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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第二章 土の章
37/122

7. 恐怖の魔女狩り

子供に聞かせる定番の怖い話。


それは満月の明るい夜にやってくる。


「ちりりん、ちりりん」


皆が寝静まった頃。


鈴の音を鳴らしながら。


「ちりりん、ちりりん」


音は近づいてくるのに、


鈴を鳴らす姿はどこにも見えず。


「ちりりん、ちりりん」


それは探している。


その音に気付く者を。


「ちりりん、ちりり‥‥‥み~つけた」


鈴の音は、もうしない。


聞こえるものが、どこにも、もういないから‥‥‥。



‥‥‥。


子供の頃、私はこの話が嫌いだった。

怖かったからじゃない。

本当にあった話だからだ。


これは童話じゃない。


魔導王国で語り継がれている、

魔女狩りの教訓だ。

王国ができる少し前、

北東のリバール地方で起きた事件。


今のタキオン神導国の始まりの歴史。


その頃、タキオン教はまだ新興宗教の一つだった。

一部の住人が信じているだけの、小さな教団。


すべてが変わったのは ―――

教祖が、”災いの到来” を預言した日。


「新たな神がこの世に現れる」

「その神は、この世のあらゆる秩序を破壊し、全てを混乱に陥れるだろう」

「その神は、黒き女の姿をして現れる」


教祖はそのお告げを受け、


「黒き女とは女魔術師の暗喩であり、それは神ならぬ邪神なり!」

「 邪神の卵となりうる女魔術師を全て排除することこそが、我ら信徒の務めなり!」


と説いてまわるようになったそうだ。


そこからが、地獄だった。

武芸に秀でたものが神兵になる。

そして異端討伐隊として、方々の村で、魔術師 ――― 特に女魔術師たちを粛清して回ったのだ。


この犠牲者の数は、五十とも、百とも、いわれている。


そしてことは魔術師だけで終わらなかった。

魔術師と親交のあった土着宗教の祈祷師・祭司・巫女も魔女の一味として一緒に粛清されていく。


さらに、タキオン教を信仰しない者=魔女を隠し立てする悪魔の手先として糾弾されるようになり、

気付けば、ほとんどの住人がタキオン教徒になっていたそうだ。


今日リバール地方で、タキオン教が圧倒的な勢力を持っているのは、この歴史のせい。

ちなみに今でも女魔術師は ”邪神の卵” とみなされる。それを明かすことは即、死を意味する。


そして異端討伐隊が魔女を見つけ出すために使っていたもの。

それが童話に出てくる鈴の音。

それはつまり魔法でいうところの ―――


『マジックスキャン』。


――――――


鈴の音は、昔話じゃなかった。

いまこの場でその音をこの耳で聞いている。

強力な魔力波動を受けて、自分の魔力回路が激しくスパークする。


それは突然のこと、夜の日課を終えて自室に戻ろうと思っていた廊下での出来事だ。

突然だった。


『ヘイスン』


もう隠す必要はない!


私は修道服の裾をたくしあげ、廊下を全力で駆け抜ける!

フードが後ろにまくれ、

まとめていない長い銀髪が、夜風のように後ろに流れていく。


お返しの『マジックスキャン』に

玄関の外に魔力反応。


きっとこの魔法を唱えている宣教師だ。

私は真正面からその宣教師に突っ込んでいく。


正直この日が来る可能性は考えていた。逃げるのも手だ。

でも相手を戦闘不能にして逃げ出した方が、逃げる確率が高い。

それが私の読みだった。

どれぐらい力のある宣教師か分からないけど、

火属性魔法を取り戻した私は、負ける気はしないのであった。


外開きの玄関の扉を、身体ごと体当たりして外に飛び出す!


外は ――― 満月の夜であった。


屋内の蝋燭の明かりに慣れていた私には逆に明るく感じる。


ただそこに広がっているのは、衝撃の光景。


玄関の真正面に宣教師がいる。

宣教師は牧師の姿をしているのでわかりやすい。初老の男だ。

そこまではある意味予想通りだ。


ただその前に、二人の神兵に両肩を押さえ込まれ、無理やりひざまづかされている女の姿があった。


フローラだ。


なんで?

