28. 町の防衛戦
「ロウ、イーガー、先に行って町の様子を見てきて!」
私はさっきの戦いでかなり魔力を消費してしまっていた。
でも町の様子が気になってしょうがない。
ロウとイーガーだけでも助けに行ってくれたら、
ちょっとは安心できる。
「クーン‥‥‥」
ロウが上目遣いで私を見ている。
さっきのような単独行動をしないか、気にしているみたい‥‥‥。
「大丈夫。もう、さっきみたいなことはしないから」
「クゥン?」
私だって紙一重だったって、反省しているから 笑
突っ走る性格はいつまでたっても直らない。ロウには全部お見通しよね。、
「本当だって 笑」
ロウは「信じているからねっ!」と言っているかのように一声吠えると、
1足先に向かったイーガ-を追いかけて駆けていってくのだった。
私もとにかく早く戻らないと!
私は、自分のできる限りの早足で町へ戻り始めるのだった。
―――
イリィが飛び出して、
もうだいぶ、時間が経とうとしていた。
僕はいつもこうだ‥‥‥。
あのルクソンのときだって、僕が呆然と落盤したトンネルを見つめている間に、
イリィはさっと身を翻して、地上に戻ってすぐに確認に向かったのだ。
空の上から隕石が落ちてくる、そんな切迫状況で僕が見つけたのは、
空の上からゆっくりと舞い降りてくるイリィの姿。
気を失って宙に横たわり、誰にも気付かれず降りてくる姿は、
神の守護を受けた "天使" そのものだった。
僕は自分でなにもできなかった無力感にさらされながらも、
その神々しい光景にに心打たれ、
アイテール様だけは救わなければいけないと、
心に深く誓ったのだ。
そして、気を失った彼女を抱えあげて、街の外まで連れ出した。
いつも彼女の背中を、あとから追いかけているような気がする‥‥‥。
僕には魔法は使えないし、体術や剣術を習ったこともない。
正直なぜ彼女が、僕を選んだかは分からない。
それは僕しか、独身男がいなかったせいじゃないかと、少し疑っているぐらい‥‥。
もしそうだったとしても、
それでも!
"僕が彼女をこの世で一番、愛している"
"僕も、彼女を、僕の妻に選んだ"
だから、僕は彼女の夫として、
そしてこの町の領主として、
この町を守らなければならない!
エリとリズだけじゃない、
皆の命を、皆の居場所を僕が守るっ!
人ひとり殺したことがない僕が、
傭兵団を取りまとめて戦いを指揮するなんて、
ちゃんちゃらおかしいかもしれない。
でも僕は僕になるために、この大役を果たすのだ。
「ディストル様! あれっ!!」
隣に居た、警備隊の人が声を上げる。
それは遠く森の切れ目に見える敵集団の姿。
イリィの予想よりたいぶ早かった。
もうまもなく始まる。
戦いという名の、人殺しの争いが。
『ワーーー!』
一層目の土塀を乗り越え、姿を現す敵の兵士たち。
『ロッツ隊、東の敵に矢を射かけろっ!!』
「ヒュンヒュンヒュン」
「ギャ」って言いながら倒れる敵兵たち。土塀の向こうや堀の中に落ちていく。
堀はイリィの魔法で水を張っている。
落ちた瞬間は一瞬浮くものの、
次第に水を吸う革鎧のせいでみな溺れていく‥‥。
これが戦いというのは分かっているんだけど、
正直見ているだけ胸くそが悪くてたまらない。
人を殺して喜ぶなんて、人のやることなんだろうか‥‥。
そんな僕の気持ちを無視して、敵は北側の土塀に次々ととりつき始めた。
土塀の外からも敵が矢を放ち始めた。といってもそのほとんどが当てずっぽう。
土塀のせいで、敵からは直接こちらの姿を確認できない。
見えるのは、そう、この物見やぐらぐらい。
僕は勢いがなくなった矢を手で払いながら、
周囲を見回して、各所に配置した兵たちに指示を出し続ける。
『アロン隊、ニール隊、北へ!!』
敵もようやくこちらの防御態勢を理解し始めた。
無闇に突っ込まずに、一層目の土塀に盾を並べて簡易な陣を築きはじめようとしていた。
『魔法隊! 上がって楯を燃やせっ!』
第2の土塀と町を囲む木の柵の間に隠れていた魔法隊が土塀の上にあがり、
目の前で出来つつあった木の楯の壁を『ファイア』で火をつけていく。
敵は燃える楯に手出しをできず、
しばらくの間攻撃の手を緩める。
よしっ!
ここまではこちらの読み通り。
僕は次第に恐れや嫌悪が遠退き、
静かに胸の奥に熱がともるのを感じている。
その熱が伝わったのかのように、土塀の上で顔がほころぶ、魔法隊の人びと。
「オイッ! テメェーら下がってろ!」
声をかけなきゃと思った瞬間、
土塀の上に突っ立っている彼らに、傭兵団の隊長が声をかける。
彼らはその声を聞き、慌てて土塀の下に駆け降りていくのだった。
さすがっ!
