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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第一章 火の章
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2. 一人旅の洗礼

俺は友人・家族を含めて誰にも告げず王国を飛び出した。


辺りは一面真っ暗な夜の森の中。

今までこんな時間に1人で街の外に居たことは無い。

最初の晩を迎え、興奮と不安の中で寝袋ではなかなか眠れず、俺は木の根っこに寄り掛かりながら、うとうと居眠りを繰り返していた。

虫の音や風で揺れる葉音、焚火の火が爆ぜる音が聞こえる。

夜でも意外に色んな音が聞こえてくるものだ。

夏の夜のじめっとした雰囲気が俺の周りを覆っていた。



最初は、どこかの小動物、ウサギなんかが動き回っている音だと思って、特に気にしていなかった。


「ガサッ、ガサガサッ」

「ガサガサガサッ、ガサガサっ!」


ウサギの割には草をかきわける音がどんどん大きくなってくる。


「ガサッ!、パキッパキッ」


!?

しまいには、地面に落ちている枝を踏み折る音まで聞こえてくる。


誰、ひと?


俺はようやく、警戒しないといけない何かが近づいてきていることを理解し、とりあえず音と反対側の焚火の後ろで身構えることにする。

余計な心配だったら良いのにと淡い期待を持ち続けていた。

焚火の周りを除けば、周囲は真っ暗闇。

ちょっと先の木の葉すら何も見えない。


ただ期待は裏切られ、現実となって、そいつは低木の茂みから俺の目の前に姿を現した。


焚火の揺れる灯りに照らしだされた姿は、四つん這いで近づく黒い巨体である。

明らかに人のサイズを超えている。


「えっ!?‥‥人じゃない?‥‥‥ク、クマッ?」


クマというのは森の奥深くに住まい、森の食べものが少なくなる秋過ぎまでは、人里で見かけない動物だ。

ちなみに今は夏の終わり頃。ここら辺はまだ人の生活圏で、昼なら馬車も盛んに行き来している。

しかし目の前の巨体は明らかにクマだった。そしてそのクマは俺を見て興奮している‥‥‥。

いかにもようやくエサを見つけた!とでも言っているかのよう!



クマも警戒しているみたいで、いきなり飛び掛かってくるようなことはしない。


俺はとっさに、今までと同じく魔法で対応しようとする!

炎で囲い込んで炙り焼きにしてやる! 魔術師を舐めるな!


『ファイアサー‥‥‥』


魔法を唱えかけて思い出す‥‥‥。

自分の魔力回路がまるで他人のものになってしまっているかのように、まったく反応しないことに‥‥‥。


そう、いまの俺には火属性の魔法は使えない。

イメージは知っているし感覚も残っている。

でも火属性の魔力がなくなってしまって、火属性魔法のイメージを描いても肝心な自分の魔力回路が反応してくれないのだ。


「クソっ! ?」


動揺からついつい、声が漏れ出てしまう。

クマがこちらの動揺を嗅ぎつけたかのようにのっそりと動き出してきた。

俺の強さを品定めするように、焚き火を避けてにじり寄ってくる。


「グルルルルッ」


とにかく今使える魔法はっ?!

あれはダメ‥‥、これもダメ‥‥‥。

こういう時って不思議なもので、わざとかのように使えなくなった攻撃魔法ばかり思いつく。

焦れば焦るほど考えが空回りして、思考がドツボにはまっていく。


クマは、こちらの気なんてなにも気にせず、一歩一歩その脚をゆっくり近づけてくる。


自分の足が微妙に震えているのが、目に入る。

それはそうだ。生身の人間なんてクマに勝てるわけがない。

ぐらつく足を眺めていた時、ふと自分の腰にぶら下がっている刃物が横目に入った。

街を出る前に仕入れた護身用武器、刃渡り30cmのダガーだ。

刃が太く刃先まで美しいカーブを描いている、大型ナイフである。

ダガーの柄には滑りをよくする魔力回路を彫りこんだ、ラピスラズリの宝石が仕込んであった。


ただ俺は、短剣術どころか剣術すらまともに習っていない。

この短い獲物で、あんな大きなクマを仕留められるのだろうか‥‥‥。

多分一撃で仕留めないと、あのふっとい腕でなぎ倒され、あの鋭い爪で切り刻まれるに違いない。


その時、幼い頃の想い出がふと蘇ってきた。


「そんな魔法使ってズリィーぞ!」


アレなら、クマ相手でもどうにかなるかもしれない。

それは心身魔法と呼ばれる、自分や他人の肉体・精神に働きかける魔法。


クマはもう数歩のところまで近寄ってきていた、仁王立ちになってこちらを威嚇している。優に2mを超える!