同じ信徒なのに!?

あんな皆のために、健気に尽くしていたあの子がなぜ、あんな風に地面に押さえつけられているの?


「シスター見習いなのに魔女に惑わされるなんて失格ですね~ 苦笑」


「せ、宣教師様! なにかの、間違いでは!?」


ためらった私はそのまま宣教師の前で止まってしまう。


‥‥その瞬間、

気付いた。


『マジックスキャン』に反応しているのは宣教師じゃない ――― フローラだ!

私がこのあいだ無理やり治療を手伝わせたせい!?

‥‥私のせいだ。


「おや?」


宣教師が私を見た。


「その魔女も来たようですね」

「一緒に粛清してしまいましょう」


白いロングコートを着た長身の神兵の動きは、宣教師の言葉が終わるより早い。


神兵が二人、剣を抜いて飛びかかってくる!


速い!


神の奇跡で動きが加速されている!


「ザンッ」


横なぎの一撃!


予想以上に深いっ!


私は体勢が崩れる!

軸足が踏ん張れない!


このままだとやばい!もう一人に斬られる。


私は反射でクイックな魔法を唱えた!


『ファイアーアローズ』


大量の炎の矢が目の前に次々と現れ、

横殴りの豪雨のように神兵たちに降り注いでいく。


この魔法はすぐに発動できる割に、魔力量に応じて威力を加減できるのでとても使いやすい。


「ぐわぁ!」


最初の2、3発は直撃したように見えたが、途中から体を覆う何かの障壁に阻まれる。


タキオン神官が持つと聞く、絶対魔法防御かっ!


それでも私は手を緩めることなく、

次々に火の矢を作り出して畳みかけていく。


注ぎ込む魔力量を増やして密度を高める!


もう火矢の雨というより火の壁。


「ドドドドドドッ!」


「あ、あぢぃーー」「だめだ! 耐え切れん!」


魔法自体は効いていないけど、

物理現象であるその圧力や熱までは防げていない。


よしっ!!


襲ってきた神兵たちは耐えきれず、火の矢射線から逃れるように横に逃げ出した。


一枚破った!

次は ―――


炎の矢を後ろの宣教師とフローラを押さえている別の神兵にも叩きつける!


フローラを押さえつけている神兵らは、背後から迫る異変に気付き、振り返ろうとしたが、

それより炎の矢が彼らの背中に到達する方が早かった!


『ぎゃぁああああああああ』


一瞬にして神兵たちの身体全体を火だるまにする。


彼らは叫びながら、火を消そうと地面を転がりまわっている。

フローラは、その奥でうずくまったまま動かない。

気を失っている?


火の矢は宣教師にも襲いかかるが、宣教師は神の護符を前に掲げて魔法を防いでいる。

ただ宣教師も、その熱風までは防げていないようだ。


その顔が熱さで歪んでいた。


「なな、なにをしているのです! 私を守りなさい!!」


先ほど襲いかかってきた神兵たちが急ぎ、宣教師の元まで戻っていく。

彼らは身体を盾にして宣教師を守ろうとする。


ならこれで!


『ファイアブレス』


自分の魔法回路にオレンジ色の火属性魔力で、狼の遠吠えを模したイメージを描き上げる。


そこに以前の魔石と比べものにならないほどの、高密度の魔力を注ぎ込む!


黄色い炎の舌。

ファイアーアローズとは段違いの高温の炎。


私はフローラを巻き込まないよう大きさを絞り、宣教師一団に吹きかける!


『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』


それは鉄すら空気に変えてしまう、すさまじい高熱の炎。


バックブラストで、私の銀色の髪がきらきらきらめきながら後ろにたなびき、

白磁のような真っ白な顔が、炎に照らされて赤らんで見えている。


夜の暗さの中で、私と黄色い炎だけが輝いていて見えていた。

傍から見ることが出来ていたら、

まさに ”悪魔” にでも見えたであろう。


「も、森の中まで退却! 急げ! 退却しろ」


彼らはまだ生きていた!