傭兵団の隊長とは、もう何度も飲み交わした仲。
彼から戦術について色々学ばせてもらっていた。
彼からは、それこそ、傭兵団が雇い主を裏切る条件まで教えてもらっていた。
命をかけるからこそ生まれる信頼と、
命をかけるからこそ見切れる限界‥‥。
そうこうしている間に、
第2波の攻撃がより北側と南側の別の場所でも始まる。
この物見やぐらから見える敵の動きは、獲物に次々と襲いかかるアリの群れ。
この行進の終わりはまだまだ見えない‥‥‥。
敵は、森の切れ目から次々と湧いてくる。
この戦いは、まだ、始まったばかりだ‥‥‥。
―――
『次は北の訓練場近くー!』
街の皆も、傭兵団の連中も踏ん張っていた。
ただいつ終わるか分からない敵の襲撃に、息切れして、少しずつ負傷者を増やしていく。
何ヵ所か、第1と第2の堀の上にはしごがかけられ、
こちらの防衛線近くで、接近線になっているところもある。
物量が違いすぎる‥‥‥。
こうなってくると、もう、どこにどこの隊がいるのか分からない。
ただ敵が来る位置を叫ぶだけ。
統制が取れなくなり、完全に混戦状態となっていた。
あぁっ‥‥‥、また、はしごが堀の上に一つかけられる。
物見やぐらからは、なにもかも見えてしまう‥‥。
それでも、自分の力じゃなにもできない。こんな口惜しいことはない。
もっと兵がいれば、何度そう願ったか。
魔術師隊の対応が間に合わず、
何ヵ所か一層目の土塀に、敵の攻撃拠点が出来上がってしまっている。
そうなるとこちらも簡単に蹴散らせず、
そこを足掛かりにどんどん敵の攻撃の圧が、高まってくる。
『ここが踏ん張りどころだっ! 絶対に突破させるなっ!』
もう、僕の声が届いているか分からない。
それでも、僕は叫ばずにはいられない‥‥。
後ろには僕たちの町があり、皆家の中で震えながら僕たちのことを信じて、ただ待ってくれているのだから。
そして南でも敵の部隊が堀を越え、二層目の土塀の上にも侵入始めた。
『南に侵入っ!!!』
もう誰も助けに行く余裕がない。
くそっ!
僕はここでもまた、戦わず見ているだけなのか?
だったら僕が剣を取って、駆けつけるべきじゃないのか!?
何かの手助けになるかもしれないじゃないかっ!
心が引き裂かれるような激しい思いに、気持ちが揺り動かされる。
でも僕がここを離れるということは、
もうどうにもならないと宣言したのと同じ。
皆、"僕の声" を、"僕の姿" を頼りに戦っているんだ!
僕の姿が見えなくなったら、その不安はあっという間に伝播して、戦線は総崩れしてしまう。
きっと傭兵団も逃げ出すか、反旗を翻すかのどちらか。
昨日、団長にも明確に言われた。
「ディストル卿。貴方は話が分かる御仁だから予め伝えておく。貴方の姿が見えなくなったその時、我らの契約は終わると思っていてくれ」
その眼光は鋭く、一瞬たりとも目を逸らすことができない。
「もちろん残り半分の報酬と追加の成功報酬が受け取れる見込みがある限りは、契約の役目を果たすつもりだが」
成功報酬か‥‥‥。
それは勝てる見込みがあるなら、と言っているのと変わりがない。
僕は早速その瀬戸際に、立たされようとしていた‥‥‥。
――― そんなとき、
はるく上空から聞こえてくる、甲高い鳥の鳴き声!
「キィー‥‥‥」
僕にもようやく訪れた吉兆の印!
"イーガーが帰ってきた!"
この時の、僕の気持ちは、ほんと何者にも分からない!
イーガーはそのまま町に向かって急降下してくると、
人の背ほどの翼を大きく羽ばたかせる!
「ゴウンォンッ」
それは巨大な旋風をおこして、堀にかかったはしごを、
ことごとく吹き飛ばしていったのだった!
「イーガーーー 笑」
僕はこのときほどイーガ-を抱きしめ、あの禿げた頭を撫でたい思ったことはないかもしれない。
もちろん触らせてくれることなんて、今まで一度もないんだけど 笑
それから遅れること数十分して、
ロウも戦いに参加し、後ろから炎の攻撃で、敵は混乱し始める。
その2匹は僕らにとって、"神の使い"。
町の周りにへばりつく敵を、後ろや上から次々と蹴散らしていく。
敵の指揮命令系統が混乱して、ほとんど戦意を失いかけていたその時。
最後の一押しをするかのように、我らの神、その人自身がやってきた。
その銀髪を風になびかせ、
白き美しき顔を夕陽に照らされたその女神は、
その荘厳さを形にするかのように敵のど真ん中で、火山噴火をおこし、
敵の戦意を完膚なきまで叩き潰したのである。
敵は総崩れとなり、我先にと一目散に逃げ出していった。
初日の戦いは、こうして終わりを告げた‥‥。
敵が皆逃げ出したのを確認して、物見やぐらの上に降り立つイリィ。
「お帰り、イリィ 笑」
「ごめんね。ギリギリになっちゃった?」
申し訳なさそうに、うっすら微笑む僕の女神。
「ううん。まさにこれぞと言うタイミングだったよ」
「そう、良かった‥‥ 笑」
僕は彼女を思いっきり抱き上げるっ。
「我らが、強き美しき女領主に!」
そんな僕の声に、堀の上いる兵たちが大きな声で応える!
『我らが領主閣下にっ!!』
『わああああああっ!!!』
死闘を繰り広げた土塀の上で、
人びとの歓声がいつまでも続き、鳴りやまないのであった。
この危機を僕らの力で、乗り越えたのだから!