もうこちらに攻撃手段がないと見切ったようだった。

目に光が灯り、その動きが早まる!

明らかに攻撃態勢に入っている!


あの時の魔法にアレンジを加えて、

スピードと一撃必殺の繊細さの両立!

これでどうだ!


『ヘイスン×クリティカル』


自分の魔力回路に、金色の魔力によって、イメージが形作られていく。

自分の四肢に向かって、二色の光の渦が伸びていくイメージ。

自らの気である魔力をさらに魔力回路へ流し込んでいく。

光の渦がさらに輝き始め、自分の身体が温かな光で満たされていくのを感じる。


その魔法は俺が想像した以上の効果を現した。


魔法が効きだした途端、周りの全てがスローモーションになる。

自分の心臓すらスローモーションになり、今までの自分の慌てぶりが嘘だったかのように、頭がスッキリしてきた。


まずはクマの動きを見極める!


クマは間違いなくその前足の爪で襲いかかろうとしてくる。

右か左か‥‥‥、どちらにしろ今の俺なら避けるのは容易い気がする。

問題はどこを狙うか。

俺は改めてクマの全身を眺める。


顔、首、胸、腹、腰周り、前足、立ち足。


すると視線が自ずとクマの顔、それもその中心にある小さな額に引き寄せられていく。

まるでそこに何かが埋まっているかのように、光るポイントがあった。


クマは仁王立ちした状態から、左前脚をいきおい良く、振りおろしてくる!


左か! でも遅い!

俺は振りかぶる爪を自分の左前方に身をかわす。


「ブンッ」


自分の頭の上でぶっとい棒が通り過ぎるのを感じる。

当たれば一発即死のその太い前脚も当たらなければ何も怖くない。


クマは空振りした勢いで、思いっきり地面を空叩きする!

空振りしたことに、クマは驚いた風ではあったが、まだあきらめない!

先ほど叩いてきた前脚も使って、俺がいる右に振り返ろうと、身体を思いっきりねじってくる。


その時、俺には、光る急所へと導く、輝く勝ち筋の線が見えていた。


その輝く線は自分が持っているダガーの剣先に繋がっている。


「すーーー」


私は息を吸って、肺に力を籠め、止める!


閃いた線の上を、俺の腕が走っていく。

ダガーは光の道をなぞるように ―― 突き刺さっていった。


「ガッ! ドドーン」


そのダガーは1ミリのブレもなく、クマの急所であるその眉間に突き刺さっていった。


クマは硬直して、その図体を崩していく。

よしっ。

俺は、ようやく息を吐いた。

自分の魔力回路を流していた魔力を、徐々に絞っていく。

まぶしいばかりに、光輝いていた自分の身体が、徐々に元に戻っていくのを感じる。


心身魔法がこんな凄いものだったとはまるで知らなかった。

心身魔法は初心者が最初に習う魔法で、成人した男の魔術師はあまり使わない。

基本四元素より低レベルという誤解と、心身魔法は女向けの魔法という偏見と、男が使うものじゃないという思い込みがあった。


そう、昔は、俺もおいかけっことかで『ヘイスン』を使って友達を捕まえたりしていた。

友達より早く覚えた魔法を使いたがるのは、子供によくあることだ 笑


「っへへーん、リオ捕まえたぁ~~~☆」


得意気な顔して勝ち誇っていたら、幼馴染みのリオから言われたものだった。


「オンナみてーな魔法まで使ってズルいぞ! ちゃんと勝負しろよ!」


あれは無性に悔しく、思いっきり下唇を噛みしめていたことを思いだす。


あーあのあとぐらいからだったっけ。

この魔法をあまり使わなくなったのは、たぶんあの一件がきっかけだった。


これから俺は、この魔法を真面目に使いこなしていかないといけない。

もうこれしか、俺には残されていないのだから。

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