タキオン教神官の魔法障壁は、

この魔法も無力化できるらしい。なかなか手ごわい‥‥‥。


気付くと先ほど火だるまになって転がっていた神兵も起き上がり、

一緒に宣教師の盾になりながら森の中まで後退していくのだった。


不死身なの!?


タキオン教の奇跡の凄さを改めて思い知らされる。

数々の魔術師がその魔術を駆使しながらも、

あっさり殺されていった理由が分かるような気がした。


森の中は先ほどの魔法のせいで、

あちらこちらの落ち葉に引火して火の手が上がり始めている。

これだけ火の手が上がっていれば、あの魔法も使えるかもしれない。


私は彼らをそのまま逃がすつもりはない。

今仕留めないとまた追いかけてくる。


火属性高等魔法で彼らを葬る!


『ファイアストーム』


火災旋風は元からあった火の手のおかげで、

イメージの構築を省略してもそれなりの規模に仕上げることができた。


巨大な炎の竜巻が森の中に生まれ、圧倒的な上昇気流を生み出していく!


「ゴーーーーーーーーーッ!!!!!」


竜巻の様なものすごい音だ。

あまりの音の大きさに、後ろから修道女たちの悲鳴が聞こえたような気がする。


火災旋風は狙い通り彼らを直撃し、

神兵たちが紙切れの様にくるくると上空に飛ばされていった。


さすがにあの高さから落ちたら、ひとたまりもない‥‥。


火災旋風で巻き上げられた火の粉があちこちに飛び火して、

森林火災の範囲が一気に広がっていたのであった。



――――――


私は気を失っているフローラを魔法の力で背負って、

修道院の玄関まで戻ってくる。


火の手はすぐそこまで迫っている。

みんな逃がさなきゃ‥‥‥。



玄関には ―――

シスターがいた。


玄関扉に寄りかかって、呆然とこちらを見ている。


「ま、魔女……!」


シスターの顔から血の気が引いていく。


「こ、こっちに来ないで!」


一歩後ずさる。


そして震える声で叫ぶ。


「来ないで!!」

「その子を放しなさい!!」


「その子まで堕とすつもりなの!?」


――― その言葉が胸に刺さった。


想像だにしていなかった言葉。

心臓を思いっきり掴まれたような衝撃。


‥‥私はフローラを助けた方なのに。


この場所は、

私を受け入れてくれた場所だ。


もし修道院がなかったら ―――


私はとっくに、

街のどこかで壊れていた。


シスターは、

優しく微笑み、

私に色々教えてくれた。


それなのに。


魔法を使えると分かった瞬間。


極悪人。


私はなんの感情も載せず、シスターにそのまま近づいていく。


「ち、近づかないで!」


「シスター、あなたじゃ私を倒せない」


「それ以上、この修道院に近付くなら私が許さない!!」


「シスター退いてください。私はあなたを傷付けたくない‥‥‥」


‥‥‥。


シスターは震えている。

怒りか、恐怖か。

それは、分からない。


私は気にすることなく近づいていく‥‥‥。


「つっ!」


シスターは苦悶の表情を浮かべながらも、道を譲ってくれた。


「ありがとうございます‥‥‥」


扉のなかでは修道女達が、遠巻きに見守っていた。

皆、声を失っていた。


その沈黙が ―――

一番痛い。


「みんな! 何をしているの! 」

「この火はこの修道院も飲み込むわ! 避難する準備をしなさい!!」


私の背中からシスターが叫ぶ。

そのおかげで、皆、我に返って慌てて動き始めるのだった。


私は自室へ戻り、

修道服を脱ぎ捨て、

旅装束に着替える、


荷物をまとめる。


外に出るときに、

シスターが一人一人に、

退去作業の指示をしているのが見えた。


こちらに目を合わさない。

一度も。

まるで私の姿が見えていないかのように。


たった一ヶ月。

‥‥でも一ヵ月もあった。


いろいろと想いがこぼれてくる。

でも、いまはその時じゃない。


”シスター、お世話になりました”


喉まで出かけた言葉を飲み込み、

私はフローラを背負い、修道院をあとにした。

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