまい、結局この街を出るのはしばらくお預けとなってしまう。
もし予感通り、もう少し早く出られていたら、こんな面倒を抱え込む必要はなかったかもしれないのに‥‥‥。




